ファミリアバース 2 これが、≪魔法≫
「俺はなんで牢屋にいるんだ?」
落ち着いて考えよう。
「おじさんの馬車に乗って、食事をして、眠くなった」
そう、眠った。で、起きたらこうなっていた。
「なにが起きたんだ」
焦る。
場所がどこだろうが、服を着ていなかろうが、それはどうでもいい。
『本』がない。
あの古書は俺の命みたいなもの。手元にないと気が狂いそうだ。
「探さないと」
立ち上がって扉を見る。当然のように鍵がかかっていた。
「開けられるかな? ちょっとやってみよう」
簡素な錠だからなんとかなるかもしれない。
練習以外で魔法を使うのは初めてだけど、やってみる。
目に魔力を集め、まずは魔法≪透視≫を使って構造を確認、分析。
造りはわかった。次は開錠してみよう。
「≪物体ノ移動≫」
手を触れずに物体を動かせる魔法。それが≪物体ノ移動≫。魔力でできた透明な手があるような感じで物を動かせる。
これを限りなく細くして、錠を開けよう。
細かすぎる作業に、頭の中が悲鳴を上げる。
「……っっ! なんとか……いけそう!」
数秒後、カチャ、と気持ちのいい音がして、鍵が開いた。
牢を出て道なりに進むと、誰かの声がする。
壁に体を寄せ、耳を澄ませてみた。
「今回はガキ一人だったな……」
「いいじゃねえか。ホイホイついてきやがったし、楽だったろ?」
「男じゃたいして金にならない」
などと喋っている。
ガキ、ホイホイついてきた。
もしかしてそれ、俺のこと?
「金目の物も持ってなかった」
「しゃあねえだろ」
「あの本だってよくわからない文字で読めない。薪にくべるしか使い道がないぞ」
薪にくべるだって!?
ダメだ。止めなければ。
「ちょっと待って!」
「あん?」
角から飛び出して声をかける。暖炉の前にあるテーブルで二人の男が食事をしているところだった。
一人は馬車のおじさん。もう一人は服装からして御者の人だ。
「おまえ……どうやって出てきた?」
「本を返してほしい」
「……」
おじさんと男が椅子から立ち、ナイフを取り出す。
「本はどこに?」
「そこにあるぜ」
暖炉の前に積み重なった箱。中にはいろいろな物が入っている。俺の本も見えた。
「間に合ってよかった」
「おっと、待てよ」
ほっとして回収しようとしたところ、おじさんたちが俺の前に立ちはだかる。
「どうやって出たかは後だ。まずは牢に戻れや」
ナイフの鋭い切っ先を向けてきた。本気なのだろうか?
だとしたら、この二人はどうして俺を助けたんだ。
「どうしてこんなことを? それにここはどこなんだ」
「おまえ、状況がわかってねえみてえだな」
「というと?」
ぜひ教えてほしいものだ。
聞き返すと、おじさんはニヤリと笑った。
「あのなあ、おまえは眠り薬入りのパンを食ってここに来てんだよ。で、おれらは人さらいってことだ。そんでここはアジト。理解したか?」
「ああ! なるほど」
なんてことだ。優しい人だと思ったのに。
「つまりおじさんたちは悪い人。『悪党』なのか」
「そうだよ! だから牢に戻れや。な?」
人は見かけや表向きの行動だけではわからない。どんなに容姿が美しくても、どんなにすごい【才能】を持っていても、本当の姿を知るのは、いつだってなにかが起きた後だ。
「戻らない。本は返してもらうし、ここから出る」
「はあ? 死にてえのかこらあ!」
おじさんに指を向ける。込める魔力はちょっとでいい。
「人のこと指さしてんじゃあねえぜ! この――」
「≪魔弾≫」
発射された魔力の弾が的確におじさんの胸を撃つ。
「アガアアアアアアアアッ!?」
おじさんは思いっきり縦に回転しながら後ろに吹き飛び、壁を突き破って、さらに奥へと転がっていった。
人に向けて撃つのは初めてだったけど、うまくいったみたいだ。
いま使った≪魔弾≫は俺が初めて習得した魔法。単純な術式でありながらも込める魔力量によって威力が変わる。
「な、なんだ、いまのは……」
御者の人がじりじりと下がる。
そうか、この人は御者の振りをした悪者だ。御者さんと呼ぶのは本物に失礼だな。今からこの人を『悪党』と呼ぼう。
「くっ……このガキ!」
「≪衝波≫」
動く前にケリをつける。
俺の手から放射された衝撃波が爆裂し、『悪党』を真上に吹っ飛ばした。
声すらなく『悪党』は天井に突き刺さり、落ちてこない。気絶したようだ。
「よかった。≪衝波≫もちゃんと使えた」
ずっと一人で、しかも隠れて練習していたから少し不安だったが、問題はなさそう。
「っと、本を回収しないと」
命よりも大事かもしれない本。絶対になくしてはいけない。
俺はまだ、この本の全てを解読していないんだ。
「あとは服を――」
「おい! どうした!」
「今の音はなんだおい!」
服を取りかけたところで問題が発生。
別の部屋からたくさんのおじさん、じゃなかった、悪党が駆けつけてきた。
「……こいつはどういうことだ?」
「おい! 裸のガキ! やったのはてめえかあ? ああん?」
ものすごい顔でにらんでくる。怖いけど笑えるような、そんな顔だ。
数は八人。全員が武装し、剣や斧をぶらぶらさせている。
「おじさんたちも人さらい、だよね?」
「……なんだてめえ」
「すっ裸でイキがってんじゃあねえぞこのクソガキが!」
裸にしたのはそっちでしょうが。
もういい。悪党なら捕まえて憲兵に引き渡す。
「死ねオラァ!」
悪党たちが武器を振り上げる。
もう遅い。
「≪地之雷≫」
下へ向けた手から撃ちだされる雷撃が床を伝って悪党たちを焼く。
「アババババババババ!」
「いでえええええええ!」
数秒後、こんがりと焼けた悪党たちが床に倒れた。
≪地之雷≫は文字通り地を這う稲妻。くらったら最後、しばらくは起き上がれない、はず。たぶん。
「くそっ! なんなんだこれは!」
しまった。
一人だけテーブルの上に登ったか。
「ちっ! 先生! 来てください! 先生!」
先生?
