シント・アーナズ【タイムスペイス】10 邪剣侵食
俺は目を開き、壁に寄りかかって座るモイーズさんの元へと歩み寄る。
彼に手にはすでに力がなく、ぶるぶると震えるのみだ。
「決着はつきました。終わりです」
「……どうやらそのようだな」
降参とは思えない。俺を見上げるモイーズさんの目は、まだなにも諦めていなかった。
「邪剣の使い手を倒したという話……ほんとうだったようだ」
「ええ、そうです」
「とどめを刺さないのか?」
「あなたはティール侯爵の元へ連れて行く。そこで釈明でもしたらいい」
「……」
「それとも、ギリアン・モイーズという存在そのものも嘘?」
「いいや。ギリアン・モイーズは間違いなく私だよ。侯爵とは少年時代からの付き合いだし、実際に父の商会の籍もある」
社会に溶け込んでいるのだな。
「聞きたいことがある。ラハルル・オブシダン氏は殺したのですか?」
「殺した」
想像していた最悪のケースだ。
「彼は饗団を裏切った。土壇場になって【神格】を手にすべきではないと、怖気づいたんだよ」
だからって殺すことはないだろう。
饗団は人の命をなんだと思っている。
「嘘に嘘を重ねて、結局はこうなった。初めから普通に遺跡調査をすればいいだろうに」
「言ったろう? 事情があるのさ」
「それはどんな?」
モイーズさんは口を閉じた。
「帰りましょう。話は下山したあとだ」
「我々を生かして帰すつもりなのか?」
「俺への依頼は護衛と救助だ。全員を下山までさせるのが仕事。あなたもシクステも連れ帰る」
彼は驚きの顔になり、そして笑った。馬鹿にしたような笑みではない。
「恐れ入ったよ。プロだな」
「そのつもりです」
モイーズさんは目を閉じ、深く呼吸をする。
「まさか……【コンバート】がこんなにも短時間で破られるとは」
「あなたの力は脅威でした。誘導し分断、そこで一気に叩くつもりだったんですけどね」
「なぜわかった?」
「あなたが正体を現した時、後ろの壁が隠し入り口になるのを見た。おそらくは庭園の土と、石壁を入れ替えていたんでしょう。さすがに壁と土を入れ替えるなんて、いくらなんでも物事を無視しすぎだ。しかも魔力を用いずになど、可能なはずがない」
疑惑は戦いの途中で確信に変わる。
「視界を入れ替えられた時も、あくまで見えるものだけが変えられて、体自体が入れ替わったわけじゃないとわかった。つまり、ひどく歪んだ、しかも高精度のぺてんだと気づいたんです」
あとは簡単だ。
こちらも引き出しの中から有用な魔法を選択し、使う。
「なるほどな……完全に負けたよ」
「いいかげん、話は終わりにしましょう」
「いいや、まだだ」
なにか切り札でもあるというのか。
警戒を最大限に引き上げる。少しでも妙な動きをしたら、撃つ。
「少しばかり、昔の話をさせてもらおう」
「昔?」
「私はね、中途で饗団へと参加した。そして邪剣を与えられ、序列十二位……トゥエルとなった」
なにが言いたいんだ。
「教団の最精鋭たる『番号士』に選ばれる者は、幼少から素質を見出され、隔離されて徹底的に訓練を施される。力を持たない生き物は、人間であっても死んで当然。そう教育をされてな」
邪剣の戦士たちが持つ残虐な気質は、それが原因か。
「しかし私は違う。成人してから加わった私は、本来であれば『番号士』にはなれない」
「それは【才能】のおかげですか?」
「まさか。【コンバート】はたいしたものじゃない」
すごいと思うけどな。
「ではなぜ?」
「私が……邪剣と相性が良かったからさ」
なんだって?
