剣神教団の緊急事態
あっという間に半月がすぎる。
だいぶ気温が高くなってきて、道行く人々の装いも薄着へと変わっていた。
南方はもう夏といってもいいだろう。
フォールンではカサンドラがマスター代行として活躍し、さらに名を高めている。
ここアークスでもアリステラが俺の予想を超えるリーダーシップを発揮し、みんなを引っ張っていた。
二人は我がギルドのエースであり、ダイアモンド級シングルの冒険者。街の人々からの人気が高く、指名依頼もくるほどだ。
ラナ、ダイアナの両名はその二人に遜色ない活躍をしている。
次々と難事件を解決し、ラナは気がつけば姿が消えるほどに気配を断ち、足の速さも目に見えないレベルであることから『消失ノ女』と呼ばれるようになった。
本人は、異名なんてついたら工作員なのに目立ってしまう、と嫌がっていたが、もう工作員ではなく冒険者なのだし、異名がつくこと自体、一流の証でもある。
ダイアナもまた【才能】を存分に発揮。加えて剣の腕もめきめき上がっている。武の頂点たるガラルホルン家の元公女だから素質は極めて高かったわけだが、すでに何度も実戦を経験し、確実に実力を上げているのだ。
リーア、テイラー夫妻は依頼達成率がすこぶる高く、安心して仕事を任せられる新たなエースとなりつつある。三人ともいまだシルバー級だが、俺が見るかぎり実力はもっとずっと上だろう。
ひいき目じゃないよ?
なんにせよ、次のライセンス更新でどこまで等級が上がるか、楽しみすぎた。
アイリーンもまたどんどん成長し、いまは一人で受けた依頼をこなしている。
加入した時はなりたてで右も左もわからない状態だったが、今では慣れたもので、毎日頑張っていた。
たぶんだけど、一対一で彼女に勝てる戦士は数えるほどしかいないだろう。
俺もときおりアイリーンの剣技を見てぞくりとする時がある。
日に日に彼女のカタナは鋭さを増し、斬れないものがないんじゃないかとさえ思うのだった。
最近ではカサンドラの弟アミールも、学校がない日は見習いとしてウチのメンバーについていくようになった。
カサンドラは彼を安定した収入の職に就けたいようだが、アミール自身は冒険者になりたがっている。
非常に学習能力が高く、【空想数算】という【才能】を持つ彼は緻密な計算を得意とし、戦う相手を数字に見立てることができる。
素晴らしい【才能】は戦闘においても十分に効果を発揮し、日ごとに力を増していた。
そして冒険者となったばかりのディジアさんとイリアさん、アテナの三人はこれからだろうと思う。
いまのところは問題なく精力的にサポートをこなしている。一人でも依頼をこなせる日はそう遠くないだろう。心配だけど。
所属するメンバーが増えたことだし、アークスでもこちらへ滞在する時にわざわざホテルを取らなくても済むよう、寮を作る予定だ。
こっちはこっちでギルド改築のし甲斐がある。胸のワクワクが止まらないのであった。
「シントくん、今日はアークスですか?」
フォールンから移動しようとしたところ、シスター・セレーネに声をかけられた。
彼女はあれから教団の支部を訪れていない。
シスター・イナーシャからは、また来て、と言われているものの、遠慮があるのだと思う。
「ええ、シスター・セレーネも行きます?」
「はい。それと」
「いいですよ。礼拝堂に行きたいんでしょ? 一緒に行きましょうか」
「あう……見抜かれてますね」
恥ずかしそうにフードをかぶるシスター。
「では夕方にでも」
「はい、お願いします」
ということになった。
★★★★★★
本日の依頼を一件終えて、ギルドでシスター・セレーネと落ち合う。
世間話をしながら教団のアークス支部に着いた……のだが。
様子がおかしいことに気づく。
入口が騒がしい。憲兵もいる。
「なんだ?」
「なんだか騒ぎになっていますけど」
喧嘩でもあったかな。
礼拝堂にはたまに酔っぱらった人も来るそうだから、ありえない話ではない。
外に集まる人々をかき分けて、門の前に立った。
だいぶ様子が変だ。
「……血の、匂いがします」
シスター・セレーネの表情がこわばる。明敏な感覚を持つ彼女は、ほのかに漂う異臭を感じているようだった。
急いで中に入る。
「ここへ入ってはいけない。いったん外へ」
憲兵の男性が俺たちを止めた。だがすぐに俺の顔を見て、緊張を解く。
「君は……アーナズ殿!」
「お久しぶり、でもないですね」
見た顔だった。
先の事件で、副長官とともに俺たちと肩を並べて戦った人だ。
「さしつかえなければなにがあったのか教えてください」
「ああ、殺人事件だ」
なんだって? 殺人事件?
