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叔父上の疑惑

 大陸の西方に位置するラグナ公国は山と森に囲まれた自然豊かな土地だ。

 人々の生活に欠かせない魔導具。それを動かす燃料を『魔晶石』というのだが、大陸に出回る魔晶石の実に九割以上がラグナ公国産である。

 ゆえに西方を領土に持つラグナがほぼ独占しているのだ。


 巨大な財源を管理するのは、大公であるカール・ラグナその人だった。

 彼はさきごろの地震によって崩落した鉱山を視察し、本家に帰ってきたところだ。


 風呂にでも入ってから仕事を続けようとしたところ、玄関ホールで見慣れない人物とばったり出くわす。


「ん? バルドルではないか」

「あ、大公さま」


 本家を支えるラグナ六家のうち、強大な魔法軍を有するエルラーグ家の長男がなぜかいる。

 

「私の記憶が確かなら、卿は南方にいるはずである」


 バルドルは南方進駐軍の指揮官の一人として行っているはずなのだ。


「いえ、その、先々代さまに呼ばれましたもので」

「父上が?」


 あまりにも嫌な予感がしたカールは、がしっとバルドルの肩をつかんだ。


「だ、大公さま?」

「私も同行しようぞ」

「は? え? し、しかし」

「なぜ呼ばれたのだ?」

「それがさっぱり」


 実のところ、バルドルは心当たりがありまくりだった。

 功に焦り、持ち場を離れてビッグウッド山へと行った。しかもそこでありえない出会いをしたのだ。


「さあ、ゆくぞ」

「はあ……」


 バルドルは生きた心地がしなかった。このままでは【神格】の所有者二人に挟まれることとなる。


 二人はまっすぐにラグナ家先々代ジンク・ラグナの書斎へと向かう。

 途中、扉の前に立つ若い魔法士に来訪を告げた。

 色素の薄い髪と赤い目をした青年が、カールを見てわずかに目を見開く。


「大公さまがいらっしゃるとは」

「別に構わんだろう。ボニファティウスよ、通せ」

「もちろんです」


 ボニファティウスと呼ばれた男は、にこやかにドアを開けた。

 彼はジンク・ラグナ自らが素質を見抜き、鍛え上げている者達。通称『十天魔』の一人である。


 中に入ったカールを見て、先々代ジンク・ラグナは眉をひそめた。


「カールよ、おまえを呼んだ覚えはないが」

「いいでしょう。息子が父に会うことは不自然ですか?」

「ふむ。そうだな。かまわぬ」


 楽しそうな父には不気味さしか感じない。

 一方でバルドルはガッチガチに固まっていた。

 現代において最高の魔法士を前に、威圧感だけで吐きそうになる。


「ベネディクトのせがれよ、まずは座れ」

「は、はい」


 ベネディクト、というのはエルラーグ家の現当主。バルドルの父だ。


「カール、おまえは適当に座っておけ」

「ええ、そのつもりです」


 ジンクの正面に座らされたバルドルは、頭が真っ白になりかけている。


「ビッグウッド山が崩壊した現場にいたそうだな」


 いきなり言われてびくりとする。背後ではカール大公が目を細めた。


「いかなる理由でそこにいたか、教えよ」

「……」


 口をパクパクさせるバルドル。顔面は汗にまみれ、蒼白だった。


「持ち場を離れて独断で行動したことを非難しようというのではない。なに、処刑や家の取り潰しなどせぬ。安心せよ」


 笑いながらそんなことを言う。ますますバルドルは生きた心地がしなかった。

 心の中で父ベネディクトに謝りながら、口を開く。


「そ、その……ガラルの……ティール侯爵が【神格】の獲得に動いたとの情報がありまして……それで、真偽を確かめようと」

「【神格】だと?」

「カール、今は黙っておれ」

「しかし」

「まずはベネディクトのせがれの話が先だ」


 大公はしかたなく口を閉ざした。


「そこでシント公子と偶然にも出会いまして」

「なんだと!?」

「カール、いい加減にせぬか」

「くっ……」


 気になってしかたがない大公であったが、黙って座り直す。


「それからいろいろとにわかには信じがたいことが次々と――」


 バルドルがビッグウッド山での出来事を話す。

 謎の寺院、饗団の戦士、人造の人間、反魔法術、そしてモンスター。

