ファミリアバース 24 バイバイ、ダレンガルト
氷の大魔法のよって広場全部が凍っている。
「けど、まだまだ甘い。発動が一瞬遅れたし、範囲も思ったより狭いな」
完成させるにはまだ練習が必要だ。反省しなければ。
俺はまだおじい様や叔父上には及ばない。
「それはそうと、これが【神格】か」
そばに落ちている【神格】神剣『水姫』を拾ってみる。
持ったとたん、とてつもない力が伝わってきた。
「いてて! なんか暴れてる!」
所有者じゃないからか、神剣が暴れ出した。剣の形が曖昧になって水が弾ける。
【神格】が意思のようなものを持っているという噂は本当だったのだと感動してしまった。
力を込めて押さえ続けると、『水姫』は落ち着いた。
これは返すとして、まずは氷を溶かそう。このままではアイシアが死んでしまうかもしれない。
弱めに調整した炎魔法を使用し、彼女を救出。ついでにお供の四人も。
「……ハッ!?」
「起きた?」
声をかけると、彼女はビクッと震える。
「……」
アイシアは信じられない物を見るような目で俺を見た。
「ううっ……寒い」
「いったいなにが……どうなって……」
お供の四人はなにが起こったのか、わからないみたいだ。
「アイシア、これで剣棋でも戦いでも俺の勝ちだ」
「……な……なんで」
どういう意味の『なんで』かは知らない。
「剣棋の時と一緒だよ。俺は半ば追放されて、ずっと小屋に一人だった。考える時間はいくらでもあったからね。君の【神格】と戦ったらどうすればいいのかを想像してたんだ」
「……」
アイシアの反応がにぶい。
「約束は守ってもらう。ゼロセブンさんは死んだ。そして俺には近づかない。いいね?」
「……あ……や、約束は……守る……わ」
「じゃあ、はい、これ」
水姫を手渡す。
受け取った彼女はそのまま動かない。
そして――
「はぅ……」
気絶してしまった。
「姫さまっ!」
「なんとおいたわしい!」
お供の四人が俺をにらみつけてくる。
見つめ返すと、彼らは目を逸らした。
「あなたたちは体を動かしていないし、どうですか? 一戦します?」
「……い、いや! 我らは姫さまを介抱せねばならん!」
「遠慮……させていただこう。では!」
四人はアイシアを抱えてすごい速さで去った。調子のいい人達だな、まったく。
これにてアフターサービスも完了。
約束させたし、ガラルホルン家がここに来ることはもうない。
となれば街道の封鎖も解けたはずだ。ようやく大都市フォールンに行ける。
蒸気機関車、楽しみだな。
★★★★★★
ダレンガルトに戻って馬車の待合所に行ってみる。
ガラルホルン家の人間が去った、という話はすでに広まっており、封鎖は順次解かれるそうだ。
ちょっと時間ができたので、冒険者の集会所に寄った。
トーマスさんはいつも通りそこにいて、書類仕事をしている。
「トーマスさん」
「おお、アーナズ君!」
彼は笑顔で迎えてくれた。
「聞いたよ。ガラルホルン家の公女殿下となにかあったって?」
「ええ、まあ。ちょっとした知り合いなもので」
「いや、君のその所作といい、教養を感じさせることといい、ただものではないと思っていたが」
「いえ、俺はただの冒険者です」
害獣退治が終わったことを報告する。
サルではなかったこと。そして犯人には弁償を約束させたこと。犯人がウィリアムさんの娘だったことを。
トーマスさんは椅子から転げ落ちて腰が抜けそうになっていた。
「あいつ、娘がいたのか!?」
「ええ、しかも帝国のスパイをしていたそうです」
「なにっ!?」
「あ、でも死んだことにしてもらったので、内緒でおねがいします」
乾いた笑いを出すトーマスさんだった。
冒険者免許証を出して、報酬をもらう。
「お金を稼ぐのって大変なんですね」
「そりゃあそうさ。楽して稼げるものなんてないんだから」
サル退治だと思ったら、実はラナで、それからガラルホルン家のアイシアと戦うことになった。
仕事をするのってすごく大変で、面白いと思う。
と、預けた冒険者免許証を差し出してきた。
内容を見て驚く。等級がブロンズ級ダブルからブロンズ級トリプルになっている。
「もう上がったんですか?」
「アイアン級までは早いんだ。クエストを二つか三つこなせばすぐさ」
すごく嬉しい。ダレンガルトでの仕事が評価されたということだ。
お礼を述べて集会所を出る。
最後に顔を出すのは、スーナさんの果樹園。
★★★★★★
「こんにちわ」
果樹園を尋ねると、休憩をしていたようで、みんなそこにいた。
「あら、アーナズさん、いらっしゃい」
「シント~ よかった~……」
「少年、よく戻った」
三人とも無事だな。ほっとする。
「さあ、座って。いまお茶を淹れるわ」
「あ、お構いなく」
と言いつつも、せっかくだから座らせてもらおう。
「もう心配はいりません。ウィリアムさんは死んだことになりました」
「そうか……」
「そうなの!? じゃあもうスパイ失格?」
失格ではないと思うけれど。
どうだろう?
「ガラルホルン家の公女はどうした?」
「説得しようと思ったんですけど、戦いになりました」
ウィリアムさんは跳び上がった。
「くそっ! やはり一人で行かすんじゃなかった! 少年、どんな条件を呑まされたかはわからんが、その責はおれが負う」
彼は盛大な勘違いをしている。
「いえ、だいじょうぶです。勝負して勝ちました」
「……うん?」
「アイシアは約束してくれましたよ。もうここには来ないって」
「……どうやって?」
そう言われましても。
「【神格】を相手にして……生き残った?」
「はい」
「……だからどうやって?」
また聞かれた。
「普通に。そこまで苦戦もしませんでしたし」
ウィリアムさんはよろめいて、テーブルに手をついた。
「少年……君は」
そこでスーナさんが戻ってくる。
ウィリアムさんは口を閉じた。母親にはあまり聞かせたくないのかも。
お茶をいただいて、世間話をして、それから別れを告げた。
果樹園を出ようとすると、後ろから声をかけられる。
「シントーーーーー! ありがとーーーーー!」
「少年! 元気でな!」
ラナとウィリアムさんが手を振ってくる。
また人の役に立てた。
魔法もさらにうまく使えるようになったし、嬉しい。
「また来るといい! 歓迎する!」
「わかりました! その時は遠慮なく!」
彼らは見えなくなるまで、手を振り続ける。
またいつか会おうと心から思った。
★★★★★★
待合所からフォールン方面行きの馬車に乗る。
お金は十分にあるし、問題なく着くはずだ。
ゆっくりと車輪が回り始め、出発。
ダレンガルトの町はいいところだった。果物は美味しいし、食事処も最高。
だが、わからないこともたくさんある。
遺跡の近くで見た夢。あれは間違いなく竜だった。
そして俺の懐で眠るように動かないこの『古書』。
勝手に動くし、骨は吸収するしで、なにがなんだかわからない。
今の俺には圧倒的に情報が足りないんだ。
いっそ帝都にあるという大図書館に行って調べるのもいい。
あるいは大都市フォールンならなにか情報があるかも。
「バイバイ、ダレンガルト」
少し寂しいけれど、また来れる。
そして、これから行く場所。世界一の大都市フォールンがどんなところなのか、楽しみだ。




