サマービッグケース『トゥルーターゲット』
祠のそばに腰を下ろし、考える。
今回の件、ラグナの狙いが見えてきたのだ。
「なにを考えているのですか?」
ディジアさんが心配そうにのぞき込んでくる。
「そういえばディジアさん、体の方は?」
「絶好調です」
「イリアさんは?」
「わたしはまずまず」
ちょーっと待った。
さっき魔力を吸っていたよね?
じゃあディジアさんはまたしても【神格】の所有者になったのか?
同時に二つの【神格】から選ばれた人間は、歴史上存在しない。
つまりこれは前例のない大発見であり、大問題だ。
「シント、なぜ興奮しているのです?」
興奮しないわけがない。
いやまずは落ち着けシント。そうと決まったわけじゃないだろう。
またもや頭を抱える。いろいろありすぎて気が変になりそうだ。
ラグナが真に狙っているものは、ご神体。
なんでもいいから難癖をつけて、【神格】を差し出させるつもりだと考える。
ヴィクトリアさんの一件はその先駆け。
祠の扉をこじ開けようとした賊も、ラグナの人間である可能性が高い。
しかしここでふと疑問を感じた。
誰も知らないはずの【神格】の在処を、どうしてラグナ家が知っているのか。
「……シント、どうしたの」
「うわっ!」
「……なに?」
目の前にアリステラがいる。他にメンバーもだ。
それとガラルの子たち。
「ごめん、いきなり現れたから」
「マスターは話しかけても反応をしなかったと証言します」
アテナが心配そうに言った。
「ギルマス、様子が変だけど、なにかあったの?」
「マジでどうしたんだ?」
「熱でもあるのかしら」
どうする?
いまの状況は俺の予想をはるかに超えてないか?
「シント~ なんなの~」
そうだ。彼女たちに聞いてみよう。
「アイシア、ウルスラ、フラン、デューテ、この祠からなにか感じる?」
四人はお互いの顔を見合わせた。
「うーん、そうね~ ぞわぞわする~」
「ここに来てから妙な感じがするのは間違いない」
「わたしもよ。気のせいかと思ったけれど、胸騒ぎがするわ」
やはり。
「ていうかドラグリアに来てからやばいと思ったけどー?」
デューテが頭の後ろで両手を組みながらそんなことを言う。
「デューテ、それってほんと?」
「うん。【神格】でもあるのかなーって」
けろりとした様子だった。
ここにいるほとんどの人間が、なんで先に言わないんだと心の中で叫んだだろう。
「ね、ねえ、ギルマス。そんなことを聞くって、まさか」
「祠の中にあるご神体は【神格】だと思う」
ちょっとした沈黙が起きる。
しかしすぐに気を取り直し、ウルスラが尋ねてきた。
「それが真実だとして、つまるところラグナの狙いは【神格】か?」
「うん、そう」
「……祠が狙われてるの、間違いない」
アリステラが発言する。
彼女たちは周囲の林中に人が来たであろう痕跡を見つけたのだという。
「この辺をうろうろして、祠に入る機会を狙っていると思うぜ」
「たぶん、一人か二人。数は多くないわ」
「こっちも不自然に折られた枝とか、いろいろ見たわよ」
賊がいるのは確定か。
「シント、ラグナが【神格】を狙うとなれば、ガラルも黙ってはいられない。【神格】の数は国家間のパワーバランスに影響をもたらす。もはや竜人の里うんぬんではないだろう」
「まあ、ウルスラお姉さまの言う通りね」
ガラルの公女たる四人を連れてきたのは、凶か。
竜人の里を舞台にした【神格】の奪い合いが始まってしまうかもしれない。
「ねえ、シント。あなたもう言ってしまったら?」
フランは少しイラついているように見える。
「自分の出身を隠してないで、先代の息子だと言えばいいのよ」
それはない。それはもう絶対にやらないやつだ。
父さんはたしかにラグナの先代大公。しかしもう関係ない。
「俺はシント・アーナズであって、ラグナじゃない」
「まだるっこしいわね」
「どう言われようと、やらない。でもそれは、俺が嫌だから言ってるだけじゃないんだよ。かなり危険なことなんだ」
誰もが首をかしげた。
「……シント、説明」
「危険とはどういうことか説明を要求します」
俺が実は先代ジークハルトの息子だと言った場合、そうとう危ない。
