バロンズの謎
一呼吸おいて、続きを話す。
「ルーザス・シギサを殺害したのは『悪魔の刃』。聞いた手口が一致している。そして教団員をやったのは『鶴嘴鎌』という名の殺し屋だ」
「『鶴嘴鎌』だって!? こっちも大物さ」
カサンドラが驚く。彼女はウチの中では二番目に冒険者歴が長い。聞いたことがあるんだろう。
「『鶴嘴鎌』ともう一人、『死神野郎』ってヤツが『悪魔の刃』の元仲間なんだそうだ。だからその二人を捕まえて情報を引き出したい」
「……『死神野郎』もかい? とんでもないことになったさ」
かなり危険な仕事になる。
しかし、背を向けて逃げることがどうしてもできなかった。
「どうやらこの三人は『バロンズ』という名の傭兵団にいたらしいことがわかっている。誰か知っている人はいるかな」
聞いてみる。
少し間を空けて手を挙げたのはダグマさんだった。
「それこそ伝説的な武勇伝を持つ傭兵団だ。大戦前はよく名前を聞いたぜ」
「どういう組織なんですか?」
「数は二十人にも満たないが、とにかく強い。一万の軍を退けたって話だ」
ダグマさんの話を聞く。
彼らは元々『バロンズ』という名前ではない。
大戦前、南方諸国連合の国内で起こった小規模な紛争が内乱に発展しかけたことがあったそうだ。
小国に雇われたバロンズは数十人で一万の軍を撤退させた武功から、救国の英雄とされ、その国で爵位を授与されたのだという。
しかし彼らは断り、褒美だけをもらって帰還した。
「すぐにでも貴族になれる力があるのに、ならない。権力になびかない屈強な信念を持つ集団――『男爵たち』って呼ばれるようになった」
話を聞くかぎりでは、とてつもない実力者たちだ。
「あくまで噂だが、メンバーの一人は【神格】の所有者らしい」
またしても【神格】か。万の軍を退けるのなら不思議ではないが。
「消えた理由は知っていますか?」
「謎だな。大戦でどこかに雇われたはずだが、急に名前を聞かなくなった」
「全滅したか、解散したか」
「当時はそう言われてたぜ」
他にバロンズを知っている者はいないようだが――
「叔母上はなにか聞いたことが?」
「さあねえ。どうかしら」
彼女はラグナ公国軍の一人として十年前の大戦に参加している。
なにか知っていてもおかしくはないが、そうそう都合よくはいかないか。
「元バロンズのメンバーに『血女』と呼ばれる人がいる。アークスにいるって話だから、探してみるよ」
「手がかりはあるのかい?」
「まだなにも」
「……シント、まさか一人でやる気?」
アリステラの視線が鋭さを帯びる。
「いや、そんなつもりはないんだけど、ギルドの状況もある。ミューズさん、こっちはどうですか?」
「正直言って厳しいわね。みんなそれぞれ大事な案件を抱えているし、一日で終わりそうもないのよね?」
「いつまでかかるかはわかりません」
「シント、無茶はだめよ。かなり危険な仕事だもの。たしかに賞金首を狙うのも冒険者だけど……」
「わかっています」
ウチは全員が実力者だと思う。
しかしながら、殺し屋と戦った経験は少ないだろう。
人探しならラナかダイアナ。
個人の武であれば、カサンドラかアリステラがいい。
だけどいま挙げた四人はウチの根幹を支えるメンバーだ。誰が抜けても支障をきたす。
少し考えてみる。
ミューズさんの言う通り、無茶はできない。
と、ここでギルドの扉が静かに開いた。
入ってきたのは、シスター・セレーネとアテナだ。
「シントくん、いまの話はほんとうですか?」
外で聞いていたのか。
気配に気づけなかった。
「セレーネは入るタイミングがつかめず、おろおろしていたと報告します」
「アテナさんっ!? なんで言っちゃうんですか!」
思ったよりも元気そうだ。
「シスター、体調は平気なのですか?」
「わたしは……だいじょうぶです。それよりも……シスター・イナーシャをあんな風にしたのは……」
「十中八九、殺し屋です」
彼女は目をつむり、黒杖を握りしめる。
「シントくん、わたしに手伝わせてください」
それはだめだ。できない。
「シスター・イナーシャの仇を?」
「……」
「だめです。やめたほうがいい」