「君はあまりにも強すぎる。饗団にとって最大の障害となるだろう。今ここで倒さねばならない相手だ」
「なにをするつもりだ?」
「コレを一度でも使えば……私は二度と人間には戻れない。だが、それだけの価値がある」
モイーズさんの呼吸へ呼応するかのように、邪剣が明滅しだした。
背中に悪寒が走る。
「君との会話をこれ以上楽しめないのは残念だが……しかたあるまい。こうなっては、刺し違えてでも倒す」
「なにをするつもりかは知らないが、やめるんだ」
さっきから冷や汗が止まらない。
モイーズさんはいったいなにをするつもりなんだ。
「最後だ……邪剣、侵食」
言葉が唱えれらた瞬間、かたわらの邪剣が動き出して、モイーズさんの肉体に沈み込む。
「ぐううううオオオオオオオオオオオ!」
邪剣はみるみるうちに彼の中へ吸い込まれ、劇的な変化をもたらした。
魔法を構えたまま、後ろへと下がる。
目の前の出来事から、顔をそらせない。
「そんなばかな! モンスターに……なったのか!」
モイーズさんの肉体は、ごき、ごきと不吉な音を立てて変貌を遂げた。
人の形を捨て、四足方向の怪物となる。
長く伸びた細長い手足と、丸まった巨大な尾。
顔の半分ほどもある眼はぎょろぎょろと八方へせわしなく動く。
半開きの口には、赤黒い舌が見え隠れしていた。
「カメレオン」
思わず口にした生物の名は、南方に住むという変わった爬虫類。
しかし、図鑑で見たものとはサイズが違いすぎるし、細部が異なる。
体中からトゲを生やし、手足には鋭いかぎ爪があった。
「シント!」
「助けにきたよ!」
ここでディジアさんとイリアさんがやってくる。
他のみんなもだ。
饗団の戦士達を全て倒したのだろう。
しかし、来るべきではなかった。
「みんなこの部屋に入るな! 戻れ!」
彼らは俺が叫んだ理由を遅れて理解する。
巨大なモンスターと化したモイーズさんを見て言葉を失った。
「マスター、これはなにが」
「アテナ、説明はあとだ」
「モンスターを確認しました。緊急手順に従い、空間移動を開始します」
アテナが空間の力を使おうとする。
俺は彼女を止めた。
「だめだ」
「マスター、なぜです」
「ヤツを外に出したら、近くの村や町を襲う。この中で倒すしかない」
ヤツが【インビジブル】をまだ使えるとしたら、外へ出せば発見は困難を極めるだろう。
そうなればどれだけの被害が出るかは想像に難くない。
「みんなは戻れ。下山するんだ」
「ま、まて! あなたはアレと戦うおつもりか!?」
エルラーグ卿の声が裏返っている。
「話している暇はない! さっさと行くんだ!」
「シントの言う通りです」
「そうそう、みんなは早くここを出て」
ディジアさんとイリアさんが俺の隣に並んだ。
「ここまで来て帰れとは言いませんね?」
「一緒にやるわ。こんなやつ、外になんか出せないし」
二人にも避難してほしいと思う。
だけど、ともに戦うことが嬉しいと感じるのも確かだ。
「アテナ、【神格】を回収して山を出て欲しい」
「ですが」
「ここは俺たちに任せるんだ」
「わかりました。マスター、ご武運を」
「ああ」
アテナが床を蹴り、凄まじいスピードで駆ける。
彼女の動きに反応して、怪物ががぱりと口を開けた。そこから飛び出したのは長くて太い舌だ。
彼女を絡めとるつもりだろうが、そうはさせない。
「真空之刃!」
大きな眼がうごめき、風の刃を見ている。
その場から大きく跳び、天井へと張り付いた。
「ひいいいいいい! な、なんだコレはあああ!」
ドレスラー氏が悲鳴を上げて来た道を戻った。
こういう時は逆に助かる。続けてホミング氏が彼のあとを追いかけた。
「ダリさんとミヒャエルさんは彼らの護衛を。自分の仕事をまっとうしてください」
「あ、ああ」
「頼む!」
二人は自分が足手まといだとわかっているのだ。
しかし、ベルディアさんとエルラーグ卿は戸惑いながらも引こうとしない。
「お二人も早く退避を」
「おれは引けない。ガラルの戦士だ」
「それはこちらも同じ」
言っても聞かないか。ならばともに戦おう。
「なにをしてくるかわからない。気をつけて!」
これが最後の戦いになるだろう。
モイーズさんは自ら人間をやめた。
それがほんとうに、残念でならない――




