シント・アーナズ【タイムスペイス】1 遅れた世界
俺の話でなんとも言いがたい雰囲気になる。
邪剣の戦士二人はすぐに襲いかかってはこない。聞くだけ聞いてみようと思う。
「どうしてもわからないんですが、シクステさんはなぜテントの入れ替えを?」
意味のある行動には思えなかったのだ。
「そんなくだらないことをいま聞くのか」
「くだらないんですか?」
「そうだよ。ホミングの野郎、急に地面がでこぼこで眠れないからテントを変わってくれって言いやがった。初日に言えよって感じだ。つうかテントを平らな場所に張り変えればいいだろ」
ほんとにくだらない理由だった。
「けど状況を利用できると考えた。シント・アーナズ……あ、シントって呼んでいい?」
「お断りします」
「つれないなー。まあいいか。あんたみたいに犯人捜しするやつが出てくるかもしれないから、撹乱するつもりで置いたのさ」
「しかしそれがかえって仇になった」
「こんなくだらないことですぐにバレた。ったく、ホミングの野郎は苦しめて殺してやるよ。めんどうなことを言ったツケだな」
テントの入れ替えは想定外。
俺も彼もただ惑わされただけか。ただ、そのおかげで犯人がわかったのだし、あとでお礼の一つも言っておこう。
「で、もう一つは?」
「事を起こしたのはなぜです? 急すぎるし、あなたたちが犯人とバレるリスクも高かったはずだ」
モイーズさんは小さく笑った。好意的なものではなく、邪悪な笑みだ。
「アーナズさん、あなたは誤算の塊だった。腕は立つがあくまでもただの冒険者。そう思っていたのだがな」
「結局、いろいろとバレましたもんね」
「ああ、認めるよ。その点については甘かった。だが……良い誤算もあった」
良い誤算。
俺、なにかしましたっけ。
「君は魔法の扉を開ける言葉を知っていた。【アーガ】だったな。さすがに驚いたよ。まさかもまさかだ」
「そうか。調査団の知恵を借りる必要がなくなったんだな」
「ご名答」
彼はにやりとする。
「昨日の昼頃だ。私たちは隠し扉を見つけた。試しに【アーガ】と唱えてみたところ、開いた。そうとくれば君たちはもう必要ないんだ」
「他にも罠や隠し扉がある可能性もありますよ。違う呪文かもしれない」
「ホミングを使えばいい。まあ、君もいるしな」
「手伝うわけないでしょう」
「いいや、やらなければ殺す」
どっちみち殺す気だろうに。
「あなたの【才能】はなんですか? さっきは【コンバート】と【インビジブル】って言ってましたが」
「話は二つだったはず。質問には答えない」
ケチだ。
「それで? 提案ってなんだよ」
シクステは面白がっている。
「戦うのは別に構いませんけれど、まずはいったん下山しませんか」
「ハアア?」
「なにをばかな。逃がすわけないだろう」
「そうじゃありません。この山はおかしい。なにかとんでもないモノが潜んでいるかもしれない。一度降りて、仕切り直しませんか?」
理性的で建設的な提案のつもりだったが、彼らは笑った。
「もう終わりなんだよ! 僕らのあとから遅れてウチの戦士百人が進発しているんだ。いまごろはふもとに着いているはず。どこにも逃げられないんだよ!」
「あきらめることだな。苦しんで死にたくなければ、我らに従え」
二人が邪剣の切っ先をこちらへ向けてくる。
百人の戦士か。
もちろん言うまでもなく饗団の戦士であり、反魔法術の杖も装備しているだろう。
魔法が乱れる魔の山で、敵は手強い戦士が二人。さらに増援が百人。
逃げ場の少ない屋内で、先になにがあるかもわからない遺跡だ。
控えめに言って、危機だと思う。
「返事がないな。どうした?」
「ビビって声も出ないか。だったらもっとビビらせてやるよ」
二人は邪剣を胸の前で掲げる。
「邪剣――」
「――解放ぅ!」
彼らの周囲を息苦しいくらいに邪な魔力が包む。
魔力はやがて形をなし装甲へと変わった。
シクステの背からは透明な羽根が出て、尻から突起物が生える。濡れた針が妖しく光った。黄色と黒のまだら模様と、逆三角形の顔をした兜。割と身近にいる危険な生物――蜂だ。
そしてモイーズさんは不思議な形状へと変化する。