 全てを聞いたジンクは高らかに笑った。息子のカールはこんなにも楽しそうな父を見たことがない。


「シントの魔法は見たか?」

「はい。ともに戦いました」

「どうであった?」

「あまりにも強すぎて、なにがなにやら……」


 ジンクはちらりとカールを見る。


「あやつは次の大公にふさわしいと思うか?」

「そ、それは……」


 汗まみれだった顔に追加で滝のような汗が流れるのをバルドルは感じた。


「バルドル、遠慮せずに父の問いへ答えよ。我が息子たちのことはよい。たとえ大公にふさわしくないとしても、それは現段階での話。人は変わるものである」

「ほれ、大公もそう言っておるぞ」


 これはなにかのいじめか、とバルドルは思った。


「シント公子は……魔法の実力もさることながら、類まれなる智謀を持ち、おれたちを率いて戦いました。寡兵でありながら十倍以上の敵に打ち勝ち、凶悪なモンスターをも討伐したのです……」

「ふむ、それで?」

「お人柄は温厚そのもの……少々、なんというか、変わった方とは思いますが……いざ敵を前にすれば冷徹ですし……その、大公に、ふ……ふさわしい、かと」


 正直に話すだけなのに、バルドルはもはや息が止まりそうだった。


「で、山を吹き飛ばしたと」

「は、はい……」

「山を吹き飛ばした!? シント……なんということを」


 盛大な勘違いをされているシントは、いまごろでかいくしゃみでもしているだろう。


「話はわかった。下がってよい」

「ははー!」


 解放されたバルドルはそそくさと書斎をあとにする。

 父と二人きりになったカールは、さっそく質問をぶつけた。


「父上、なにごとですか」

「南方で異変が起こったと聞いたのでな」

「異変、というか天変地異ではありませぬか」

「魔法で山を吹き飛ばしたのなら人災であろうよ」


 カールは信じられなかった。

 山丸ごと吹き飛ばすなど、【神格】を持つ自分でさえも容易にはできないことだ。


「しかし……またしても饗団。そして邪剣。なにが起こっている」

「わしにもまだわからぬ。なにやら不穏な者どもが頭をもたげてきおったようだな」


 不穏と言いながらも楽しそうな父には、頭痛がする思いだった。


「南方でなにかが起ころうとしておる。変事の噂も耳にした」

「変事?」

「ラグナの管轄地で乱の気配だ」

「なんですと!?」


 なぜ大公である自分の耳に入らないのか。

 己が遅いのではなく、父が早すぎるのだと思う。


「ならば間諜を放つべきでしょう」

「すでにマリアを向かわせておる」

「マリアを?」


 マリア・ラグナはジンクの娘。カール大公の妹である。

 【神格】神土ガイア―の所有者であり、土属性においては最強の魔法士と言われている人物だ。


「最近姿が見えぬと思ったら……」

「マリアもずっとここにいるのでは息苦しかろう。出戻りゆえな」


 父らしからぬ言葉に、カールは少し疑問を感じた。

 実の子どもたちにさえ興味がないと思っていたが、そうではないようだ。


「シントに会いたいと言うから、会いに行けばよかろうと答えた」


 なにか変だ、と息子は直感する。


「父上は行かないので?」

「少しばかりやることがある」

「それは?」

「おまえには関係のないことだ」


 それから何度も聞いてみたが、結局教えてはくれなかった。

 父の書斎を出たカールは、言い知れぬ不安に包まれている。


(なにが起ころうとしている……?)


 城へ戻り次第、自分のスパイを放つと心に決めるカールであった。

 南方はいまだ統治が行き届いていない。

 再び戦争が起こったとしても、不思議なことではないのだ。


「さすがに大戦など起ころうはずもないが」


 現在、帝国、ラグナ、ガラルを除き、大陸において大きな兵力を持つ勢力は存在しない。ホーライは精強な軍を有しているが、海の向こう側であるし、現主上のもと軍縮を進めている。脅威ではない。


「ふむ。あやつめに聞いたほうがいいか……いや、やめておくのである」


 甥のシントとはしばらく顔を合わせたくない。

 それがカール大公の本音であった。

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