ファミリアバース 23 【神格】との戦い
「さあ~ 今度こそ表に出なさ~い」
「別にいいけど、さすがに盤をひっくり返すのはよくない」
「うるさいわね~」
もうむちゃくちゃだな。
そこまでして負けを認めたくないのか。
会計を済ませて、お店の外に出る。
そして俺は――ここではないどこかへとダッシュした。
「シント~! 逃げるつもり~!」
そうじゃない。
町中で【神格】を使わせたくないだけ。
全力で走るものの、アイシアの方が速い。徐々に距離が縮まる。
大通りを抜けてさらに郊外へ行き、果樹園を超えて、誰も来ないだろう林の中に入った。
「ここならちょうどいいか」
おあつらえ向きな広場を発見。木材の残骸とか、小さな休憩所が見える。木こりの人たちが使っている場所だろうと思う。
今は誰もいない。ここを使う。
「シント~……これ以上わたしを怒らせないで~」
鬼の形相で追いついてくる。
勝手に来て一人で怒って、相変わらずだ。
「別に逃げたわけじゃないよ。戦うなら広い方がいいでしょ」
「剣棋のようにはいかないわよ~ 覚悟なさい~!」
アイシアが【神格】神剣『水姫』を抜き放つ。
半透明の水でできた剣が輝きを増した。
そこにあるだけで放たれる圧倒的な力。
伝わる莫大な魔力と、それ以外の凄まじいなにか。言わば威光だ。
「言うこと聞かないから~ 足を折っちゃうからね~」
アイシアが地を蹴って飛ぶ。
振り上げた水姫を両手持ちで叩きつけてきた。
「≪硬障壁・十連≫」
魔法による対物理障壁を十枚重ねで展開する。
【神格】と正面からぶつかるのであれば、十枚でも足りるかどうか。
「な、なんですってぇ~!」
危なかった。
十枚のうち九枚が一撃で粉砕される。
アイシアはさらに攻撃を続けてきた。
彼女が持っている【才能】は【自在の神撃】。どのような体勢からでも繰り出される必殺の剣。
【才能】にはある程度の格付けが存在しているが、彼女のそれは極めて希少なものだ。
≪硬障壁≫と≪軟障壁≫を同時に展開。
さらに足りない部分は≪自動障壁≫で補う。
「≪魔弾≫」
スキを突いて至近距離からの≪魔弾≫を撃つ。
しかし、アイシアは上体をのけ反らし、避けた。
当たる、と確信をもっての魔法だったが、かわされる。
超人的な反射と体幹。
極めて優れたバランス感覚から放たれる【自在の神撃】。なんてむちゃくちゃな【才能】。軟体動物かと思うほどだった。
やっぱり強い。
手加減など考える余裕はない。
防戦一方ではらちが明かないから、避けにくい攻撃で攻める。
「≪衝波≫」
さっきの≪魔弾≫が点だとすれば、≪衝波≫は面を攻撃するもの。
広がる魔力の衝撃波がアイシアを捉えた。
「いっ……た~い!」
まともに食らっても、痛い、の一言だけか。
でもこれで少し息がつけた。
彼女はいったん離れ、間合いをうかがっている。
「姫さまーーー!」
「助勢いたします!」
ここでお供の四人が追いついてくる。
五対一か。
「黙りなさい~! 手を出したら殺すわ~!」
加勢はいらないのか。よほど頭に血がのぼっているとみた。
だけど、こっちはこっちで血がたぎる。
あの時、人さらいのアジトで戦った時よりも、マールの農園で戦った時よりも、体は燃え、逆に頭は冷えていた。
「シント~ どうして今まで魔法のことを黙ってたの~?」
「黙っていたんじゃない。五年かかってようやく使えるようになったんだ」
「ほんと~? なにか隠してない~?」
鋭いな。
家の奥で見つけた魔法の古書は、俺の懐にいる。
「ねえ~ シント~ わたしね~ ずっと思ってたの~ あなたっていつも笑って嫌なことをやり過ごしてたでしょ~? バカな大人たちはみ~んなあなたに呆れてたけど~」
言われずともわかっている。
「でもね~ わたしは知ってるのよ~ 絶対になにか隠しているって~」
「なにも隠してなんかいない」
「そう、それよ~ その瞳の奥にあるものだわ~ 実はすごいもの持ってるって目よ~」
買い被りだ。
「それを教えてもらうわ~ 絶対にわたしのペットにするんだから~」
「悪いけど、俺はもう冒険者だ。今さらペットに転職はできないね」
空気が揺らぐ。
アイシアが真正面から突っ込んできた。
フェイントもない純粋な一振りに悪寒が走る。
【神格】神剣『水姫』の特性は決して枯れない水。自在に形を変える剣。