爬虫類には違いない。手足が異様に細長く、頭には角。緑色の装甲に、くるんと巻かれた尻尾だ。
「カメレオン?」
「ほう? 知っていたか」
南方に住むと言われる珍しい生き物。図鑑でしか見たことがない。
「ほんとうに【神格】があると?」
「……こいつ、なんで驚かないんだ」
「アーナズさん、この期に及んでまだ口を開くのか」
だって、邪剣解放は何度も見たし。
「正直、どうでもいい。おまえたちのことなど興味はない。俺の仕事は護衛と救助だ。ホミング氏とベルディアさんを解放しろ」
「なんなんだ、頭がおかしいのか?」
「おかしいのはそちらだな。人の命をなんとも思わない。己の目的のためなら簡単に殺める。おまえたち邪剣の戦士はそんなのばっかりだ」
「なに!」
「なぜ知っている……?」
二人の顔つきが変わった。
「テンダー、ナイティ、イレイヴ、サディアス、フォティエンテ、フィフタノ。全員が醜いモンスターになり下がった。だから全部ブッ飛ばしたよ」
「なんだと?」
「でたらめを!」
「別に信じてほしいとは思わない。いずれにしてもおまえたちは倒す。逃げられないのはそちらだ」
俺たちの間に深くねじ曲がった魔力が渦巻いていく。
一触即発。
誰かが動いたら、戦闘が始まる。
「……もう我慢できん! ≪ファイアボール≫!!」
先制攻撃を放ったのはアリエンさん――もといエルラーグ卿だった。
拳大の大きさをした火球が発生し、放たれる。
対して邪剣の戦士二人は不敵な笑みを浮かべて、前へ踏み出す。
おそらく≪ファイアボール≫は効かないだろう。
続いてダリさん、ミヒャエルさんも動き出す。
ドレスラー氏は腰を抜かしてその場に尻をついた。
こちらは≪魔弾≫を一息で三連射。
指先から撃たれた魔力弾は真っすぐにモイーズさんとシクステへと………………飛ばない?
違う。
飛ばないのではない。
遅い。
ひたすらに遅い。
一秒とかからずに対象を撃ち抜くはずの≪魔弾≫がいま指から離れたところだった。
遅いのは俺だけじゃない。全てがゆっくりで、時間が進まない。
なにが起こっているというのだ。
年老いた亀の動きよりもはるかに遅いスピードで全てが展開している。
邪剣の能力かと考えたが、即座に否定した。
彼らもまた、遅い。
しかし、俺だけがこの遅延を感じ取っている。まるで時間が引き延ばされたような感覚。時刻を何百倍も薄めたかのごとき気味の悪さ。
どう説明したらいいかわからない。
やがて、どこからともなく音が聞こえた。
かつん、かつん、という石床を踏む音。
庭園に造られた道から誰かがやってくる。
顔がまったく動かせないせいで、確認ができない。
背筋が凍る思いだ。
いま攻撃されたら、確実にしぬ。
「ンーフ……なぜ、あなたはこの遅れた世界を感知できるのですか?」
俺の目の前に姿をあらわしたのは、なんとも不思議な女の子だった。
金色の髪をした彼女は、ボディラインがはっきりした薄手のスーツを身に着けている。短いスカートをひるがえして、俺の眼前に立った。
「じー……」
真っ赤で大きな瞳がこちらを覗きこんでいる。
顔のパーツは完璧としか言えない左右対称。自然に生まれてできたとは思えなかった。
「未知のエナジーを感知しました。原因と思われるものの説明を要求します」
聞かれても口が開かないから答えられないんですけど。
「……【時計の針は進んだ】」
とても気になる言葉が発せられた瞬間、正常に時が進みはじめる。
エルラーグ卿が放った≪ファイアボール≫はシクステの邪剣によって切り裂かれ、火の粉を舞わせた。
俺の放った≪魔弾≫をモイーズさんが防御する。
「待て! 誰だ!」
「は? なんだよこいつ!?」
「な、なに?」
「女!?」
「どこから……」
俺以外の全員がいっせいに戦闘をやめて、互いに下がる。
「アーナズさん、あなたはなにを?」
俺じゃない。
こっちだって知りたい。
「君は――」
「モンスター二体を感知しています。排除、開始。ついでに他も」
「え?」
魔力の波動が謎の女性から放たれたと同時に、ふっ、と俺を除いた全員が消えた。
この山に来てからというもの、次から次へと予想外のことばかりが起こって頭おかしくなりそう。




