隠された過去 4 メリアム
空間の移動によりギルド前に到着した俺は、すぐさま中に入る。
そこにいたのはシスター・セレーネとアテナ、そして叔母上だ。
「シントくん!」
「おかえりなさい、マスター」
トールさんの姿がない。
メリアムさんは見つかったのだろうか。
「ただいま。こっちの状況はどう?」
「メリアムさんは見つけました」
見つけた、というシスター・セレーネの表情は明るくない。
「マスター、彼女の拠点を発見しましたが、逃亡を」
「いまはあのトールって男が見ているわ」
「見ている?」
「あなたを待つって言っていましたわね」
「わかりました。三人ともありがとう」
場所を教えてもらい、振り向く。
「シント、待ってちょうだい。そっちはなにかわかったの?」
「はい。おおよそのことはわかりました」
「教えて。なにがあったのよ」
「叔母上、メリアムさんを連れて戻ります。話はそこで」
「そう……ね。待っていますわ」
ドゥンケル男爵から聞いた話でだいたいの事情はつかめた。しかし、彼の言うことはラグナ側の視点だ。
メリアムさんから話を聞く事で、今回の件にまつわる全てを知ることができるだろう。
★★★★★★
トールさんが待っているという場所は、アークスでも一番入り組んでいる住宅街のただ中だった。
アパートや小さな家がところ狭しと立ち並び、隙間がない。
彼はすぐに見つかる。
物陰の壁に背を預け、腕を組んで目をつむっていた。
「トールさん」
「おう、戻ったか。セミラミスは見つけたよ」
トールさんは軽くアパートの二階を指さす。
「ありゃあ逃亡生活のプロだな。たぶん、いくつもセーフハウスを持ってる」
話を聞くかぎりでは十年も偽装を続けているわけだし、逃げるのに慣れているということか。
「ひとつ前のセーフハウスじゃ逃げられた。というか、逃がしたんだけどな」
「それはどういう」
「俺が行っても信じちゃくれねえ。あんたが行くのがいい」
そうだ。彼女はウチの大切な従業員。ギルドマスターとしての責務を果たしたい。
「そっちはなにかわかったのか?」
「だいたいのことは。肝心な話はメリアムさんに聞きますよ」
「そうか。じゃあこれを持ってけ」
封筒を渡される。
表には『退職願い』と書かれていた。
「これは?」
「彼女のセーフハウスに置いてあった。あんた宛だよ。最後にこれを渡すつもりだったと思うぜ」
妙なところで律儀だな。
だけど、危険を承知でこれを渡しに戻ろうとするくらいには、ウチに愛着があったと受け取ろう。
「トールさんはウチのギルドに戻っていてほしい。メリアムさんを連れて戻りますから、悪魔の刃捕縛について話し合いましょう」
「おっけ。悪魔退治だな」
「ええ」
トールさんと別れ、アパートに向かう。
外に備え付けられた階段を上るにつれ、ドキドキしてくる。
退職願いなんて渡されるのは初めてのことだ。胸のもやもやが大きくなった。
ドアの前に立ち、ノックする。
誰も出ては来ない。
「メリアムさん、俺です。シントです。いるんですよね?」
返事はない。
ただ、中から音はした。
ドアにはとうぜん鍵がかかっている。
中から開けてもらうしかないのだ。
「話があります」
さて、どうすべきか。
彼女の心を動かすには、特別な言葉が要るだろう。
「メリアムさん、ミクリオさんが心配していましたよ」
「……!!」
中から反応があった。
なにかが床に倒れる音。
「バロンズにまつわる出来事は、俺にも関係があることでした。だから――」
きい、とゆっくり扉が開く。
中から顔をのぞかせたのは、ミリアちゃんだった。
「おじ……」
「ミリアちゃん、おはよう」
「……」
彼女が抱き着いてくる。小さな肩を震わせ、今にも泣きそうだ。
ミリアちゃんを抱いたまま、部屋の中へと入る。
メリアムさんが床に座り込み、顔へ布を当てていた。
「泣かないでください。メリアムさん」
「ギルドマスター……もうしわけ……ありません」
「謝る必要なんてない。さあ、椅子へ。ミリアちゃんも」
