サマービッグケース『インヴィンシブル・シント』
手紙で指定された場所は、倉庫が集まる街の外れだった。
ここは各社の商品や物資が集積する区域であり、昼間は作業員の方たちでごった返している。
空が朱に染まるかけるこの時間では、人がまばらだ。
手紙の主はこんなところでなにをする気なのだろうか。
特に誰かから見られている感じもしないし、尾行もされてはいない。
まさか恥ずかしがり屋の依頼人か? とも思ったが、俺の大切な者を預かるだなんて、物騒なことは書かないだろう。
手紙にあった住所に建っていたのは古びた倉庫だった。
けっこう大きくて、中は広そう。
看板はないものの、廃墟というわけでもない。
念のため、≪透視≫を発動し、中の様子をうかがう。
「見にくいな」
幾重にもある壁や、箱、棚、あるいは資材が邪魔をして見通しが悪かった。
俺の≪透視≫が見通せるのは、せいぜい壁二枚くらいだ。
なにもかもが見られるわけではない。
「まあいい。手紙の主に会わないとどうしようもないし」
警戒を高めつつ、入り口のドアを開けた。
すると。
「カチ? なんの音だ?」
開けた瞬間、妙な音がする。それと火薬の匂い。
なるほど。
爆弾のような気がする。
そっとドアを閉じ、魔法を発動。
「≪魔障壁≫・五連」
次いで爆発が起こり、ドアが吹っ飛ぶ。
熱と爆風と炎は障壁で完璧に遮断。問題はない。
「手厚い歓迎だな。でも俺じゃなかったら大けがしているところだ。危ないよ、まったく」
呆れたものだ。手紙の主はかなり過激な人物らしい。
粉々になったドアと壁を越えて、中に足を踏み入れる。
周囲にコンテナが積み上がり、行ける場所が限定されていた。
考えるまでもなく罠。
でも行く。
すると今度は風を切る音がした。
四方から飛んでくるのは、矢だ。
「黒蛇竜の盾。で、≪魔弾≫」
前方からのものは魔力弾で迎撃。
背後からのものは盾を浮かし、防御。
人の気配がしないから、これはボウガンを使った仕掛け罠だろう。
木箱の上やコンテナの隙間に設置してあるのを見つけたので壊しておく。
手が込んでいる。俺を殺すためにわざわざここまでしてくれるなんて、すごい。
さらに奥へと進み、落とし穴や杭が飛び出す仕掛けをくぐり抜けた。
以前、ホーライの地下遺跡で似たようなものを経験しているから、くらったりはしない。
そして急に広い場所へと出た。
倉庫のメインホールと思われる。
「待っていたぜ、シント・アーナズ!」
俺の名を呼ぶ男がいる。
顔中が傷だらけのいかつい男性だった。目力が半端ない。
「すみません。誰でしょうか」
見覚えはなかった。
特徴的な顔だし、一度見たら忘れないだろうとは思う。
「聞いてどうすんだ。ああ? おまえはここで死ぬんだよぉ!」
顔傷男の他に武器を持った者が十四人。合計で十五人の荒くれ者が俺に殺気をぶつけてくる。
「俺の大切な者を預かっているそうだけど、誰だ?」
「はあ? なんの話だぁ?」
ここでしらを切る理由がわからない。
人質をとって脅すのではないのか。
「てめえら! やれ!」
問答無用なのはよくわかった。
倒してから聞こう。
大きく息を吸い、魔法を発動する。
もっとも信頼する≪魔弾≫だ。
「≪魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔弾≫!!」
十五発の魔力弾を男たちに撃ち放つ。
眉間を打たれた彼らはバタバタと倒れた。が、しかし、三人だけ防いだ者がいる。
リーダー格らしき顔傷男は倒したのに、ひるんだり逃げようとはしない。
間違いなく手練れ。戦闘のプロ。
一人は長剣を持ち、二人目は両手に短剣。もう一人は片手斧を装備。
ただのならず者とは思えなかった。
「フッ!!」