「状況は?」
「我らも今しがた来たばかりでな。副長官もすぐに来るはず」
ジェラルド卿か。
来るのを待ちたいところだが、そうはいかなそうだ。シスター・セレーネが血相を変えて、奥に走る。
「ちょっ……」
「連れ戻してきます」
「あ、ああ、頼む」
奥の殿へと続く廊下に人が倒れている。シスター・セレーネはその人のそばに片膝をつき、目をつむった。
目を見開いたまま横たわり、首から流れる大量の血液が床に血だまりを作っている。
自分の体が固くなるのを感じた。
倒れているのは、シスター・イナーシャだ。
「そんな……ああ……シスター・イナーシャ……」
「なんてことだ」
「……嘘です。なんで……どうして」
信じられなかった。つい半月前に会い、恵まれない人々へ笑顔で食事を用意していた彼女が、なぜ死んでいるのか。
シスター・セレーネの肩が震えている。
嗚咽をこらえているのがわかった。
「まだ奥に人がいるかもしれない。あなたはここに」
「……はい」
シスターを残し、廊下の先へ行く。
元司教であるガブリエルが使っていた部屋に入ると、とたんに強烈な血の匂いが鼻についた。
床に倒れているのは、二人。
どちらも男性で、信者をあらわす白ローブの襟もとが真っ赤だ。
刃物で首を斬られたのだろう。シスター・イナーシャと同様のものだった。
脈を計ってみたが、すでに命はない。状況から見て殺害されたと思われる。
辺りを見回し、部屋の中を確認。
特に荒らされてはいない。
強盗の類ではなさそうだ。
ひざまずき、遺体を観察した。抵抗したような痕跡はない。となると、抵抗する間のなくやられたか、顔見知りの犯行かもしれない。
喉のあまりにもむごい傷は、刃物でのものには違いないが、剣による切り傷とはちょっと違った。
「刺して、裂いたのか?」
一度引っかけてから切った印象を受ける。どんな武器だろうか。
まるで鎌を使い草を刈ったような――
「アーナズ君」
後ろから声をかけられ、振り向く。
アークスの憲兵隊副長官、ジェラルド卿だ。
「君も来ていたか」
「すいません、まだ生きている人がいるかもしれなかったので、中へ入りました」
「いや、構わない。人命救助を優先するのは当たり前だ」
彼は腐敗していた憲兵隊の中にあって、実直な人だった。頼りになる。
「むしろ助かるよ。情けない話、憲兵の数が足りない」
「それについては俺にも責任がありますね」
悪党だった憲兵長官を倒したことで長官派の兵士はほとんど逮捕されたわけで。悪徳憲兵を排除した結果が人手不足、ということだ。
「自業自得さ。増員が決まるまではいまいる人間でやるしかないだろう」
協力は惜しまない、と言いかけたところで、かすかに泣く声が聞こえた。
シスター・セレーネのものだ。
我慢できなくなったのだと思う。
「彼女を一度戻してから、また来ます」
「そうだな……そのほうがいい。こちらも話があるから、頼む」
なんの話だろうか。
それはあとで聞くとして、一度廊下に戻り、泣いているシスターへ声をかけてみる。
「シスター・セレーネ、一度戻りましょう」
「……」
返事はない。
しかしこのままにはできない。
≪空間ノ跳躍≫の魔法を用い、ギルドへと戻るのだった。




