ガラルホルンガールズ 3 【雷光の】ガラルホルン家第二公女ウルスラ【姫騎士】
「整列!」
凛とした声が広大な敷地内に響き渡る。
ここはガラルホルン家の庭内にある訓練場だった。
「これより早朝の訓練を執り行う!」
百人の屈強な男たちが、背を伸ばして並ぶ。
彼らの前に立つのは、男女を問わず魅了する中性的な美貌を持った女性――ガラルホルン家の第二公女ウルスラだった。
「が、その前に……第五隊所属マルクス! 前へ出よ!」
「は!」
背の高い、鍛え上げられた肉体の戦士が前に出た。
ウルスラが剣を抜く。最強の神剣とも言われる【神格】神剣『インドラ』である。
かすかに雷光を纏う長剣の切っ先を、マルクスという名の戦士に向けた。
「こ、公女殿下……なにを……?」
「貴様は我が軍の貴重な糧食をけだものに与えた。相違ないか?」
「い、いえ! あれは……その、腹をすかせた子猫が」
「言い訳無用! 軍規に照らし、処刑する」
「お待ちくださいっ! 自分の分をあげただけ――」
ウルスラの鋭い眼光が、巨体の戦士を黙らせる。
体格差など意味がない。
【神格】を持つ者と持たざる者。人を超えた存在とただの人間。
公国最強の将軍。雷光の姫騎士。それが彼女の異名だ。
「私自ら首を落とす事、光栄に思え」
マルクスという名の優しい心を持った戦士は、観念して膝をついた。
ウルスラが神剣を振り上げる。
しかし――
「お待ちあれ! 公女様!」
制止の声がして、ウルスラは手を止めた。
「……父上の秘書ごときが! いかなる理由があって私に意見するか!」
「庭内を血で汚すこともありますまい。その者、忠義厚き人物と見ました。ここはお許しになり、戦にて汚名を返上させたほうがより公女様への忠誠を尽くしましょうぞ」
彼女の眼光が秘書の男を貫く。
禿げあがった頭。鍛えられていないブヨブヨの肉体。彼の名は『ホテップ』。ガラルホルン家の現当主オフトフェウスの第一秘書である。
「下がれ。汚名は戦働きによって返上せよ」
「ははー!」
やりとりの間も、彼女の兵士たちは微動だにしなかった。
ただ、同僚が許されたことで緊迫した空気が和らいだことは確かだ。
「で? 何の用だ? 訓練中である。手短に話せ」
「ご当主様がお呼びです。公女様」
「父上が? 後にせよ。今は忙しい」
「アイシア様がお戻りに。それについて火急のご用件とのこと」
「姉上が……?」
なにかを感じ取ったウルスラは、疑問の表情を崩さないまま、その場をあとにする。
★★★★★★
「父上、火急の用件とは?」
執務室に入るなり、話を切り出す。
ウルスラは無駄な時間がとにかく嫌いだった。
「ウルスラよ、来たか。まずは座るのだ」
「いえ、訓練中ゆえ、手短に」
ガラルホルン大公オフトフェウスは、気づかれないように小さくため息をつく。
「アイシアが部屋に閉じこもって出てこんのだよ」
「……引きずり出せばいいでしょう。フランやデューテはどこに?」
彼女は簡単に言うが、【神格】を持つ者を引きずり出すなど不可能である。
「二人はまだ任地にいる」
「なぜ出てこないのですか」
「……」
オフトフェウスは黙った。
「父上?」
「負けた、らしい」
「……負けた? 姉上が?」
父がうなずいたのを見て、ウルスラは考える。
ガラルホルン家の長女アイシアは個人の強さもさることながら、奸智に長け、相手をじりじりと追い詰めて苦しませる。
戦って負けるとは思えないが、相手にしたくない将であることは間違いない。
「詳細は?」
「わからん。なにも話してくれん。閉じこもったままよ」
「側近の騎士どもはなんと?」
姉がお気に入りを『ペット』と呼び、連れ回していることをウルスラは知っていた。
「アイシアからの指示がなければ話さないと言ってな。無理に聞き出そうとすれば自害すると」
「なんと面倒な。愚か者どもめ」
「一緒に行ってくれんか」
「いいでしょう。ガラルホルン家の者が負けるなどあり得ない。姉上の話を聞かなければ」
二人は執務室を出て、まっすぐにアイシアの住む区画へと向かった。
すれ違う家人がうやうやしく礼をする中、三人の騎士が守る扉に到着する。
「大公様、それに公女殿下」
「姉上に用がある。通せ」
「それはできません。姫さまからは誰も通すなと」
「私でもか?」
ウルスラの迫力に騎士たちは怯んだが、それでもどかなかった。
「特に大公様と妹君の方々は通すな、との命でございます」