「どうして? わたしが……足手まといだからですか」
そんなことはない。
身体能力が高く、極めて希少な【才能】を持つシスター・セレーネは戦力としておおいに計算できる。
「怒りは魔法を乱す。冷静ではない状態で連れていくことはできません」
「でも!」
ギルド内の空気が変わる。
緊迫した雰囲気だ。
「みんなだって、命を賭けて戦うのでしょう? わたしも冒険者になります! ですから!」
「シスター・セレーネ、それは――」
怒りに任せて冒険者になるのは、反対だ。
そう言いかけた時、カサンドラが俺を止めた。
「シント、最後まで聞くさ」
「カサンドラ?」
「セレーネからは相談を受けてたんだ。あんたにも話すつもりだったのさ。でも、そんな場合じゃなくなった」
シスター・イナーシャが殺されてしまったからか。
「わたしはずっとみなさんの活動を見てきました。孤児院の院長さんも、古街にギルドがあるおかげで犯罪が減ったとおっしゃっていたんです」
そうだったのか。
仕事を続けている甲斐があったわけだな。報われる思いだ。
「わたしもここで仕事をさせてください。おねがいします! シントくん!」
シスター・セレーネの気持ちは嬉しい。
「本気なのですね?」
「覚悟は……できています」
「剣神さまがお許しになると?」
「剣神さまは秩序を司る方でもあります。人をあんな風にする者に裁きを行うはずです」
そうだ。
少なくとも『鶴嘴鎌』だけは、司法で裁かれるべきだと思う。
みんなが俺の言葉を待っている。
こんな時に思い出すのは、母さんの言葉だ。
「家のことなんて考えなくていい。好きに生きなさい、か」
誰だって本来は自由。シスター・セレーネ自身が考え抜いて決めたことなら、反対なんてできるはずもない。
「わかりました。ですが、指示には従うこと。いいですね?」
「はい!」
ここにきて新メンバーの加入か。
大歓迎だ。
「マスター、わたしも行きます。セレーネの盾となって任務を遂行します」
「アテナ?」
「セレーネはわたしが守護ります。冒険者の『先輩』として」
やたらと先輩を強調している。あと守護りますって妙な言い回しだ。
先輩って言いたかっただけのようにも思えるが、悪い組み合わせではない。
「わたくしも」
「わたしもー」
ディジアさんとイリアさんが元気よく手を挙げた。
それだけは絶対にだめだ。あまりにも危険すぎる。
シスター・セレーネはもう十六歳で、帝国では成人扱いだから意思を尊重するけど、二人はほんとうにだめだ。
「さすがにそれは」
「わたくしたちも冒険者です。ライセンスもありますし」
二人がどこからかライセンスを取り出す。
うん、知ってる。
知ってるけど、だめだ。
「危険すぎる」
「前回の山が吹き飛んだことよりもですか?」
うっ。
甲乙つけがたい。前回も、そうとうに危なかった。
「ねえ、シント。全員でやっちゃおう? こっち終わったら手伝う」
「わたしも、そう、思います」
「ラナ、ダイアナまで」
「だったら、わたしがディジアとイリアを守りますわ」
「はあっ!?」
なんでここで叔母上が立ち上がるんだ。
頼むから勘弁してくれ。
「なにか問題ありますの?」
「ありまくりですよ。やめてください。帰ってください。いますぐに」
「ひどいじゃありませんか。わたし、こう見えて強いんですのよ?」
知ってるよ!
十年前の大戦時はあまりの強さから南方諸国連合を恐怖のどん底に突き落とした人物の一人だ。
ついた異名が『炎土ノ魔女』。
昔本人から聞いた話だと、【炎土重来】というレアな【才能】を持つという。
加えて【神格】神土ガイア―の所有者。弱いわけない。強すぎる。
「甥の仕事ぶりを確かめるのも叔母としては当然じゃありませんか」
まるで保護者みたいな言い方だ。
これは、アレだな。親が仕事に同伴するみたいな気まずさがある。
言っても聞かないだろう。そもそも【神格】の所有者を止めることなんて、簡単にはできないことだ。
「絶対に邪魔はしないでください。絶対にですよ?」
「なんで二回も言うの」
「大事なことだからです」
そういうことになった。




