サマービッグケース『ドラゴンタウン』
「着いたぞ。ここがドラグリアの里だ」
山間のど真ん中に竜人たちの町が現れる。
ちょうど平地になっていて、周囲は低山。緑に囲まれたこの場所は多彩な美しさを見せていた。
「なんか階段みたいになってるね」
イリアさんが見ているのは町の外縁部だろう。
段になった畑が町を取り囲んでいた。こういうの、段々畑って言うんだっけ。
綺麗に整えられた作物の列がとても美しい。
「あれはなにを作っているのでしょう」
「俺も初めて見ますね」
帝国ではどこでも見かける小麦畑と違う。果樹園でもない。
「茶畑が珍しいようだな」
エルニールさんが教えてくれた。竜人の里は茶葉の生産が盛んだという。
他にも木材や石材の産地として知られており、金山と銀山もあるそうだ。
「ドラグリアは資源の宝庫なんだ。ご神体のおかげだと言われてるのさ」
そういえばご神体ってなんなんだろう。
護衛対象だと言うし、把握しておきたいのだが。
「今からどこへ?」
「議場だ。いまオヤジたちが対応を話し合ってる」
どんどん先へ行くエルニールさんたちへついていく。
町の中に入ると、竜人の方々が珍しそうにこちらへ視線を送ってくる。
もちろん警戒はされているだろうが、いまのところ敵意は感じない。
「見られてるわね……」
「落ち着かないな」
テイラー夫妻は苦笑いの様子。
「珍獣を見ているような、そんな感じだ」
ちらりとガラルの子たちへ目を向けた。
彼女たちは見られることに慣れているから、まったく動じていない。
むしろ自分達を見せつけるかのように、その巨大な力を隠そうともしない。
四人を連れてきたのははたして吉か凶か。
こっちはこっちで予想ができなかった。
「あれが議場だ。オヤジに紹介しよう」
「おねがいします」
大きな建物が見える。町の中央に建てられた立派な木造建築だった。
門番がいるわけでもないので、エルニールさんは義妹のヴィクトリアさんを連れ、戦士たちとともに勝手に中へと入る。
続けて俺たちも足を踏み入れた。
そこには何十人もの竜人たちがいて、議論をしている。
一番奥に座しているのは、ずんぐりとした体格の、しかし重厚な筋肉をした中年の男性だった。
ひげはなく、柔和な笑みを浮かべて、エルニールさんを迎える。
「おお、エルニール。どこに行っておった」
穏やかで優しそうな人だ。
「ヴィクトリアもいたのか。どうしたのだ?」
ヴィクトリアさんは、気まずそう。
「オヤジ、客だ」
「客とは後ろの者たちのことか。帝国から来たようだな」
わずかに表情が曇る。
さすがに歓迎はされないか。
「アーナズさん、オヤジのガランギールだ。族長をしてる」
まずは挨拶をしよう。
「初めまして。シント・アーナズです。手紙を読んで来ました。後ろにいるのはウチのギルドのメンバーです」
「ガランギールだ。しかし手紙とは……?」
ん?
「手紙には依頼を受けてほしいとのことでしたが」
話が噛み合わないので、手紙を渡す。
ガランギールさんはそれをしげしげと眺める。
「わしの字ではない。これはエルニール、おまえのものか」
「ああ、そうだ」
「なにゆえそのようなことを」
「戦力が必要だろうからな」
「なんのことだ?」
手紙はエルニールさんの独断だったのか。
「オヤジ、ここでたらたら話している暇はない。ヴィクトリアが、やった」
「だからなんの話だと聞いている」
いまのところ、竜人の方々はなにがなにやらわからず、呆気にとられるばかりだ。
エルニールさんは憮然とした顔つきのまま、口を開く。
「ヴィクトリアがラグナの軍人を倒した」
「……は?」
議場内がどよめく。
次いでヴィクトリアさんに注目が集まった。
「……それは、まことか?」
「ああ、間違いない」
ふいに屋内の空気が、比喩でもなんでもなく、揺れた。
ガランギールさんの肉体が震え出し、いまのいままで優しげだった顔つきが一転。怒髪天を衝く鬼の形相となる。
「ヴィィィィィクトリアーーーーーーーーーー!!!」
とんでもない怒鳴り声だ。耳が潰れそうになる。
なーるほど。これがゲキリンか。たしかに怖い。
「なんということをーーーーーーーーー!!」
「ひいいいいい!?」
飛びかからんばかりの勢いを見せるガランギールさんに対し悲鳴を上げて隠れようとするヴィクトリアさん。しかし、どこにも隠れる場所はない。
