表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/515

シント・アーナズ【アニバーサリー】1 今日はお出かけ

 だいぶ暖かくなってきた。

 春の日差しがとても心地よく、ただ起きているだけで気分がいい。


 南方での一件から二週間ほどがたち、ウチのギルドも問題なく日々依頼をこなしているのであった。


 いまの時間は早朝。起きて着替えたあとは、まず軽く体を動かす。

 その後、営業時間になるまで近場の喫茶店にてコーヒーを飲みつつ、新聞を読む。最近はこれが日課だった。


 ギルドが空く前に一度顔を出してみる。

 ミューズさんとクロエさんがすでに来ていて、お茶を飲んでいた。


「おはようございます」

「おはよう、シント」

「おっはよー」


 仕事を始めるまで少しばかり時間がある。なので他のメンバーはまだ来ていなかった。


「今日はちょっと出かけますので、留守をおねがいします」

「そういえば休みだったわね。どこに行くの?」

「秘密です」


 週に一日、ウチは休業日を設けている。それとは別に交代で休みを取るようにしていた。

 俺は今日が休みの日であり、明日が休業日だから久方ぶりの連休となる。


「秘密……? 珍しいわね」

「隠し事ニャ!」


 二人とも興味津々な様子で見てくる。

 明かすのはあとのお楽しみ。


()()()に関係しているのかしら?」

「いいえ、それとはまた別の話です」


 実はミューズさんと密かに計画していることがあった。

 ウチのメンバーたちにはおいおい話すつもりだ。


「では」

「ええ、いってらっしゃい」

「お土産はお酒にー」

「わかりました」


 他愛のないやりとりをしてから、事務所を出る。

 一番に向かうのは『ミュラー魔導具店』だ。


 

 ★★★★★★



 繁華街の奥にひっそりとたつ『ミュラー魔導具店』は、知る人ぞ知るこの街で最高の職人がいるお店である。

 到着してさっそく玄関をくぐり、声をかけた。


「来たか、アーナズ」

「すみません。少し遅れました」

「いや、時間通りだ。問題ない」


 むすっとしたような顔の男性が店主のミュラーさん。

 機嫌が悪いのではなく、この顔が普通だ。


 帝国では珍しい黒髪と黒瞳。

 俺と同じだからなんとなく他人の気がしない。


「頼まれたものは用意してある」

「ありがとうございます」


 注文していた品のうち何点かを受け取り、代金を支払った。


「急な注文で申し訳ありませんでした」

「ウチで扱う製品に手を加えただけだったからな。造作もない。他の品はタタラズのオヤジさんのところだ。完成したと連絡を受けている。あとで取りにいくといい」

「はい。そうします」


 ウチのギルドは創業から一周年を迎えようとしている。そのため、メンバー全員に贈り物をしようと考え、ミュラーさんとタタラズさんに魔導具や魔法の効果を付与した装備を頼んだのだった。


「浴場に問題はないか?」

「ええ、問題ないどころか、みんなすごく喜んでますよ」


 大浴場が先ごろ完成し、みんなおおいに満足している。

 ミュラーさんには水回りで使用する魔導具を作成から設置までやってもらった。

 いつまでも入れそうな極上の浴場は、女性陣に喜ばれたのだった。


「不具合があればすぐに教えてくれ」

「はい」


 彼はプロ中のプロ。こうして使用感を聞き、アフターケアまで万全だ。


「ではまた」

「ああ」

「あ、そういえばミュラーさん」


 去る前に聞きたいことがあったんだった。

 注文に来た時はミュラーさんが忙しそうだったので、聞けなかったことだ。


「新しい注文か?」

「いえ、意見をおうかがいしたくて」


 彼は作業の手を休めず、言ってくれ、とだけ口にする。


「剣神機ソーディアンというものをご存知ですか?」


 南方で戦ったあの兵器は、おそらく魔導具の一種だと思う。

 

「……なんだと?」


 ミュラーさんの雰囲気が少し変わった。


「依頼を受けてアークスに行ったのですが、そこで遭遇しました。自動で動く人形です。戦闘用の」

「剣神機ソーディアン……」


 思い当たるふしがあるのかな。

 ぜひ聞きたいところだ。


「どのようなものか、教えてほしい」


 作業を止めて俺を見る。

 今までにない反応だ。

 