「ぎゃはは! てめえはもう終わりだあ! 先生はなあ、クッソつええんだ! てめえなん――」
「≪魔弾≫」
魔力の弾がテーブルの上の悪党を撃つ。
彼は空中を何回転もして、床に叩きつけられた。
それと同時に誰かがここへやってくる。
空気が変わった。
それと血なまぐさい匂い。
やって来たのは身長二メートルを軽く超える巨漢だ。
「……」
巨漢は辺りを見回して、口を開いた。
「聞くまでもないことだが、念のため確認しておこう。これをやったのはおまえか?」
「そうですけど」
「聞いてもしかたのないことだが、念のため聞いておこう。なぜ裸だ?」
「知りませんよ。起きたらこうなっていたんだ」
巨漢は口だけ笑って、背負った武器を取り出した。
俺の身長よりもデカい剣。刃はぶ厚く、なんでも押し潰すことができそう。
先生、と呼ばれていたし、何者なのか知りたい。
「俺もいちおう聞きたい。あなたも人さらいなんですか?」
「聞いてどうする。結果は変わらんだろう」
「それは……そうですね」
「ならば死ね」
いきなり斬りかかってきた。大剣が空を割り、俺のすぐ脇を抜ける。テーブルや椅子が爆発したみたいに吹っ飛んだ。
「かわしたか……でも死ね!」
今度は直撃コース。くらったらたぶん、しぬ。
「≪軟障壁≫」
瞬時に術式を構築し、障壁を展開。
巨漢の大剣は柔らかい魔力の壁に包まれ、俺の顔面ギリギリで止まった。
「……なに!?」
驚きながらも続けざまに追撃をしてくる。
しかし結果は同じ。≪軟障壁≫は単純な力では破られない。
驚きと焦りの感情が伝わってきた。
ここから俺の反撃だ。
「≪魔衝撃≫」
≪魔弾≫と≪衝波≫を組み合わせた俺のオリジナル。要するにでっかい魔力の弾を撃ちだす。
至近距離からまともに魔力を受けた巨漢の全身を衝撃が突き抜ける。
「グッハアアアア!」
大男の手から大剣がすっ飛び、彼はきりもみ回転で壁にぶち当たって、どずん、と倒れる。
すごかった。この人は悪党たちなんかよりもぜんぜん強い。
おじい様や叔父上とどっちが強いかな。いや、さすがに比べることはできないか。あの人たちは【神格】に選ばれた超人だし。
それはともかく、体が熱くなって手が震える。
思っていたよりもずっと魔法をうまく使えた。
それが何よりも嬉しい。
きちんと発動したという安堵。
敵を倒せたという達成感。
これが、≪魔法≫。
「なにはともあれ……やっと回収できる」
と、震える手を押さえこみ、本を取ろうとした時だ。
割と近い距離から、ぐるるるるる、と変な音が聞こえてきた。
今度はなんだろう。
すごく変な匂いがする。
「獣の匂い?」
住んでいた小屋の近くにはイノシシとか野犬とかがたまに現れることがあった。それに近い匂いだ。
「え?」
巨大な生き物が、最初に吹き飛ばしたおじさんによってできた穴から出てくる。
かすかになびく鬣。巨大な爪、そして牙。ついでに殺意もマシマシ。
「モンスター……なのか?」
この世界には自然に生まれる動物とは別の、人類の天敵と呼ばれる存在がいる。
遥か昔、英雄によって辺境へと追いやられた怪物たちだ。
「グアアアアアアア!!」
人よりもはるかにデカい黒色の獅子。間違いなくモンスターだろう。
俺の記憶が正しいなら、これは図鑑で見た強大な怪物『黒ノ獅子』。
終わったと思ったら、最後はコレか。
家を出てそうそう、運がない――