「オヤジ、客人の前だ」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
エルニールさんが止める。族長はなんとか踏みとどまった。
怒気によって真っ赤に染まった顔が、徐々に戻る。
「ヴィクトリア! なぜ手を出した!」
「だって、散歩をしていたら帝国人がにやにやして近づいてきたんだ。だから」
「近づかれただけで撃つな! ばぁかもんが!」
気持ちはわかる。俺もいきなり攻撃されたし。
「……こうなってはしかたあるまい。事情を話し、謝罪をするほかなかろう。倒された者は死んではおらんな?」
「二十人くらい倒れてたからな。何人かは死んでるかも」
「一人ではないのか!?」
エルニールさんは意地悪だ。ラグナ兵は誰も死んでいない。
「なんということだ……これは、不始末にすぎる」
「だからこそ、彼らが必要だろう」
今度は俺たちに視線が集まった。
「帝国の人間に仲裁へ入ってもらう」
「エルニール……なにを言うか」
「オヤジだってもうわかってるはずだ。ドラグリアは外からの影響を嫌う。なにもかも自分達だけでやってきた。その結果がいまだ」
しーんと静まり返る。
やがて、ガランギールさんが頭を振った。
「だめだ。おまえの連れてきた者たちがスパイではないという保証がどこにある。おいそれと決められることではない」
彼の言うことはごもっとも。予想通りの展開だった。
族長の言葉で、一気に俺たちへ攻撃的な視線が集中する。
「しかし先に手を出したのはこっちだ。ラグナは責任を問うだろうな。さしずめヴィクトリアの首か」
「なんで!?」
彼女は驚いているけど、普通はそうだろう。犯人を引き渡せと言うに決まってる。
「それともこの里まるごとか?」
静まり返ったはずの議場内が、再び騒ぎとなった。
みな口々に、戦おう、だの、帝国人は追い出せ、と声を上げる。
「戦うのか、完全に従属するのか……それを決める時間もないだろうな。オヤジ、どうする?」
「うーむ……」
抗戦か、それとも和平か。竜人の方々はそれぞれが議論をし始めた。
盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、ウチには関係のないことだ。
「はい! はい!」
と、手を挙げる。
またしても屋内が静かになり、注目された。
「いきなりどうした。なんのつもりかな、帝国の方よ」
「護衛依頼の詳細と計画と報酬を話し合いたいのですが、いいですか?」
「なに?」
「もともと俺たちはそのために来ました。ラグナとのもめごとはそちらの問題だ。仲裁をするかどうかはまた別の話です」
「な……なん、だと」
誰も声を発しようとしない。
やや遅れて背後からため息と小さな笑いが起きた。
「おれとしては仲裁も依頼したいんだがな」
「やらないとは言っていません。ただし、別途報酬をいただきます」
周りがどよめいたけど、とうぜんだと思う。
「いくらならやってくれる」
口を開けたまま固まっている父親をよそに、エルニールさんが聞いてきた。
少しだけ考えてみる。
相手はラグナの公国軍。強大な相手だ。しかもこちらが先に手を出したという非常に不利な状況。覆すのは困難を極めるだろう。
「一億アーサル」
「一億だとう!?」
「さすがに大金だな」
族長親子がそろって目を丸くする。
でも国のトップなわけだし、出せるはずだ。
「ちょっ……ギルマス!?」
「だいじょうぶなの、それ」
「さすがだぜ」
リーアとテイラー夫妻もびっくり。
もう少し安くてもいいんだけど、考えがある。
今回の件、ちょっとタイミングが合いすぎていて、しっくりこないのだ。
「護衛の依頼分も全部合わせてでいいですよ。なのでびた一文まけられません」
「しかたないか。オヤジ、払おう」
「いやいや、待て待て。一億はどうにも」
すぐに決められる額ではないだろう。
だが――
「ううう……」
すぐ近くで巨大な魔力の高まりを感じる。
ヴィクトリアさんの様子が変だ。
「さっきから聞いていれば……変な男!」
彼女は、びしぃっ、と俺を指さした。
「お義父ちゃん、こいつはスパイだ! わたしが倒す!」
「ヴィクトリア、待て」
「あー、また始まったか」
なにが始まるのよ。
「けっとうだ! 変な男!」
なんだそりゃ。




