ファミリアバース 30 新たな依頼、新たな出会い
アクトー子爵は俺の対面に座り、指を鳴らした。
お茶が運ばれてきて、カップから湯気が立つ。
「ギルドを開業したいと聞いたが?」
「はい、そうです」
「ちなみに君はいくつだ?」
「二十歳です。あと四年半で」
「……? 変わった表現だな。まあ歳はいい」
それならばなんで聞いたのか、疑問だ。
「私は野心のある人間が好きでね。君のような若くして開業しようという者はもっと好きだ」
「はい、恐縮です」
さっきから口だけで笑ってるのはなぜなのだろう。この人を見ていると、疑問が次々と出てくる。
「商業については私に決定権がある。特に開業、起業などはそうだ。それで『商業権』を購入してもらうことになっている」
「ええ、それを聞いてここへ参りました。費用はどのくらいなのですか?」
また彼はニヤリとする。
「1000万アーサルほどだな」
1000万。
うん、むり。
「すみません、そこまでのお金はないです」
「融資してもいいが?」
ロレーヌ伯爵にもしてもらったばかりだし、まだ早い気がする。
「いえ、さすがにそのようなことはお願いできません」
「そうか、残念だ」
いくらなんでも大金すぎる。
人生は甘くないということかな。
とりあえず帰ろう。どうすればいいか考えなくては。
「おっと、待ちたまえ」
「なんでしょう」
引き留められる。
もしかしてまけてくれるの?
「君、等級の方は?」
「ブロンズ級トリプルです」
「ふむ……まだ始めたばかり……いや、むしろいいかもしれんな」
子爵はなにかを考えている。小声だけど内容が少し聞こえた。
「ここは長いのかね」
「いいえ、来たばかりですね」
「そうか。せっかく来てくれたのにこのまま帰すのは忍びない。どうだ、私からのお願いを聞いてくれないか」
依頼か。内容次第だな。
「実は私が経営している鉱山に泥棒が入ってね。とても大事なものが盗まれたのだよ。憲兵隊も追ってはいるが、中々に手強く、捕まらないんだ」
「その人を捕まえろと?」
「うむ。その通り。君は賢いな。そうしてくれれば商業権については検討しよう。活躍いかんによっては、与える」
願ってもないことだけど、引き受けていいものか。
「かなりの極悪人で、詐欺師なんだ。早急に捕まえたい」
「犯人はもうわかっているのですか?」
「こいつだよ」
と、似顔絵を見せられる。悪そうだけど、疲れ切った顔だ。
「ここから東北の山に潜伏しているようでね」
そこまでわかっていて、捕まらないのか。よほどの手強い犯罪者だと思う。
「わかりました。捕まえて、憲兵隊に引き渡します」
「いや、私の元に連れて来てくれ。背後に誰がいるのかを聞きたい」
ん? 極悪人なら引き渡した方が安全だけどな。
でもやるしかないか。
「わかりました。そうします」
「こいつは口がうまいとの話だ。嘘をついて君を騙そうとするだろう。引っかからないようにな」
「はい、情報をありがとうございます。それでは」
「期待しているよ、アーナズ君」
またもや依頼を引き受けたわけだけど、どうにも引っかかる。
「商業権か。それにしても高い」
1000万だなんて、びっくりだ。
門番の人ににらまれながら邸宅をあとにし、潜伏先に向かうことにした。
★★★★★★
「≪探視≫」
山に入るなり、魔法を使う。
だいぶ使用に慣れてきたおかげで、発動がスムーズだ。
人間の魔力は特に目立つ。
まだ残っている魔力の痕跡をたどってみることにした。
しばらく見ていると、靴跡が残っている場所を発見する。
「足跡がある。だけどこれは複数だな。跡の形状も同じだし、憲兵隊?」
犯人は一人だという話だから、単独の足跡を探すべきだろう。
微かな魔力の残滓が見える。
「これは、たぶん犯人の足跡だ」
くっきりと浮かび上がる跡。おそらくは裸足。混乱しているのか、あっちこっちに広がっていて、とりとめがない。
かなり奥に入る。
これ以上先は獣道すらないような場所だ。
足跡はここまで。魔力の残滓いろいろなものが混じりすぎていて判別はできない。
