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南方からの依頼人・終幕3 『ロレーヌ伯爵』

 古街にひっそりと建つロレーヌ伯爵の邸宅は、あいかわらず年月を感じさせるたたずまいだった。

 ディジアさんとイリアさんは事情を知らないから、首をかしげている。


「ロレーヌ伯爵、お邪魔しますよ」


 ノックをしても出てこない。

 玄関の鍵はかかっていないから、勝手に入る。


「出かけているのかな」


 言ってから考えを否定した。

 ロレーヌ伯爵は太陽の光を浴びると溶けるそうだから、外には行っていない。


「いったいどうしたというのです」

「ここって顔色が悪いおじさんの家だよね」


 そう、顔色の悪いおじさんだ。

 二人とは『紅血草』を届けに来たことがあるから、顔見知りである。


「暗いし、変な匂いするー」

「よりいっそう不気味です」


 薬の調合をしていたのかも。


「寝ているのか?」


 日の光が届かない場所にいそうだから、地下を探そうと思った。

 居間から先に進んで、下への階段を見つける。

 降りてみると、広い部屋の真ん中に棺桶が置いてあった。


「なんでこんなところに棺桶が?」


 ディジアさんの言いぐさではないけれど、さすがに不気味だ。

 まさか死体が入っているのではなかろうか。

 気になりすぎて蓋をそっとずらしてみる。


「あ」


 ロレーヌ伯爵が中にいた。

 これ、棺桶じゃなくてベッドなのか。

 ものすごい趣味だ。

 とりあえず蓋を全部あけて、声をかけた。


「ロレーヌ伯爵、起きてください」


 返事はない。まるでただのしかばねのようだ。


「伯爵、俺です。シントです」


 かなり大きく揺さぶると、急に半身を起こす。

 かっと目を見開き、俺の方を向いた。

 人間の動きじゃない。怖いんですけど。


「……ああ、シント君か……私の眠りを妨げるとは……くっくっく」

「伯爵?」

「血を捧げにきたのだろう? わかっているよ……」


 伯爵の目が妖しく光る。

 正気を失っているかもしれない。


「≪マジック――」

「待って待って! 冗談だ! うむ!」


 伯爵ったら人が悪いな。


「やめてくださいよ。あやうく吹き飛ばすところでした」

「ふ……ふき……? そ、そうだな。すまない」


 彼は引きつった笑いをした。


「お休みのところ申し訳ありません。急用で来ました」

「いや、かまわないよ。そちらのお嬢さん方は……ディジア君とイリア君に似ているが、どうしたのかね」

「それも説明しますが、主な理由はこの前に話した【神格】の件です」


 伯爵の表情が変わった。

 俺に顔を近づけ、両肩を掴んでくる。


「本当かい? 本当に【神格】神樹ユグドラシルを見つけたと?」


 見つけた、というか、吸収した。イリアさんが。


「ええ、見つけました」

「見せてくれ! 頼む!」

「伯爵、まずは落ち着いてください。顔がすごく近いですし」


 彼はハッとして我に返る。

 咳ばらいをしてパジャマの襟を正した。


「すまない。寝起きで少し混乱していた」

「俺の方こそすみません」

「教えてくれまいか。かの【神格】がどこにあるのかを」


 うなずいて、事情を話す。

 今回の依頼であったこと、特にシスター・セレーネと剣神機ソーディアンのくだりだ。


「なんと……そのようなことが」


 さしものロレーヌ伯爵でも驚きを隠せないようだった。


「神樹ユグドラシルはイリアさんを所有者に選んだのだと思います。ですが、吸収されてしまったせいで、もうないんです」

「ない? つまり……消えた、のか?」


 がくりと肩を落とす。

 消沈するのは、まだ早い。


「イリアさん、『ワルイノケセル』をお願いします」

「うん、いいよ」

「ん?」


 彼女が剣魔法を発動。

 光り輝く剣が現れる。

 しかし。


「あっちいいいいいいいいいいいいい!」


 光を浴びて伯爵が苦しみだす。

 体から煙が出ていた。


「あ、まずい。なにかないか……」


 光をさえぎるものはなにもない。

 なので黒蛇竜の盾(ヨルムンガンド)をかざし、影を作った。


「すまない……助かったよ」

「太陽の光でなくともだめなんですか?」

「これは、あれだ。夜型の生活を数百年も続けているのでね。まばゆい光が弱点となっているのだよ」

「夜更かしばかりだと体によくありませんよ」

「うむ」


 ん?

