調査団の帰還 3 侯爵の招待
ビッグウッド山から帰還して一日後、午前中に仕事を一件こなして待機していた俺のところへ、ティール侯爵の使いがやってきた。
報酬の支払いをするために、ガラルの砦へ来てほしいとのことだ。
了解し、すぐに出る。
侯爵と会うことで今回の依頼は終了となるだろう。
ガラルの砦はアークスから少しばかり離れたところにある。
おおよその場所は知っているので、≪漆黒ノ翼≫の魔法を使い、空を行くことにした。
一気に加速して、あっという間に到着。
空から見る砦は想像していたよりもかなり大きい。
「ここが砦? 街じゃないのか」
入り口に降り立って驚く。
巨大な壁に囲まれた砦の中にはたくさんのお店が立ち並び、兵士ではない一般の人々が往来を行き交う。
上から見た時は壁の外に畑があった。
長期の駐留を見越した見事な砦だと思う。
さっそく門番の方に来訪を告げる。
話が通っているようで、すんなりと入れた。
中に足を踏み入れ、中央のでかい建物に向かう。
「にぎわってるなー。さすがはガラルだ」
お金がかかっていることは言うまでもない。
建設するのにいくらくらいかかったんだろう。
侯爵の居城に着くと、若い男性が出迎えてくれた。
見た顔だ。
侯爵と遠乗りに出かけた際にいた人だと思う。
そこで俺は城内……ではなく、別の場所に連れていかれた。
「ここは酒場ですか?」
「ええ、中で侯爵閣下がお待ちです」
おいしそうな料理の匂いがする。
割と緊急の仕事が朝一で入ったため、今日はなにも食べてない。余計に腹が空いてきた。
扉を開けて入る。
お昼時なので、客がいっぱいだ。
店の奥へと導かれた俺は、個室の前に立つ。
「侯爵閣下、シントさまをお連れいたしました」
「ああ、入ってくれ」
「ではシントさま」
「案内をありがとうございます」
ここからは侯爵と一対一。
個室なら話しやすい。
中に入ってティール侯爵と対面する。彼は笑顔だった。
「シント公子、わざわざ足を運んでもらってすまないな」
「いえ。問題ありません」
「さあ、座ってくれ。報酬を渡そう」
椅子を勧められたが、その前に言いたいことがあった。
「報酬は前金のみでだいじょうぶです。モイーズさんを連れ帰ることができませんでした。遺跡は存在しましたが、吹き飛んでしまいましたし」
「そう、それだ。山が吹き飛ぶなど前代未聞。是が非でも聞きたい」
ティール侯爵はずいぶんと興奮しているようだった。
「ベルディアさんからはどこまで?」
「あやつは貴殿に聞けと言うばかりでな。なにが起こったのか、そこにいたにも関わらずわからんと言うし、しかも処罰してくれとまで」
処罰? なんの話だ。
「ガラルとティール家の臣下として、名を汚したとな。だいぶショックを受けていた」
よく戦ったと思うけれど。
「処罰などできぬと言ったら、今度は暇をくれと言った。あやつは腕利きの戦士。よほどのことがあったのだろうと思った」
たしかによほどのことだったな。
「ではガラル公国を離れてしまったのですか?」
「いや、武者修行に行けと言った」
いつの時代だ。
「ベルディアさんの名誉のために言いますけど、彼はよく戦ったと思います」
「うむ、そうか。それでだな――」
そこで俺の腹が盛大に鳴る。
「なんだ今の音は」
「すみません、俺の――」
だめだ。空腹のもたらす爆音が止まらない。
「まずは食事が先だな。座ってくれ。食べながら話そうか」
「ほんとすみません。急ぎの仕事が入ったのでなにも食べてなくて」
「なに、構わんさ。ちょうど私も昼食をとるところだ」
席についてティール侯爵と向かいあう。
彼が指を鳴らすと、給仕の方がやってきた。
「好きなだけ食べるといい。私のおごりだ。、無論、公金は使わん。私の懐から出す。それならば貴殿も断らんだろうしな」
そういって片目をつむる。
なんという男前。ならば遠慮なく頼める。
「あ、じゃあ、ここからここまでを」
メニューの上から下までを三ページ分注文する。
侯爵の顔から表情が消えた。
「……多すぎないか?」
だって、食べたいんですもの。
「ま、まあいい。私はいつものを頼む」
注文が終わり、また二人きりになった。
「ビッグウッド山でなにがあったのか、教えてくれ」
「そうですね。なにから話したらいいか」
「聞き終えたあとに質問をさせてもらおう」
「わかりました」
料理が来るまでの間、ことの経緯を話す。
ホミング氏とベルディアさんが消えたところまで話すと、料理が運ばれてきた。
豚肉のたっぷり入った熱々のスープ。ドレッシングがかかったみずみずしいサラダ。これでもかとハムの乗ったパン。香辛料で包まれた焼き魚。串に刺さった鶏肉。ぶ厚い牛肉のステーキ。煮込んだ豆に牛乳。
色とりどりの品が食欲を最高潮へといざなう。