目視での捜索は難しそう。
だが、まだ手はある。
「使ってみるか」
初めての魔法を使ってみる。
「≪地獄耳≫」
目ではなく耳の強化。
ただし、入ってくる情報が莫大になり、耳が壊れる可能性もある。使用時間をできるだけ短くしよう。
風の音、木々のざわめき、虫が這いずる音に鳥の鳴き声。動物の足音もする。
これは大変だ。やはり音が多すぎる。
しかし、雑多な音源の中に息づかいが聞こえた。人間のものだ。
そう遠くない場所で荒い息が聞こえる。
「犯人かはわからないけど、会ってみるか」
音と痕跡を頼りに、近づく。
≪地獄耳≫を解除し、別のものを使用する。
「≪透視≫」
いた。
透かして見た大木の陰に、人が座ってる。
ボロボロの服に裸足。薄汚れた帽子の男だ。
声をかけたら逃げるだろうか。
いいや、話しかけよう。
「あの、もし」
「……ひい!?」
やっぱり逃げた。
「≪土之石陣≫」
魔法を使い、土壁を生成。
俺たちを囲むように、土が盛り上がる。
「なっ……な、な、な、なんだああ!」
その場に男がへたりこむ。
顔を見るかぎりでは、アクトー子爵に捕縛を頼まれた泥棒だ。
「魔法!? や、やめて! 殺さないで……」
この人はほんとうに悪人なのかな。
逃亡者には違いないと思うが、いきなり命乞いだし。
「まあまあ、とにかくこれを」
持ってきた水筒を渡す。中身は魔法で生成した水だ。
彼はためらっていたものの、渇きに耐えらなかったのか、水を飲み始めた。
「あああ……生き返った。こんなまずくてうまい水は初めてだ」
どうしてか俺が生成した水はまずい。そこはあきらめてもらおう。
「あ、あんたは誰だ? おれを捕まえに来たんじゃないんだよな?」
「すみません、捕まえに来たんです」
「え?」
悲鳴を上げて逃げる男。しかしその行く手は土壁が塞いでいる。
「もう嫌だーーーー! あそこには戻らねえ!」
「とりあえず落ち着いて。はい、これ」
今度は干し肉を渡した。
男は泣きながらがつがつと食べる。
「ううう……くそ……終わりだ」
極悪人とは思えない。だが言われた通りの詐欺師だとすれば、これが演技という可能性もある。
「俺はあなたが極悪人だから捕らえろと言われました。それは真実ですか?」
「ち、違う! 悪さなんて大してしたことねえ! せいぜい立ち小便くらいだ」
それはダメでしょう。いい大人がなにやってるの。
「では何者?」
「お、おれはあの鉱山から逃げてきたんだよお! あ、あ、あんな場所! もう働きたくねえんだ!」
鉱山で働いていたのか。
「盗みを働いたというのはどうです?」
「なにも盗ってない! おれは靴も履けずに逃げた。もう命からがらここまで……」
極悪人でもなく、詐欺師でもない。炭鉱夫、なんだろうけど、それではアクトー子爵の話が嘘になる。
さて、どちらを信じるべきか。
判断するにはまだ情報が足りない。
「鉱山ではなにを?」
「掘らされてた……最初は鉄だとばかり思ってたのに、そうじゃなかったんだよおおおお」
泣いている。
とても辛い思い出なのだろう。
「鉱山の奥は、崩れた遺跡なんだ。たぶん、【神格】かレプリカでも見つけるつもりなんじゃねえかって、みんな言ってたんだよ!」
アクトー子爵の目的は【神格】、もしくはそのレプリカか。
レプリカは【神格】を模した超技術の産物だ。今現在では失われた技術とされる。
作られた時代はかの『剣帝アーサー』が崩御された少しあとだから、900年くらい前。
【神格】のようなむちゃくちゃさはないが、凄まじく強力な武器と聞く。
少しずつわかってきた。
なら、現場を見てみるか。
再び男に話しかけようとした時、どこからか声が響いた。
「話は聞かせてもらったぞ! せいあ!」
「なに!?」
土壁を飛び越えてきた何者かが、剣を振りかざす。
「≪軟障壁・十連≫」
剛剣に柔らかい障壁で対応する。衝撃を吸収した十枚重ねの壁が、謎の剣士を跳ね返した。
「ほう。やるな、君」
「なっ……」
最初に目が行くのは、仮面だ。
顔の上半分を覆い隠した仮面の男が、そこにいた――




