ファミリアバース 25 念願の蒸気機関車(見れたとは言ってない)
ダレンガルトの町から出発して三日――
山道を抜けたところで一気に視界が開ける。目に映ったのは息をのむ光景だった。
遠くからでもすぐにわかる大きな建造物。すでにして街道に溢れる人々。
人間だけじゃない。森の民エルフ、土の民ドヴー、水の民アクーの人たちも見える。
感動だ。
世界にはこんなにも人が溢れている。
ラグナの家にいたのでは知ることができなかったことだ。
御者の方にお礼を言って、早めに降ろしてもらう。
世界一の都市フォールンへの門は自分の足でくぐろうと思った。
見上げるくらいの巨大な門は、いったい誰が作ったものなのだろうか。
そしてさらに驚くのは、人の数。往来は人で埋め尽くされている。
「人が多い。今日はお祭りなのかな」
まあ、どこのお祭りにも行ったことはないのだけれど。
「まずは駅だ。駅に行こう」
夢の一つであった蒸気機関車。ようやく叶うし、あわよくば乗ってみたい。
フォールンから帝都まで線路が引かれ、大量の人や物を乗せて運ぶ。開通した時は毎日のように新聞の一面を飾っていた。
「≪探視≫」
魔力を視る魔法を使い、通れる道筋を探す。
人の多い場所はそれだけ魔力に溢れているから、それが薄い場所、あるいは魔力のない場所を見る。
道筋はわかった。
人ごみをするりと抜けて、都市の中央部まで行く。
街中にある案内の看板を見て、どうにか駅にたどり着いた。
「……って、あれ?」
なんだろう。駅の辺りだけ人がいない。
まさかとは思うが、機関車は皇族や貴族しか乗れないなんてことはないよな。
勇気を出して構内に入ると、制服姿のおじさんに呼び止められた。
ちょうどいい。話を聞いてみよう。
「君、どうしたのかね」
「あのー、蒸気機関車は?」
聞くとおじさんはとてもとても残念そうに息を吐く。
「君はここが初めてなんだね?」
「はい、さっき着いたばかりです」
「非常に残念なことだが、機関車はいま運休している」
「うん……きゅう?」
えーーーーーーーーーー!?
「つい最近のことだ。機関車の爆破予告が届いてね」
爆破予告だって!?
「犯人がまだ捕まっていないんだ。安全が確保できるまでは運休、というのが皇帝陛下のご命令なんだよ」
なんということだ。せっかくここまで来たのに。
がっくりと膝をついてしまう。
「この世の終わりみたいながっくりぶりだな、君」
「すみません、ずっと見たかったもので」
おじさんが気の毒そうな視線を浴びせてくる。
「いつ運行が始まるんですか?」
「再開の時期は未定。気長に待つしかないね」
我々も商売あがったりだ、と言いながらおじさんは去っていった。
そうかー、だからここだけ人がいないんだな。
困った。どうしよう。
考え方を変えなくてはならなくなった。
「帰るところもないし、ここを拠点にしてしばらく過ごそうか」
これだけの都市だから、仕事には困らないだろうと思う。
さっそく行ってみよう。
★★★★★★
向かう場所は『冒険者庁』。アールブルクやダレンガルトでは『集会所』だったが、呼び方が違うみたいだ。
案内盤に従って行くと、駅から近い所に『冒険者庁』はあった。
五階建てくらいはありそうな大きな建物だ。
入り口前にはたくさんの武装した冒険者がいるし、人の出入りも激しい。だいぶ賑っているようだった。
「混んでるな」
中にはすごい数の人がいて、長蛇の列。
見たところ掲示板はないみたいだし、どうやって仕事をもらうのだろうか。
受付は十個以上あって、一番から七番窓口が『依頼斡旋』。八番から十二番窓口は『達成報告』となっていた。
「依頼斡旋に行けばいいんだろうけど、混みすぎだな」
