隠された過去 5 終わりにしよう
メリアムさんはどこか遠い目をして、話を始めた。
過去を懐かしんでいるようにも見える。
「私の父は流れ者の傭兵。腕っぷしだけが自慢の、単純な人間でした」
娘ですら過去のわからない剣士。それがバロンズの団長ナーディル。
「お酒に酔った時、たった一度だけ教えてくれました。ガラル公国の出身だとかなんとか。どうせホラ話でしょうけど」
「お母さんはどんな人だったんですか?」
「わかりません。物心ついた時にはもう、いませんでしたわ」
子連れの傭兵は類まれなる剣の腕と強運により名を上げる。行く先々で仲間ができ、やがて傭兵団となった。
メリアムさんは幼少から剣を握り、父親に厳しい訓練を課せられたという話だ。
「八つくらいの時でした……父が突然、男の子を拾ってきて育てると言い始めたんです。私と同い年くらいの男児で、名前はイシュラン、と」
悪魔の刃とメリアムさんは幼馴染だったわけか。
「私とイシュランは姉弟として育ちました。父に戦闘の訓練を受けて、戦って、また訓練して……そんな日々が続いていましたわ」
ここで彼女は一度、話を切った。
テーブルの上に置く手が震えている。
「イシュランの素質は……恐ろしいものでした。大人相手でもやすやすと勝ってしまう。でも……怖かったのはもっと別のことでした」
「それは?」
「彼の気質です。子どものころから……小動物をもてあそんで殺したり、近所の子たちをひどくいじめたり……私は何度も父に言いましたわ。あんなことはやめさせてと」
命への価値観が違う。聞いていてそう思った。
「しかし父はあろうことか、『殺しの才能がある』などと言って、より厳しい訓練を課すようになったんです」
その後、傭兵団は『バロンズ』と呼ばれるようになり、伝説となる。
16歳となったメリアムさんもまた戦で名を上げ、『血女』の異名で呼ばれるようになった。
「父に言われるがまま戦い、いつかは戦場で死ぬ。そんな風に考えていました。ですが……私は、彼と、出会った」
彼女はとある戦場で、男に出会った。
今まで見たことのないような強者。一度も敗れたことのなかったメリアムさんが簡単に負けた。
「あの人は私の首に剣を突きつけて、言いました。『なんでそんな顔をしているんだ』って。いったいどんな顔に見えたんでしょうね。変な男だと思いましたわ」
サラディンはメリアムさんにとどめを刺さなかった。
手を差し出し、立たせてしかりつけたのだという。
「戦いを楽しめないんだったら戦場には来るなって、怒られましたわ。かなり本気で、こう目を吊り上げて……」
「たしかに変わった人だ」
「あの人は私を引き連れて、父と会いました。あとで聞いたら、一人でウチの団を潰すつもりだったそうです」
伝説の傭兵団に一人で殴り込みか。恐ろしい戦士だ。
「今でも……鮮明に覚えています。あの人はたった一人で戦いを挑み、ウチの団の男たちを相手に互角。全員が名だたる傭兵でしたのに、驚きました。同時に胸も高鳴っていましたの」
メリアムさんの頬が少しだけ赤くなる。
「私のためにここまでしているのでは? なーんて少女じみた妄想がふくらんで……なんだか落ち着かない気分でしたわ」
その戦いの結果、ナーディル団長はサラディンさんを気に入り、その場でスカウトした。
団に加わったサラディンさんは度胸、剣の腕、身体能力の高さ。特に動きの速さにおいては目に見えないほどの力を存分に発揮し、ほどなくして疾風という異名がつく。
「父は彼を評価し副団長に指名しました。そして自分の後は団長をするようにと」
「いきなりですか」
「ええ、いきなりです。もちろん不満を持った団員もいたとは思います。ただ、あの人は恐ろしく強かったので文句は出ませんでしたけど」
力こそ正義であり全て。シンプルだ。
「そうして一年が過ぎ、あの大戦が……始まってしまって。ウチの団は南方の小国に雇われて戦場へと向かいました。もしかしたら……死ぬかもって思ったので、私、決意しましたの。女として見られてないかもしれなかった。でも、想いを伝えないまま、戦いに行くのがつらかった」
「もしかして、愛の告白を?」
メリアムさんが恥ずかしそうにうなずく。
「だめでもともと、と思いましたけど、あの人ったら軽い感じで、いいぜ、って言ってくれました」
二人は結ばれた。
大戦ではお互いを守り、絶対に生きて帰ると約束をしたそうだ。
「私たちは、帝国軍と戦いました。それを退けているうちに大戦は決着し、誰も欠けることなく帰還する運びとなったのですが、問題が起きたのですわ」
最初からラグナ公国と戦ったわけではなかったようだ。
「報酬の内容で揉めたんです。新たな護衛の仕事も入ったことで、あの人と私とミクリオと……そしてデクスターが残り、父たちは先に行きました」
やっとわかった。
サラディンさんとメリアムさんとミクリオさんが虐殺の場にいなかった理由は、これだったのだ。
「報酬の件を片付けて、新しい仕事の現場に向かう途中、デクスターが別の仕事を受けていったん離れました。私たちは三人でパララルルナ森林へ――」
「死神野郎は虐殺の場にはいなかった?」
「ええ。デクスターは特殊な【才能】を持っていましたから、父から単独行動を許されていましたの」
ヤツは、突然ラグナ家に追われた、と言っていた。虐殺のことを知らなかったのであれば、とうぜんのことかも。
「あの村へたどり着いた私たちは……言葉を失いました。積み重なったエルフの方々の死骸とむせかえる血の匂い。焼けた家々……地獄があるとしたら、あんな感じなのでしょうね」
