シント・アーナズ【デモンバスター】4 饗団の男
「はあっ……はあ……ふう……」
荒くなったメリアムさんの呼吸が、少しずつ元に戻る。
そして彼女は力尽きたようにその場へとへたりこんでしまった。
「やりました……やりましたわ。ついに……」
こぼれ出る涙をぬぐう。
俺はそっと近づき、肩に手を置いた。
まだ安心するのは早いのだけれど、いまは言いっこなしだ。
彼女は自分の手で、ずっと恐れていたイシュランにケリをつけた。それがなによりだと思う。
「シント、見事だったわね」
叔母上が微笑みながら言う。
「女性を囮に使って戦うのは感心できませんでしたけど、彼女を使って自分は死角から決める、とみせかけて実はあなたの方が陽動。本命は彼女の剣だったわけね。いつからその絵図を?」
「戦う前からです」
「……え?」
俺の言葉に驚いたのは、メリアムさんの方だった。
「正確に言うとメリアムさんが武装してギルドを出た時から、でしょうか」
「シ、シントさん? それ先に言ってください!」
「言ったら気が散って動きが鈍くなるかもしれませんし」
「そんな……」
やりとりを見て、叔母上が小さく笑った。
「まったく、あなたも結局はお父さまやジーク兄様みたいだわ。『戦う前に勝つ』、でしょう?」
違う。俺の理想は『戦う前に勝つ』ではなく、『戦わずに勝つ』だ。すごく難しいからまったくできてないけどね。
「俺もわかってたぜ。おっと、あとから気づいて言ってるんじゃないからな。最初からわかってたよ、うんうん」
「トールさん」
彼は慣れた手つきでイシュランの腕を止血し、装備を剥ぎとってからロープで両手両足をきつく縛る。
「そういえばさっき憲兵隊に連れて行くと言ってましたが、いいんですか?」
てっきり依頼人の元へ連行するとばかり思っていたが。
「ん? ああ、いいのさ。まずは憲兵に引き渡して、賞金をもらう。もちろん受け取るのはあんただ」
みんなで倒したから山分けにしたいんだけど。
「俺に依頼をしてきたのはこいつに息子を殺された大貴族の父つぁん。大貴族だけあって憲兵にも顔が効くってわけ」
「引き渡しを要求できるくらいに権力があるのか」
「そういうこと」
彼には彼の考えがあったってことか。
ならばよし。こちらとしても異論はない。
「あとは……アレか」
サラディンさんの墓に供えられた木のおもちゃ。馬の形をした【神格】はいまも不思議な魔力を辺りにただよわせている。
これをどうしたものか。扱いに困るのはたしかだ
「シントさん、【神格】がどうのと言っていましたけど」
「ええ」
「あれはいったい……なんの話でしたの?」
メリアムさんはなにも知らなかった。
それはきっとサラディンさんが【神格】をめぐる争いに巻き込みたくなかったからだろう。
しかし少しだけ疑問だ。
【神格】の所有者が事故で死ぬなんて、ありえるのか?
それとも、イングヴァル従兄さんやシスター・セレーネ、あるいはアテナのように運び手だった?
イシュランの語ったことがほんとうなら、彼は所有者のはずだ。
残念だけど、それを知るサラディンさんはもういない。
試しに木彫りの馬を拾ってみた。俺に対してなにかをしてくる様子はなく、静かに、それでいて強烈な魔力を放ち続けている。
「シント、それは置いておきなさい」
「叔母上?」
「警戒しているのがわかりますわ。【神格】は気まぐれよ、なにが起こるかわからないもの」
「えーと……お二人とも、なんのお話を?」
「メリアムさん、コレが【神格】です」
「……ですがそれは、おもちゃ……」
「どうしてこの姿かはわかりませんが、間違いない」
メリアムさんは呼吸が止まりかけている。
「世界中の誰もが欲しがる【神格】ですけど、まさかこんな姿で、しかもお墓に供えられているなんてみんな信じないでしょうけどね」
【神格】についてわかっていることは現在でも多くない。
所有者は情報を明かさないし、これらが結局なんなのかは謎に包まれている。
「さて、そろそろ頃合いだと思う」
「戦の匂いがしますわね。あなたの作戦通りよ」
丘の下方から忍び寄る複数の気配は、気のせいじゃないはず。
やがて、数分とたたずに墓地へ現れる者達がいた。
真っ白なボディスーツに身を包んだ男を先頭に、百人以上の武装した戦士達。もちろん、手には反魔法術の杖が握られている。
このパターンにはもう飽きた。と、思いきや。