だいぶ張りつめていたとみえる。
「これをお返しします」
「……」
退職願いをテーブルの上に置く。
「あなたは今までよくやってくれました。これからだって、きっとそうです。やめる必要なんてない」
彼女はうつむいたままだ。
再び前を向かせるのは容易なことじゃない。
「ですが、わたしたちがいては、みなさんが、殺され……ます。イシュランはどこまでも追ってくるんです」
「そうはさせない。彼が追うのも、あなたが追われるのも、終わりにする」
「無理……ですわ。ギルドマスター、いくらあなたが強くてもイシュランは」
言葉の端々から感じるのは恐怖だった。
たしかに悪魔の刃は恐るべき強者だ。しかし、メリアムさんの目は曇っている。
どんなに強くても倒せない相手はいない。なにより相手の方が強いからといって戦わない理由にはならない。
「どうして……あなたはそこまで……わたしの正体を知ったはずです。逃げ続けるだけの、嫌な女なんです」
「そうは思えませんし、俺にも関係のあることです」
ぴくりと彼女が震える。
「俺の父さんはあなたたちと取引をした」
「……父さん? それって……」
「ジークハルト・ラグナ。バロンズを殲滅した人間が俺の父です」
「そ、そんな……!? ほんとうに!?」
さすがに驚いているようだ。
「隠していたわけではないのですが、言うタイミングがなかなかなくて」
「ギルドマスターは前大公のご子息……信じられませんわ」
「俺はラグナに居場所がなくなり、国を出ました。一人で生き抜くためにギルドを作ったんです」
「それは……どうしてですか」
「なんの【才能】も持たずに生まれたから」
「え?」
嘘偽りは一つもない。
「ですが、魔法を……」
「勉強して会得しました。【才能】によるものではありません」
「それこそ、信じられません。そんなことがあるはずは」
「しかし事実です」
メリアムさんはまじまじと俺を見た。
目の周りが赤く腫れている。ずっと泣いていたのかもしれない。
「メリアムさん、俺はバロンズが虐殺を行ったという地に行ってきました。そこでドゥンケル男爵、そしてミクリオさんと会い、真相を知ったんです」
「ああ、ミクリオ……まだあそこに……」
「父さんは仕事をやり残したまま亡くなりました。だから俺が、ケリをつける。ラグナの者としてではなく、ジークハルトの息子として」
まっすぐに見つめる。
気持ちが伝わったかどうかはわからない。ただ、彼女は下を向くのをやめた。
「イシュランを倒し、あなたとミリアちゃんを自由にする。ドゥンケル男爵も、ミクリオさんもだ。だから、なにがあったのかを教えてほしい」
メリアムさんが息を呑む。
「死神野郎――デクスターはイシュランが【神格】を得るためにあなたを探していると言っていました。それはほんとうですか?」
「い、いいえ。わたしは【神格】なんて……」
「ではサラディンさんはどうです? あなたの亡くなった夫というのはサラディンさんでしょう」
彼女は娘のミリアちゃんを見た。
ミリアちゃんは不思議そうな顔だ。だが、母親が泣くのをやめたことで安心はしているだろう。
「ええ、そうです。サラディンは私の夫でした。ミリアは彼との子どもですわ」
「彼は【神格】の所有者だった?」
「あの人は……なにも。たしかに私が知る中で一番の戦士だったことは間違いないですけど」
だとするとメリアムさんでも知らない事実をイシュランが知っているということかもしれない。
あるいは饗団がなにかしらの情報を持っていて、そのために殺し屋や戦士たちを送り込んでいるのか。
「大戦のあとになにがあったのか、俺に教えてください。おねがいします」
思い出したくもない記憶なのは、わかっている。
メリアムさんはわずかな間だけ目をつむった。
再び開いた目に、恐れはない。
「お話し……しますわ」
はたして彼女たちになにがあったのか。
そして俺の父さんについて。
知る時が来たのだと思う。