「いただきまーす」
「待て、シント公子。すさまじく気になるところで話を切るな。まずは話を」
「えー……」
フォークに手を伸ばすと、侯爵に腕をがしりと掴まれる。
「食べ急ぐな。消化によくないぞ」
「まだなにも食べてません」
腕に力を込める。侯爵と俺の力がせめぎ合い、今にも弾けそうだ。
しかたない。
続きを話すと、腕を離してくれた。
それからは食べながら出来事を語る。
で、完食。
ごちそうさまでした。
「……早すぎないか?」
普通でしょう。侯爵が遅いんです。
そこからは最後までノンストップだ。
山が自爆し、ふもとのベースキャンプへ到達したところまで話すと、彼は大きなため息をつくのであった。
「信じられぬ。饗団……邪剣……【神格】に『空白の時代』。人造の人間だと? 理解が追いつかん」
「俺だってそうです。だからありのままを話すしかない」
「モイーズ……おまえはいったい」
モイーズさんと侯爵は少年時代からの友人だという。
「彼のことは残念でした」
「そう……だな。あいつは戦士になることを拒み、父親の言いなりになることもよしとしなかった。苦悩を抱えていたことは知っていたが……まさか、邪剣の戦士だと?」
「邪剣の戦士は饗団の精鋭らしいです。これまで何人かと戦いました」
「うーむ……饗団というのは、剣神教団ではないのだな?」
「はい、そうです。聞いたことは?」
「ないわけではない。しかしただの都市伝説とばかり思っていた」
謎に包まれた組織である『饗団』は徹底した秘密主義であり、容易に姿をつかませない。
「シント公子、まず聞きたいのは【神格】のことだ。手に入れたのか?」
「はい、そして、いいえ」
「それはどっちだ」
「どちらでもありません。手に入れましたが、【神格】としての力は失われているように思えます。ですが放置もできません。なのである場所へ収納しました」
「気になる言い方だな。収納とは?」
「魔法の一つです。≪次元ノ断裂≫」
魔法を発動し、次元の穴から二つの腕輪を取り出す。
侯爵は反射的に腰の短剣へと手を伸ばした。
「すまぬ。体が勝手に動いた。ただならぬ魔法だ」
苦笑しつつ、二つの【神格】を見せる。
「ふむ……ただの腕輪ではない。そこはかとなく力を感じる。これはどの【神格】だ?」
「【神格】神機クロノスと【神格】魔空ウラヌスです」
「なんと!」
神機クロノスは時間を操り、魔空ウラヌスは空間を支配するという。
一つだけでも恐ろしい代物なのに、二つもあった。
「調査団のメンバーは誰も所有者になれませんでした」
「……」
ティール侯爵はじっと【神格】を見つめている。
欲しいのかな。あげないけど。
「神剣でないのなら、さして興味はない。我が家で購入しようとも思ったが、得体の知れぬものではな」
「妙なんですよね。【神格】であることはわかるのですが、いまひとつ力を感じないんです」
「私には腕輪の中に封印されているようにも思うが」
封印、か。
その考えは抜けていた。腕輪の形は仮の姿であり、閉じ込められている可能性はある。
「【神格】については貴殿が持つにふさわしい。使わないのならそうして収納しておくのがいいだろう」
「ええ、そうします」
侯爵は武人だ。武器の形態ではないなら、ほんとうに興味がないみたいだ。
「次の質問は饗団についてだ。そいつらはなにをしようとしている」
俺にもまだはっきりとはわからない。
彼らは【神格】を使ってなにか危険なことをしようと企んでいる。
「いったいどんな組織なのか」
「俺も詳しい事は知りません。彼らは【神格】や特殊な【才能】を求めています。あることをするために」
「あること、とは?」
ここから先は、簡単に言えない。
「なぜ口を閉ざす」
「ティール侯爵、饗団のことを知ってどうするおつもりですか?」
「決まっている。叩き潰す」
そうなるよな。
だけどやめておいたほうがいい。
「おすすめできませんね」
「シント公子、それは私を心配しているのか? それとも侮辱しているのか? 賊になど遅れはとらんよ」
「ティール侯爵に正面から挑んで勝てる相手はいないでしょうね」
戦争をしたからわかる。
彼の強さは【神格】の所有者並みだ。
「あなたはいいでしょうが、狙われるのは家族や友人だ」
「……!」
「俺は以前、ギルドを襲われました。たまたま俺がいたからいいようなものの、そうでなかったら、最悪の事態になっていたかも」
「ふむ……だが貴殿はすでに何度も交戦したと、さきほど聞いた。いかなる仕儀でそうなったのか、教えてほしい」
「危ない真似はしないと約束してください」
「聞いてから考えよう」
空気がびりびりする。
彼は俺が話すまでここから出さない気だ。実力行使をしてでも。
「わかりました」
俺も覚悟を決めよう。