その後ろからさらにぞろぞろと列を組んでやってくる。
盾を持った男たちに加え、弓やボウガンといった飛び道具も見えた。
数は三百人超。ずいぶんと多い。
「トールさん、情報よりも多くないですか?」
「俺は百人単位って言ったぜ?」
うん、まあ、そうなんだけど。
会話している間にも、もっと数が増える。
お次は武器を持たない者達がおおよそ百人。様子からいって魔法士だ。
驚いたな。饗団にも魔法を使う者がいるのか。
彼らは崖を背にする俺たちを囲うように陣取り、武器を構えた。
形としてはこちらが追い詰められたと言える。
「あなたたちは饗団ですか?」
念のため、先頭の男に聞いてみた。彼はうやうやしく礼をし、口を開く。
「左様。私はエイティアン。二桁の戦士であり、序列は十八位。以後、お見知りおきを」
「なんの用?」
答えはわかりきっているけど、聞く。
「マリア・ラグナ、その命、もらい受ける」
「なめられたものね。そのお芝居めいた口調も気に入らないですわ」
「気に入らなくて結構。私も貴族は嫌いだ」
エイティアンと名乗った男が手を挙げる。
饗団の戦士たちは一斉に反魔法の杖を構えた。
俺は叔母上の前に立ち、奴らを見る。
敵兵は約四百人といったところか。
「君、なんのつもりかな?」
「戦うつもりだけど」
「ふむ……マリア・ラグナの盾になるというのか。見たところ魔法士。ラグナの関係者……ラグナ六家の者かな」
推理めいたことを言っているけど、全然ちがう。
「それとも後ろに【神格】の所有者がいることで気が大きくなってしまったのか。やれやれだな」
ヤツはさっき序列十八位と言った。
俺がこれまでに遭遇した上級の戦士は九人。
エイティアンが腰に差している不気味な得物は邪剣だろうし、あと何人いるんだろうか。
「おとなしく脇で見ているがいい。これから始まる極上のショーをな!」
「あ、そういうのはもういいんで」
「は?」
「俺はこれまで二桁を名乗る者を九人倒した。邪剣を持つ戦士はあと何人いる?」
「……貴様、なにを言っている」
エイティアンの顔色が変わる。
「なにを、って、言った通りなんですけど」
「ふざけているのか?」
「ふざけてはいない。それよりも教えてくれ」
「……気でも狂ったか。わけのわからぬことを。もういい! やれ!」
狂人扱いとはひどい。
「叔母上、障壁を。内側からどんどん重ねていくイメージです」
「噂の反魔法術ってことですわね」
≪魔障壁≫を重ねて発動。
「≪ハードエンド≫」
叔母上もまた前面へ土の壁を瞬時に盛り上げ、強固な盾を作り出す。
そこへ百人を超す反魔法術の光線が浴びせられた。
「あら? ほんとうに壁が溶けたわ。驚きね」
口では驚いているが、動じてはいない。さすがだ。
「はーはっはっは! 対ラグナの切り札はどうだ! バカめ!」
調子に乗るエイティアンは笑い出した。
「メリアムさん、トールさん、俺たちの後ろへ」
「なあ、アレ喰らったらどうなるんだ?」
「めちゃくちゃ痺れます」
「つうか喰らったことあるのかよ。呆れるな」
何度か生身で受けたが、けっこうしんどかった記憶がある。
「叔母上は【神格】の所有者だ。光線を受けたらどんな影響が出るかわかりません。絶対にくらわないようにしてください」
「そうしますわ」
俺たちは障壁を発動し続ける。
「くっくっく……いつまで持つかな。その美しい顔を! 苦痛に満ちさせるのが楽しみだぞ! はーはっはっはー!」
こいつ、もう本性を出しかけてる。
サディスティックな笑みだ。もうほんとうんざり。
「そろそろかな」
「……なんの話だ?」
俺の言葉が気になったのか、エイティアンが聞いてくる。
せっかくだから答えよう。
「おまえたちは何回同じ事をすれば気がすむんだ」
「だからなんの話だと言っている」
「テンダー、ナイティ、イレイヴ、サディアス、フォティエンテ、フィフタノ、シクステ、セブンティーン。そいつらはだいたいおまえと同じことを言って、敗れた。誰も彼も自信過剰で、相手を侮り、返り討ちにあう。いつも戦力を小出しにして結局やられるんだよな」
「なっ……!」
左手でシールドを出し続け、右手に魔法を準備した。
「こちらが四人だけだなんて、誰が言ったんだ」
「はあ?」
「≪光輝弾≫」
真上に掲げた手の平から、大きな光弾を撃ち出す。
上空まで達したのを確認。そして破裂させる。
さあ、反撃の合図だ。