一番から七番まで、全部がかなり長い列だ。今から並んで依頼が受けられるかどうか、怪しい。
視線をずーっとスライドさせていくと、もう一つの受付が見えた。
「十三番窓口? 誰も並んでないな」
一番はじっこの窓口は空いている。
よし、まずはそこに行こう。
「あのー」
と、声をかける。
カウンターの向こうに座っているのは、若くて、なんかすごい女性。
なにがすごいって、髪の色がとんでもない。前髪がピンク。横が緑。上から後ろが濃い茶色だった。
さすがは大都会だ。いろんな人がいる。
「なに? クレームなら本人に言ってよ」
クレーム? 違うけど。
髪色がとんでもない女性は、顔も上げずに資料を読んでいる。
「いえ、どうやったら依頼を受けられるのかな、と」
「はあ?」
ようやく顔を上げてくれる。
名札が見えた。
名前は『ミューズ・アンテル』。
「初心者ってこと?」
「そんなものです」
「だったら来るところ間違えてるわ。ここは苦情受付係よ」
そうだったのか。案内がなかったから、わからなかった。
「一番から七番がそう。そっちに行けば?」
「そうなんですが、行列ですし」
「まあね」
彼女は興味をなくしたように、再び資料へと視線を戻す。
できれば相談に乗って欲しいのだけれど。
「なーに? まだいたの? なんなのよ」
「相談に乗っていただければと」
「悪いけど忙しいの」
周囲を見る。俺しかいない。
「……そうね。ちょうどいま手が空いたわ。で、なにが聞きたいわけ?」
思わず苦笑してしまった。
「ここはいつも忙しいんですか?」
「そうよ。依頼を受けたいんなら朝から並ぶことね。あなた、等級は?」
「ブロンズ級トリプル」
「歳はいくつかしら」
「二十歳です。あと四年半で」
「ふーん……って、まだ十五、六じゃない!」
通じなかったか。残念。
「無理ね。おとなしく家に帰って定職につきなさい」
それは嫌だ。ラグナには帰らない。
「そこをなんとか」
「わたしになんとかできるわけないでしょ」
「そうなんですか?」
なんだかんだ言って相談に乗ってくれている人だ。いい話、ないかな?
「……あなた、名前は?」
「シント・アーナズ」
「シントね。じゃあ、シント、回れ右してここを出て、田舎に帰りなさい」
いきなり呼び捨てで、しかもまた帰れと言われた。
だが、蒸気機関車に乗るという夢を果たすまでは帰るつもりはないし、そもそも帰る場所はない。
「家はありません。天涯孤独なので」
「……そう」
なんだか悲しい顔をしている。
「十五歳、ブロンズ級トリプル、コネもなし。【才能】は?」
「ありません。判定では【才能】なしでした」
「【才能】がないだなんて、そんなことあるの? しかも笑顔で言うことじゃないでしょうに……難物だわ。ええ、かなりの難物ね」
ため息をつきながら、ミューズさんはなにかを取り出した。
「字は読める?」
「もちろん」
差し出されたのは一冊の本だった。
読書は好きだけど、なんの本だろうか。
「冒険者ガイドライン、ですか?」
「とりあえず今日はこれを読んで出直してきて」
「一応ブロンズ級トリプルなのですが」
「それ初心者と同じ。ブロンズ級はすぐに上がれるわ。本番はシルバー級からよ。等級についても書かれているから、読みなさい」
嬉しい贈り物だ。
著者の名前はないけど、すごくそそられる。
そうだな。今日は宿をとってこれを読ませていただこう。
「ありがとうございます! アンテル嬢!」
「はいはい」
「それでは!」
幸運だな。本を貸してくれた。人に優しくされるのってすごくいい気分になる。
ミューズさんに礼を述べて、冒険者庁を後にした。
よーし、今日はこれを読んで、冒険者とはなにかを頭に刻もう。
そうして、俺はドキドキしながら宿に向かうのであった。