短い呼気とともに、長剣の男が斬りかかってくる。
続けて短剣、サイドから斧と連携が取れている。
床を蹴って後ろに下がる。
彼らは素早い動きで俺を追い、距離を詰めてきた。
魔法士への対策もしているようだ。
間違いではない。ただしそれは俺が近接用の魔法を持っていないと仮定した場合にしか通用しないが。
「≪漆黒之迅雷≫」
バチ、と音がして黒き雷を先頭の短剣男に浴びせかける。
声もなく気絶する仲間を見て、残る二人はわずかに速度を落とした。
「≪魔衝脚≫!」
≪魔衝拳≫の足バージョンを発動。
足に≪硬障壁≫と≪衝破≫を纏い、強化。
拳よりもリーチが長く、威力は上だ。
強力な衝撃を伴う魔法の蹴りが長剣男をぶっ飛ばす。
驚き戸惑う斧男には前蹴り。そして後ろ回し蹴りを決めた。
彼は回転して飛び、コンテナにめり込んて意識を失う。
戦闘は終了。
さて、話を聞こうか。
顔傷男に魔法で生成した水をかけてみた。
すると彼は頭をぶるっとさせて起きる。
「ぶわっは! な、なにが……」
「起きた? あなたは誰?」
「……嘘だろ……ぜ、全員が一瞬……こんなにつええだなんて、聞いてねえぞ!」
誰かから頼まれたようだな。
「質問に答えてほしい。あなたは誰? 教えたら殺さない」
「ぐっ……」
男は悔しそうに歯ぎしりをした。
だが現状を見て、肩を落とす。
「おれは『ノモルワ』だ。ワルダの弟分よ」
意外すぎる。ということはワルダ一家の残党か。
ワルダ一家はフォールンの新市街にのさばっていた悪党の集団だ。
ギルドを立ち上げた時、俺たちが潰した。
「いまさらになって復讐を?」
「……ああ、そうだ。おれは別の町を仕切ってた。けどよ、ワルダの兄貴が……たった数人の、しかも無名の冒険者にやられたって噂が広まってよお」
ノモルワの組織は、そのせいで他勢力に追い詰められ、ナワバリやシノギを奪われたのだという。
裏社会の組織はメンツがなにより大事。頼みのワルダがメンツを失った上に投獄され、彼らは行き場を失った。
「おまえをやればメンツは取り戻せる。けどよ、兵がいねえ。おれは失意に落ちて……酒浸りだ」
だがそんな時、謎の男がやってきたのだとノモルワは語る。
「シント・アーナズを一人で来させるから、殺してくれと言われた」
「それは誰だ? 名前は?」
「……」
「教えてくれ」
「……」
黙り込むので魔法を発動した。
≪魔弾≫がノモルワの頬をかすめ、背後の壁に穴を空ける。
彼は目を見開き、大量の汗を流し始めるのだった。
「や、やつは『マーリン』と名乗った! 小柄な若い男だ! 本名じゃねえだろうが、たしかにそう名乗った!」
その『マーリン』とやらが黒幕か。
こいつはもう何も知らないだろう。話は終わり。
「見逃してくれい! おまえのことは忘れる! 足を洗って――」
「足を洗うのは、罪を償ってからにしろ。≪地之雷≫」
「いべべべべべべべべべべっ!?」
雷魔法をお見舞いし、気絶させる。
これでおしまい、と思いきや、先の部屋から物音がした。
「ん? まだ誰かいるのか」
おそらく『マーリン』とやらだな。せっかくだし、会っておくか。
薄い壁で作られた出入り口を抜け、次の部屋へ。
しかし、そこで待っていたのは槍を構えた大柄な男だった。
身長は二メートル近くある。
見るからにただ者ではない雰囲気だ。
「あなたは?」
「……恨みはないが、死んでもらう」
いきなり物騒すぎる。
格好も物々しい。両手には槍。ぶ厚い鎧の重装備。腰には剣。背には大斧。
武器が盛りだくさんのとんでもない姿だった。
「恨みがないならなぜ襲う」
「問答はいらぬ」
なんなんだ、この人。
わけがわからないぞ。
「でやあっ!!」
呼気とともに槍がせまりくる。
第二ラウンドってところか。
しかたない。




