シント・アーナズ【ブレイク】8 金では動かせないもの
司教の話す内容をみんな黙って聞いていた。
はたして設計図がいつの時代に記されたものなのか。なんの目的で作られたのか、疑問は尽きない。
「私は……その時、剣神の啓示を受けたのだと思った。負け犬だった私に光が差したのだと」
設計図を手にした彼は井戸から這い上がり、なんとか憲兵隊を避けて、とある場所に飛び込んだ。
幸運に幸運が重なったのだと、司教は口にする。
「その時、フォールンの教団施設には、たまたま大司教さまが来ていた。本来であれば帝都にいるはずのお方だ。そして偶然にも、私が飛び込んだ時は護衛のいない、食事の時間だったのだ」
突然の闖入者にも関わらず、大司教は彼の話を聞いた。
剣神機の設計図に興味を抱いた大司教はその場でルーザス・シギサを入信させ、名前を変えさせる。
「大司教は何者なんだ?」
「……教団のナンバー2だよ。経営を取り仕切るお方だ」
かなりの地位にいる人物だな。
「すぐさま剣神機の製造を命じられた私は、フォールンを離れた。帝国、ガラルホルン、ラグナの勢力が手を出しにくい場所を選び、そこで施設を作ったのだ」
アークスはうってつけの場所だろう。
帝国の統治が不完全で、有力な貴族たちが利権を求めてにらみあうのが、この街の現状なのだ。
「俺は地下施設で白衣を着た男たちが実験をしているのを見た。あの人たちは?」
「彼らは……大司教さまの命でやってきた、どこぞの研究者だ」
「名は?」
「エジスーラ博士とヤツは自分でそう名乗ったよ。本名かはしらない」
聞いたことのない名前だ。
三人いたうち、所長と呼ばれた男が逃げた。そいつがエジスーラ博士とやらだな。
「で、剣神機を使ってなにをするつもりだったんだ?」
「……」
「言わないのか? だったら当ててやろう。量産して戦争を始める予定だったのでは?」
「え?」
「なにそれ」
「ありえないのさ」
兵器を作る理由は多くない。
表向きは対モンスターなどと言って、戦争に転用すればいい。
「それは……」
汗だくだった司教の顔が、さらに滝のような汗でいっぱいになる。
「だが潰えた。大司教の野望は終わった。そしておまえ自身のものもな」
「うっ……」
「おまえはアレを利用して、教団自体をも出し抜くはずだった。違うか?」
司教はうつむいたまま黙り込んでいる。
沈黙は肯定の証だ。
「詐欺を得意としていたんだろ? 教団からうまいこと金を引き出し、力を手に入れる。負け犬だった自分はもういない。世界を支配してみせる。そんなところか」
「貴様っ! 知った風な口を!」
「でも事実だ」
「私は! 支配する側に回る! これまでさんざん地獄を見てきた! 成り上がってなにが悪いというのだ!」
必死になってわめきたてるものの、全員の目が冷ややかだった。
彼は結局、己のために動いていただけ。
なにを言おうが、心には響かない。
「設計図はどこに?」
こいつ自身のことなんて、興味はない。
「アレは……教会の下だ。だが……」
あそこにあったのか。しかし教会の地下は天井が崩れてめちゃくちゃになっているはずだ。
思いがけず闇に葬られた、と言っていいのかもしれない。
いちおう、あとで確認しておこう。もしもまだ残っているのなら、野放しにはできない代物だし。
「な、なあ、シント・アーナズ。おまえは冒険者として依頼を受けたんだろう?」
「ああ、そうだ」
「報酬の三倍……いや五倍出す! 見逃してくれい!」
どこまでもブレない男だ。
俺の話を聞いていたのか?
「いくらだ! おまえはこの件でいくらもらうんだ!」
「100万アーサル」
「なっ……!? 100万!? たったの……」
「なにか問題でも?」
「お、お、おまえは! たったそれっぽっちのために憲兵も神官戦士団も敵に回して! あの剣神機を破壊したというのか!」
それっぽっちなどではない。
彼らにとっては最後に残った大金だ。
「そんな馬鹿な……命がけの仕事を100万……だと?」
「それのなにが悪い」
「なっ……かっ……はっ……」
言い切ると、ルーザス・シギサはふらふらして、その場に倒れた。
「急にどうしたんだ?」
なにかの発作だろうか。苦しんでいるようには見えないが。
「よほどショックだったんじゃないかい?」
「こいつにしたら金で動かない人間がいるなんて信じられなかったんじゃないのー?」
「……哀れな男」
話すことはもうない。
俺はシスター・セレーネに向き直った。
「シスター、言いたいこともあるでしょう。言ってあげたらいいのではないですか?」
「うーん、でももう気絶していますし」
彼女は文句を言うかわり、剣神に祈りを捧げる。
「剣神さま、この者に厳粛な裁きを与えるとともに、やり直す機会をお与えください。裁きと恵みは公平に与えられるべきもの。誰の上にも太陽は振り注ぐ……」
不正を行い、街人を虐げていた憲兵長官は倒れ、メイスをモンスターではなく人に向けていたグリード団長は逮捕。
そして罪のない人々から金を巻き上げ、古代の兵器によって戦争を起こそうとした巨悪、ガブリエル司教は捕らえた。
なにより最大の脅威だった謎の機械兵、ソーディアン。【神格】クラスの防御力をもった恐るべき相手。
だが、俺たちは力を合わせて打ち破った。
受けた依頼は完遂だ。
「みんな、お疲れさま。ほんとうによく戦った」
港湾地区の交差点では軍隊と。ここで剣神機ソーディアン。さらには敵の本隊と、困難な戦いが続いた。
まったくもって頭が上がらない。
最高の仲間たちだ。
「今回もまたとんでもない相手だったさ」
「でも、やった」
そうだ。
事件は終わりだ。
全員から安堵のため息がもれる。
ようやく終わったのだと実感した。
「ビダルさん、来てくれて助かりました。よくここがわかりましたね」
「お礼なんていいのよ~ ここへ来られたのはタッドちゃんたちのおかげだわ」
タッくんたちは噂をまき散らしたあと、指示通りにビダルさんのところへと向かった。
「あの子たち、シントちゃんを助けてくれって。その代わり美容院を守るだなんて言うのよ? も~、わたしカンゲキしちゃって」
彼らにはほんとうにすごいことをやってくれた。必ずお礼をさせてもらおう。
「ジョルジオもありがとう」
「別におまえのために来たわけじゃねえよ。妹がな」
「カタリナちゃんが?」
「そっちの幼女……イリアっつったっけ。カタリナがよー、イリアを助けてくれって言ったんだ。うまく喋れねえってのに……」
そうだったのか。
あの子には最大限の感謝を送ろうと思う。
「だからよ、おまえのためなんかじゃねえ。感謝もいらねえ。おれは妹の頼みを聞いただけだ」
素直じゃないなー。
だが来てくれたことにはかわりない。
きっと、取り立てをやっていたことに対する罪滅ぼしの意味もあるんだろうと、勝手に思うことにした。
「帰ろうか。ミューズさんたちも待ってる」
外に出ると、空が明るくなっている。
こうして俺たち『Sword and Magic of Time』は倉庫を後にした。




