南方からの依頼人・終幕1 『新しい仲間?』
今回の依頼をアフターケアまでしっかり終えて、ビダルさんの民宿から引き上げる。
ゴミなど残していないかを指さし確認。
立つ鳥は後を濁さず、だね。
ディジアさんとイリアさん、ダイアナ、アイリーンはすでにビダルさんの美容院に行っている。
帰る前に髪を整えてもらうのだそうだ。
思いのほか留守が長引いたから、フォールンではたくさん仕事をしようと思う。
と、外へ出ようとした時、玄関から誰かがやってくる。
褐色の肌に、紫の色合いが濃いダークヘア。明るいブラウンの瞳をした女の子は言うまでもなく、シスター・セレーネ。
「シントくん」
「シスター・セレーネ」
帰る前にあいさつ回りをしようと思ったのだけれど、彼女の方から来てくれたみたいだ。
「今日お帰りになるのですよね?」
「ええ、仕事は完了しました。帰りがてらそちらに行くところでしたが」
「あ、そうだったんですか」
話していて気がついた。
いつもの信者用白ローブではなく、旅人風の姿をしている。
「遠出ですか?」
「遠出……でしょうね。わたし、教団をやめたんです」
教団をやめた?
「あれだけのことをしてしまいましたから、ここにはいられません。アークスを離れます」
寂しそうに笑う。
「なにもやめることはないじゃないですか」
「いいえ、わたしだけが罰を受けずにいるわけにはいきません」
「真面目だなー」
「それぐらいしか取り柄がないんです」
そんなことはない。
極めて希少な【才能】を持ち、優しく、勇気がある。
「それに……」
「それに?」
「きっと、わたし、聖女だとか言われて調子に乗ってたんだと思うんです。ちゃんと見ていれば詐欺には気がついたはずですし」
彼女は顔を伏せた。
思うところがあるのだろう。
「田舎から出て、力を認められて、自分に酔っていたのかも」
「まあ、そうですね」
シスターはばっと顔を上げて赤面する。
「ひ、ひどいじゃないですか! そこは普通、そうじゃないよ、とか言うところでしょう!」
えー……
「もう!」
同意しただけなのになぜ怒る。
「ですが、あなたは自分でそれに気づき、反省している。すごい人だと思いますよ」
「シントくん……」
「ほんとうにやめるのですか?」
「それは決めたことです。シントくん、前に言ったでしょう? あなたの信仰はそれぐらいで揺らぐのかって」
たしかに言った。
「教団の一員でなくとも、剣神さまへ信仰を捧げることはできます。祈ることだってどこでもできるんです」
「決意は固いようですね。これからどこに?」
「わたしは故郷を出て割と早くにここへ来ましたから、世界を知りません。いろいろ見て回ろうかと思います」
だいじょうぶかな。
お金とかどうするんだろう。
急に心配が募ってきた。
「旅費は十分にあるのですか?」
「旅費?」
「ええ、お金です」
「……」
なにも考えてないんかい!?
「た、多少は。ポップコーンもあります」
と、カバンからおやつを出す。
「一回食べたらなくなりますよね? 弁当なんかは?」
「ない……ですね」
「誰か親戚とか友人は? あとは泊まるところとか」
「あうう……」
だめだこりゃ。
同じく家を出て苦労したから俺にはわかる。
旅をするにはどうしたってお金がいるのだ。
「フォールンに行く予定は?」
「そのうち行こうかと考えてました」
だったらちょうどいい。彼女には世話になったことだし、形見の杖はイリアさんに吸収されてしまった。恩返しをしようか。
「俺の家に滞在したらいい」
「ふぇ?」
新しく増築したギルドの寮には空きがある。
新メンバーのために建てたのだが、入ったのはリーアだけだった。
アイリーンとクロエさんは実家から通いだし、テイラー夫妻はすでに家を持っていたから、空いたままなのだ。
「寮に空きがあるので、そこを拠点にしてください」
「え、えーと……さすがにそれは」
「何度も助けられましたし、形見の杖だってどさくさでなくなってしまった。お礼をさせてください」
「杖のことはいいんです。イリアちゃんのためになったようですし、母も喜びます」
「とはいっても、やはり」
「だからそれはもういいんですって」
「しかしですね」
食い下がると、シスターはもじもじし始めた。
「でもですね、その、わたしなんかがいきなり行くだなんて」
「一緒に戦ったでしょう。もう仲間みたいなものです」
「仲間……」
剣神機との戦いは命がけだった。
ウチのメンバーは全員、ともに戦ったシスター・セレーネのことを認めている。
「どうです?」
「あ、その……はい。よろしくおねがいします……」
話は決まった。
ウチのギルドに新しく加わる居候だ。
言い方が悪いか。
ウチのギルドに加わる流浪の聖女だ。
「冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』のマスター、シント・アーナズです。改めてよろしく」
「はい!」
彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。
俺も嬉しい。
「じゃあ行きましょうか」
南方の巨大都市アークス。
スパイシーでエキゾチックな食べ物でいっぱいだった。
個人的なだけじゃなく、冒険者としても興味がある。
ここはもめごとが多く、困っているひとたちがたくさんいるのだ。
アークスからも依頼を受けられたらいいのに、と思う。
「……?」
閃いて、立ち止まる。
「シントくん、どうしたんですか?」
「ああ、いえ」
そうか。
アークスで依頼を受けるのは別に不可能じゃないよな。
うん、あとでミューズさんと相談しよう。
こうして、俺たちはアークスを出るのであった。