青ざめるメリアムさんは、話を続けた。
「あの人は激怒しました。なぜこんなことができるんだって、すごい剣幕で怒鳴りました。その時、父はすでに戦死していて、村人に報酬をごまかされそうになったから殺したと、みんなそう言っていましたわ」
「なんてことだ」
「信じられませんでした。父が死ぬはずないと、そう思いました」
「そこで敵対を?」
「いいえ。すぐそばにラグナの軍が来ていたことはわかっていたので、あの人は団員たちへすぐに村を離れるよう言ったんです」
バロンズのメンバーはそのまま森林の奥地に拠点を築き、様子をうかがうことにしたのだという。
「状況は最悪でした。ラグナ公国軍は怒り狂い、私たちを血眼になって探しはじめたのです」
ここからはドゥンケル男爵に聞いた話と一致する。
「あの人……サラディンはなんとか生き残る道を捜していました。ラグナの軍を何度か退けて膠着状態に持っていったのですわ」
「そこで交渉をしに?」
「はい。夜に私とミクリオを連れて、あの村へ向かいました。あの人はジークハルト大公に取引を持ち掛けて……」
話が終わり、外に出たサラディンさんは左腕をなくしていた。
ケジメとして自分で斬り落としたのだ。
「血の気が引きました。利き腕ではないとはいえ、もう戦士として生きられない。それがあの人にとってどんなにつらいことなのか……」
だが三人は命を拾った。
拠点の場所を知った父さんはすぐさま総攻撃をしかけ、バロンズを殲滅する。
しかし、イシュラン、デクスター、コレントの三人は捕まらなかった。
「そして私たちは……知らなくてもいいことを……知ってしまったのです」
メリアムさんの口調が変わった。
ぞくりとする。
「あんなに強かった父が死ぬなんて、ほんとうに信じられませんでした。団員たちの言っていることに一貫性がなくて、疑問だったんです」
彼女はサラディンさんとミクリオさんとともに、教えられた団長の埋葬場所を掘り返した。
そこで見た死体は、背後から斬られたと思わしき傷がついていたのだという。
「父が後ろから斬られるなんて、天地がひっくり返ってもないこと。間違いなく団員の誰かにやられた。そして、そんなことができるのは」
「イシュランか」
「はい……私はその時、怒るよりも怖くてしかたありませんでした。あの場所から逃げたくて逃げたくて、しかたがありませんでしたの」
そうして彼女はサラディンさんとともに名と顔を変えて、結婚した。
仲間を売ったことで報復される可能性を考え、町や村を転々とする。
「しばらくして妊娠したことがわかり、動けなくなりました。それで、アークスに腰をすえて暮らし始めたんです」
ミリアちゃんが生まれ、サラディンさんも片腕ながら定職につき、穏やかな月日が流れる。
だが二年前に不幸な事故が起こった。
アークスの外で鉄道の敷設工事をしていた際に起きた事故で同僚をかばい、亡くなってしまったのだ。
「正直、途方にくれました。次第に貯えも尽き、どうしようかと思っていた時に、ギルドの事務方募集を見ましたの」
彼女はウチのギルドメンバーとなった。
奇縁、あるいは因縁に導かれるように。
その後は俺が目撃したものと、得た情報そのままだ。
偶然にも死神野郎と再会し、イシュランが来ていることがわかって、メリアムさんは怯えはじめた。
俺は、テーブルの上に置かれたままの退職願いを手に取り、バラバラに破る。
これはもう、いらないだろう。
「メリアムさん、ケリをつけましょうよ」
「ギルドマスター……」
「あなたはいいかもしれない。ですが、ミリアちゃんはどうなります?」
ミリアちゃんは話に疲れたのか、眠っていた。
「それは……でも」
「ミリアちゃん、前に言っていたんです。自分がだめな子だから、メリアムさんが夜に泣いているんじゃないかって」
「そ、それは、違います! 全部私が悪いんです!」
メリアムさんだって、悪くない。
「どこへ逃げても追われる。どこかで区切りをつけないとずっとこのままだ」
「無理です……私は怖くてたまらない。イシュランがすぐそばにいると思うと」
「彼とはどんな関係だったんですか? まさか恋人?」
「ありえませんわ! イシュランは私のタイプじゃないんです。いつもぶつぶつ言っていて、なにを考えているかわかりませんし、いつだったか私を勝手に、一方的に恋人と思い込んで最悪でしたわ」
なるほど。逃げるのも無理はないように思える。
「言ってやったらいい」
「え?」
「はっきりとヤツに言えばいいんです。あなた自身の心に決着をつけてほしい」
「……」
話は全てわかった。
決着をつける時が来たのだ。
「メリアムさん、あなたは一人じゃない。俺がいる」
「……!!」
「ギルドのみんなもいる。そうでしょう?」
「ですが」
「メリアム、シントの言う通りだと思います」
「わたしもそう思うわ。戦わなきゃ」
今まで口を開こうとしなかったディジアさんとイリアさんが、人の姿へと変じる。
「な、何度見ても慣れませんわ」
二人は彼女のそばに立ち、手を握った。
「あなたが闇から抜け出すのは今です」
「わたしたちも手伝うよ。だって、仲間でしょ」
「ディジアちゃん……イリアちゃん……」
メリアムさんは、寝ているミリアちゃんの頭をそっと撫でる。
「ギルドマスター……いえ、シントさん。私からの依頼を受けてくださいますか?」
「喜んで」
さあ、悪魔退治を始めようか――