「バカな……」
【神格】神剣『インドラ』が鞘から抜き放たれる。
一瞬の雷光が轟き、三人の騎士は気を失った。
「行きますよ、父上」
「う、うむ」
アイシアは主室にはいなかった。
ウルスラがぶしつけにも寝室まで進み、乱暴にドアを開ける。
「姉上!」
長女の姿はない。
しかしその代わり、大きなベッドの中央に布団を丸めたものがある。
「姉上?」
もぞもぞと動くその物体に耳を近づけると――
『しくしく……しくしく……』
泣いている。
もう面倒くさくなった次女は、無理やり布団を剥がした。
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、髪も乱れたままのアイシアがそこにいた。
普段からは考えられない哀れな姿に、不覚にもウルスラは笑いが込み上げてくる。
「姉上、なにがあったのですか」
「……う~」
「アイシアよ、わけを話しなさい。それと、食事をとるのだ」
「いやよ~!」
また布団をかぶる。それをウルスラが雷光の速さで止めた。
「負けたとは真実ですか? 姉上」
「……」
沈黙は肯定を意味していた。
「あり得ないな。姉上を負かすものなど同じ【神格】を持つ者以外には考えられない。相手は誰なのですか?」
「…………ト」
「なんですって?」
「……シント~!」
その名を聞いたウルスラと、そしてオフトフェウスが目を大きく開く。
「待て待て! アイシアよ! シントがいたのか!?」
政治感覚に優れた頭脳を持つオフトフェウスは、シントの名に反応して、めまぐるしく計算を働かせる。
結論は出た。
ありえぬ、だ。
「わけを申せ! なにゆえシントが――」
「父上、お待ちを」
ウルスラが言葉を遮る。
「まともに戦ってシントが姉上に勝つなど、それこそ冗談だ。しかし……男女の事」
「ウルスラ……? なにを言いだすのだ?」
「懐に入られればいかな姉上とて。もしやシントに純潔を奪われたのでは?」
「なっ――」
オフトフェウスは絶叫しそうになった。
「つまりアイシアはシントに手籠めにされたと!? な、な、なんという……」
「どうなのです、姉上。シントと同衾、したのですね?」
すさまじい迫力。
アイシアは顔面を歪めてまた泣き出した。
「もういいでしょ~! ほうっておいて~!」
「待てと言っているだろう! 話を聞かせんか!」
「わたしのペットに聞いて~! また入ってきたら死んじゃうから~」
もはや話にならなかった。
諦めきれない父はさらに詰め寄ろうとするが、ウルスラが去っていく。
「待たんか! ウルスラ!」
返事もせずに、さきほど倒した男たちを叩き起こす。
「おまえたち、なにがあったのか話してもらうぞ」
「し、しかし……」
「姉上がおまえたちに聞けと」
騎士たちは顔を見合わせてから、うなずいた。
「実は……我らもなにがなんだか」
「初めから説明をせよ」
男たちはゆっくりと話しはじめた。
最初は『剣棋』での対戦になり、思いもよらぬ手でアイシアが負ける。
「なに!? アイシアが……け、剣棋でだと! それは本当なのか!? ありえんぞ!」
オフトフェウスの驚きぶりは邸内の注目を集めた。
若くしておそらくは公国一の打ち手。アイシアに勝てるのは名人クラスだけだ。
そしてその後、戦闘になり、当初はアイシアが押しているようにも見えた。
しかし、見た事も聞いた事もない魔法が炸裂し、劣勢になる。
「姉上が背中を地に……シント、おまえはいったい」
「それで、姫さまが『水牢』を使ってシント公子を閉じ込めました。どう考えても姫さまの勝ちです。しかし……」
「しかし?」
騎士は口ごもった。
「我らもそこからはなにも。目が覚めたら……姫さまはご敗北なされ……」
「なんということだ! ガラルホルン家の……しかも【神格】を持った者が負ける!? これでは我が家の威信が!」
オフトフェウスは話された出来事が信じられない。
そこで、ウルスラが高らかに笑い始める。
気が狂ったかと思う大声で笑い続けた。
「父上、私が行きます。異論はありませんね?」
「う、うむ……だが、あやつはアイシアを手籠めにするほどだ」
「姉上の純潔などどうでもいいこと。シントをひざまずかせるのは、私」
ウルスラは颯爽とその場を去っていくのだった。
かくして盛大な勘違いをされているシントはいま、どうしているだろうか――