「視点を変えて考えてほしい。もしも俺がラグナの軍人で里を狙うとした時、そこにラグナの公子がいたら喜んで攻める」
「それはどうしてですか?」
「なんでそうなるの?」
ディジアさんとイリアさんに答えたのは、俺ではなくアイシアだ。
「あ~ そうよね~ 囚われた公子をお救いせよ~ ってことだわ~」
「認めるのは不本意だが姉上の言う通りだ。攻める上で格好の口実になる。卑劣な手ではあるが」
その通り。
「じゃあどうしようもないじゃない」
「もう殴りまくったら? ラグナも竜人もみんなやっつけて戦争しないようにしようよ」
デューテの思いつきはひどいものである一方、戦争をさせないという一点においては有効だ。
しかし別の戦争が起きるからさすがに却下である。
「話をまとめてみよう」
ご神体は【神格】で、俺たちはそれを護衛する。
盗もうとしている者がいて、犯人を捜しつつ、ラグナからも守らなくてはならない。
「やることはシンプルだけど、落としどころが見えてこない」
最悪、巨大な国家であるラグナを敵に回す恐れがあるのだった。
そしてもう一つ。ガラルの子たちを巻き込んだ場合、大戦に発展してしまう可能性もある。
俺一人なら別にいいんだ。死ぬまで戦うだけのこと。
しかし竜人に犠牲を出さず、戦いを起こさせず、ラグナを撤退させるなんて可能なのか?
「ご神体は竜人族の象徴的偶像。渡すはずもない」
奪われるくらいなら戦うだろう。
ではどうする。
なにをすればいい?
解決するには、どんな手を使えというんだ。
「こりゃ重症だな」
「こんなに悩んでるギルマスは初めて見たわ」
アニャさんがタオルを差し出してくる。
「汗びっしょりよ」
「すみません」
顔を拭く。ほんの少しだけ気が晴れた。
「シント、一人で悩む必要はありません」
「わたしも手伝うし」
わかってる。俺は一人じゃない。
「……もう夕方。戻った方がいいと思う」
「姐さんの言う通りよ。まずはなにか食べないと」
心配をかけてしまっているようだ。
「そうだね。一度戻って、頭を冷やそう」
と、腰を上げたところで、フランが鼻をすんすんし始めた。
「変な匂いだわ」
「フラン、誰かが放――」
「お姉さま、下品なことを言おうとしないで。今まで嗅いだことのないものよ。なにかしら、これ」
なんのことかわからないでいると、ダグマさんが素早く矢をつがえ、撃つ。
矢は木に深々と刺さり、同時に人影が動いた。
「盗み聞きー? 追いかけてみるね!」
「マスター、追います」
デューテとアテナが走り出そうとするのを、止めた。
「いいや、俺がやるよ。いろいろあって……ぶっ放したいんだ」
なにか知っているかもしれないし、是非にでも話を聞かせてもらう。
「たぶん今ならできる」
手を胸の前でがっちりと組み、発動。
「≪大広域障壁≫!!!!」
半透明の魔法障壁が広がる。
その範囲は林全部だ。
「……信じらんない。でかすぎ」
「林全体を包んだってこと? ありえないんですケド」
「逃げたヤツはもう外に出られない」
「じゃあ行ってくるね」
「待ちなさいよ、デューテ。わたしも行くわ」
フランとデューテ、そしてアテナ、アリステラ、リーア、テイラー夫妻と続く。
「シント、あなたはまたしてもこんな魔法を」
「≪全方位障壁≫の強化版です。言うなれば障壁内は俺の世界。誰も逃げられません」
千々に乱れる頭の中とは違い、魔法は調子がいい。
そして数分後、悲鳴が聞こえた。
「アグアアアアアアアアアアアア!!」
林に中からこちらへ向かって誰かが吹き飛んでくる。
髪の毛のないスキンヘッドに白いボディスーツ。忘れるはずのもない酷薄さを持つ顔。
……
…………
思考が停止しかけた。
「く……くそがあ! ふざけんなよ!」
「おまえは、テンダー」
「ちいっ……」
なぜこいつがここに?
去年の冬、ダイアナの件で戦った相手だ。饗団の上級戦士テンダーはムンゾォさんを殺した。
忘れたくても忘れられない男だ。
また頭を抱えたくなった。
【神格】のあるところには小虫みたいにわきでる。
饗団までも関わっていたか。
これ、どうすんの。