障壁を展開しかけていた俺は、それをやめた。
身をかがめてぎりぎりかわす。
「≪衝波≫」
地面に向けて衝撃波を撃つことで、自分を後方に吹き飛ばす。
「ムカつくけど正解よ~ 盾で受けたら死んでたかも~」
悪寒の正体を直感した。
伝え聞く話では、神剣『水姫』は水であることを活かし、防御をすり抜ける。
受け太刀や盾はもちろんのこと、障壁すらも。
「≪魔弾≫≪魔弾≫≪魔弾≫≪魔弾≫≪魔弾≫≪魔弾≫≪魔弾≫!」
近づけさせない。
≪魔弾≫をどこまでも連打する。
「こんなもの~!」
彼女はそれをぬるぬるした動きでかわし、当たりそうなものも神剣で払いまくる。
≪魔弾≫を斬りはらうなんて普通じゃ考えられない。
「≪魔衝撃≫!」
≪魔弾≫と≪衝破≫をミックスさせたオリジナル魔法。≪魔弾≫の連打に混ぜたことで、アイシアの反応がわずかに遅れた。
「くっ……こんの~!」
かわしきれなかった彼女は、一瞬だけ地面を転がる。
さっきよりもさらに鬼の形相で立ち上がった。
「ま、まさか姫さまが……」
「地面に……お倒れあそばされたというのかっ!?」
「なんだあの魔法……あり得ぬ」
外野の声が聞こえて、アイシアはもっと怒った。
「シント~~~~~! 服が汚れちゃったじゃないのよ~~~~~!」
神剣『水姫』を天に向けて掲げる。
なにをするつもりかわからないが、まるでいい予感がしない。
「もうキレたわ~! もう怒ったの~!」
めちゃくちゃぷりぷりしてるな。よっぽど嫌だったのか、服が汚れるの。
「謝っても許さないんだから~!!!!」
彼女の手から神剣『水姫』の姿が消える。
次の瞬間、水の珠が俺の眼前に現れた。
避ける余裕はない。
膨張した水の珠に包み込まれてしまう。
「≪風纏之陣≫」
とっさに己の体周りを魔法の風で守る。
「間に合ったけど、これはちょっとまずいかも」
風のおかげで溺れるのは回避できた。
しかしこのままじゃ呼吸ができないから、少し術式を変えよう。
≪風纏之陣≫の応用。風を変化させて巨大な水の珠に空気のパイプを通す。
うまくいった。これで息はできる。
『~~~~~~!』
アイシアが口をパクパクさせて怒っていた。
水に閉じ込められているせいで、よく聞こえない。
さて、ここからどうするか。
水の中で足を組み、あごに手を当てて考える。
根本的な解決にはなっていない。
神剣『水姫』に閉じ込められてしまったし、水の珠に阻まれて攻撃は届かないだろう。
しかも彼女が水の圧力を強くしたら、押し潰されるかもしれないな。
水球の向こうで、アイシアがニヤリとする。気づいたみたいだ。
水圧が高まってきた。長くは持たないだろうと思う。
「だったらやるしかないか。未完成の魔法を今ここで完成させる」
ただ、かなり広範囲だし、加減を間違えたらアイシアが死んでしまうかもしれない。
いちおう忠告だけしておこう。
『アイシア、聞こえるかな?』
声に魔力を乗せる拡声の術。魔法とも呼べないような、小手先のものだ。
「なによ~! いまさら謝ってもダメって言ったでしょ~!」
よかった。ちゃんと通じた。
『謝りはしない。ちょっと大きな魔法を使うからしっかり防御してほしいんだ』
「はあ~~~~? 調子に乗りすぎよ~ あなたはもう詰んでるの~!」
決めつけるのは早い。
術式を構築。詠唱を始める。
「冬来る、冬来る、冬来る。黄昏よりも昏きもの。凍えるよりもなお寒からしめるもの。栄華なる永凱を奪わんと欲する大牙よ。氷の獄より生まれしそのものの名は――」
術式、構築。魔力、充填。両の手をがっちりと組み、詠唱。
「≪氷界之禁獄≫」
刹那の後、視界が真っ白に染まる。
全てを凍らせる絶対の冷気が、俺を中心とした範囲を氷の世界に変えた。
「ん? すごいな。水姫は凍らないのか」
驚いたことに水の珠となった神剣『水姫』は凍らなかった。さすが【神格】というべきだ。
しかし一方でその使い手はというと――
「……」
驚いた表情のまま、かちんこちんになっている。
所有者の意識が途切れたことで、水姫は元の姿――剣に戻り、俺は解放された。
「終わった。それにしても、なんて強さだ」
信じられない技の連続だった。
「でも、なんとかなったな」
【神格】を破ったことで少し自信がついたかも。