 いまなんかさらりととんでもないこと言わなかった?


「イリア君が出した剣……これはいったい」

「悪いモノを浄化できるようなんです」

「なにっ!?」


 伯爵が求めてやまないもの。

 特異な体質からの脱却。

 【神格】神樹ユグドラシルの力があれば治せるかもしれないと、彼は言っていた。


「それはほんとうかね!」

「うん」

「な……なんという……まさか……」


 伯爵は光の剣に向かって震える手を伸ばした。


「この輝き……すさまじい魔力……鳥肌が立つよ」

「イリアさん、これを伯爵に使っても?」

「いいけど、死んじゃうかも」


 イリアさんはふざけて言っているわけじゃない。

 確実に体質が治る保証はないのだ。

 そもそも刺すわけだし、治る前に死ぬ可能性だってある。


「ロレーヌ、ほんとうにいいの?」


 彼女の大人びた表情に、どきりとした。


「ああ! 刺してくれ!」

「待ちなさい、ロレーヌ。イリアの話を」


 ディジアさんもだ。

 諭すように語りかける。


「もしも治ったら、今までの生き方ができなくなるのよ?」

「今までの……か。たしかにそうだ。だが、それでも……」


 ロレーヌ伯爵は顔を伏せ、数秒後に上を向く。

 イリアさんを真っ向から見つめた。


「私はね、もう数百年も生きている。不老不死と言えば聞こえはいいかもしれない。だが、地獄と同じなんだ」


 数百年?

 表情からして冗談には聞こえない。

 

「愛する者が、友人たちが、みな私を置いてこの世を去っていく苦しみ。私だけが生き続けなければならない無念……私は普通に生きたいと、ずっと思っている」


 俺には想像ができないことだ。

 初めて会ったころ、殺してほしいと言われた。

 伯爵がそう言った理由は、身を裂くような悲しみと寂しさだった。


「わかった。やってみる」

「シント君、礼を言うよ」

「それは治ってからで」

「いいや、言わせてくれ。そうだ、君が刺して――」

「えい」


 ずぶりと光の剣がロレーヌ伯爵を貫く。


「ちょっとーーーーー! まだ話の途中ーーーーーー!」


 彼の絶叫が地下室にこだまする。


「グウウオオオアアアアアア!」


 まるで断末魔。


「伯爵!」

「ぬあああああああああ!」

「イリアさん! いったん抜いてください!」


 制止しかけたところ、光に包まれるロレーヌ伯爵が手を挙げた。


「死んだとてもかまわない! 治らずともいいのだ!」

「ですが!」


 死んでほしくない。

 ロレーヌ伯爵は大恩人なのだ。


「シント、見て」

「これは、魔力か?」


 苦痛にあえぐ伯爵から黒い霧状の魔力が噴出する。まともな代物ではないと一目でわかった。


「瘴気に似ているな」


 モンスターを生み出す源を『瘴気しょうき』と言う。

 以前、一度だけ見たことがある。

 おぞましい力だ。

 どうして伯爵がこんなものを内に入れたのかはあとで聞く。


「≪燃焼之火(マジックバーン)≫」


 範囲を極小に絞り、火炎を放射。

 黒いナニカを燃やす。


「アアアアアアアアアア……」


 燃やし尽くした後、伯爵が動かなくなった。

 死んではいないようだが、体中から煙が出ている。

 パジャマはズタボロで、ほぼ裸みたいなものだ。


「うっ……頭が」


 やがて、頭を振りながら起きる。


「ロレーヌ伯爵、だいじょうぶですか?」

「……あ、ああ」


 彼は信じられない様子で、自分の手を見ていた。

 

「これは……」


 ふらふらと立ち、地下室を出ようとする。


「まずは休んだ方がいいですよ」

「いや、確かめさせてくれ」


 一階へと歩んだ彼は、窓の近くまで行き、一気にカーテンを引いた。

 太陽の光が降りそそぎ、伯爵に当たる。

 彼は目をつむって両手を広げ、陽光を一身に浴びるのであった。


「このような瞬間が訪れようとは」


 セリフの後半は、声になっていなかった。

 ロレーヌ伯爵は、人に戻ったのだ。

 

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