 少し緊張しつつ、ざっと経緯を説明する。

 彼は表情がまったく変わらないので、なにも判断できなかった。


「破壊したんだな?」

「はい。設計図も燃やしました」

「そうか」


 声のトーンがわずかに低い。燃やしたのはまずかったかも。


「魔導具技師としては残念だが、君の行動は正しい。人の範疇を越えた技術は時として悪魔デモンになりうる」

「悪魔、ですか」

「魔導具にしろ科学にしろ技術は日々進歩し人におおいなる恩恵を与えるだろう。しかし、ごくまれにだが、天才が現れ他人にはおおよそ理解できない代物を生み出すことがある」


 なんの話かはわからない。

 だが、大事なことのように思える。


「剣神機ソーディアンとやらもその一つだろうな。いつ、誰が最初に作ったかはしらんが、危険すぎる」

「それは同感です」

「俺の方でも少し調べてみよう。ともあれ君は自分の仕事に専念するべきだ」


 そうして彼は口を閉ざし、作業に戻った。

 話は終わりだと、言外に示している。


 なんか気になるな。

 結局、ミュラーさんは剣神機のことを知っているのだろうか。


 無理に聞くことはできない。

 お礼を言って、その場をあとにした。


 

 ★★★★★★



 ミュラーさんとのやりとりは少々疑問が残ったものの、休日は限られている。

 次はフォールンの中心部に位置する冒険者庁へとおもむく。

 

 長官であるアルフォンスさんにお願いしていたことがあった。

 今からする話はどう転ぶかわからないから、ドキドキする。

 アポはとってあるのですぐに受付へ行くと、アルフォンス長官が待っているとのことだった。


 急いで長官の執務室へと向かい、一度呼吸を整えてノックする。

 すると長官自らドアを開けてくれた。

 

「アーナズ君!」

「アルフォンス長官、無理を言ってすみません」

「なにを言う。私は興奮しっ放しだよ。ささ、入ってくれたまえ」


 会うなり、大きな声で言われる。

 椅子に座り、彼は俺が渡しておいた本を広げた。


「この『冒険者ガイドライン』は素晴らしい出来だ。推敲なしでもそのまま出せるほどだと思う」


 よかった。評価はいいようだ。

 アルフォンス長官には『冒険者ガイドライン』を庁舎へ置いてもらえないかとお願いしたのだ。

 話を聞いた彼は、本を読ませてくれと言ってきたので、預けた。


「しかし……これを書いたのがアンテル君だったとは。私の目は節穴だな」

「というと?」

「彼女を手放すべきではなかったよ」

「でも長官はミューズさんを評価していたじゃないですか」


 彼女はかつて副長官であったゲース卿なる人物の嫌がらせにより、苦情受付係をさせられていた。

 俺と出会ったあと、ギルドにスカウトして今日に至る。


「私が思う以上にアンテル君は優秀だった。なにせ、昇格の記録保持者である君はこの本を読んで基礎を学んだのだろう?」

「はい、その通りです」

「もしもこれを出版すれば……ふふふ」


 冒険者マニアを自称するアルフォンス長官はなにかを企んでいるようだ。


「では」

「ああ、君の要望通りにしよう」

「ありがとうございます!」

「ふふふ……我がフォールンの冒険者庁で高ランクの冒険者を量産……ふふっふ」


 うーん、そんなに都合よくはいかないと思うけれど。


「出版の手筈はもうできているのかい?」

「ええ、印刷所におねがいして、あとはゴーサインを出すだけです」


 すでに準備はしている。

 長官のお墨付きが出たのならば、問題はない。


「このところモンスターの動きが活発になっているのでね。冒険者の方々にはおおいに活躍してほしいのだ。『冒険者ガイドライン』を読んだものとそうでないものでは活動に違いが出るのは間違いない」


 俺も全力で同意する。


「冒険者を始めた若者たちが一年後も活動を続けている確率は50パーセントを切る。『冒険者ガイドライン』は始めたばかりの人間を想定して書かれたもの……わかりやすく丁寧で、生計を立てていくためのヒントがこれでもかと詰まっている。これを読めば継続率が大きく変わるだろう」


 かなりの高評価だ。

 俺が知る限り、冒険者についての書籍は数が少ない。

 街で売られているものは、ほとんどが有名な冒険者の伝記だ。


 そこをいくとミューズさんの『冒険者ガイドライン』は、初心者に対象を絞り、知っておくべきことが書かれている。

 今の俺があるのは『冒険者ガイドライン』のおかげと言っても過言ではないのだ。


「そろそろ戻ります。なにかあればまた」

「こちらこそなにかあれば言ってくれたまえ。アンテル君によろしく」


 握手を交わし、冒険者庁をあとにする。

 よし、次行ってみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