シント・アーナズ【ブレイク】2 闘劇・剣神機ソーディアン
「……ほんとうにあの数を追い返すだなんて」
戦いがひとまず終わり、後ろに下がっていたシスター・セレーネが驚きを隠さない顔で俺の隣に立つ。
「シスター・セレーネ、怪我は?」
「ありません。ですが……」
彼女の表情は暗い。
「いたしかたないとはいえ、こんなに犠牲を」
「誰も殺してませんよ」
「え?」
シスター・セレーネには必要ないと思って言わなかったが、ウチのメンバーには一人一人に話をしている。
「今回の依頼は悪事をやめさせること。人を殺しにきたわけではありません」
「シントくん……」
「この人たちに中にはアークス出身の人もたくさんいるでしょう。殺傷したのでは遺恨が残る。ここではただでさえ帝国人が憎まれています。どれだけいい事をしたとしても、帝国人が南方の人を殺したら意味がないんです」
みんなにはとても難しい注文をしてしまった。
千人を相手に、殺さず無力化する。
だが、こうも思った。
やり遂げた時、俺たちはまた一つ強くなるのだ、と。
「どうなることかと思ったけど、なんとかうまくいったさ」
「カサンドラ」
銀色に輝く槍を手に、カサンドラがやってくる。
彼女とリーア、そしてアミールの三人は無事だ。
アリステラとラナも問題ない。
ダイアナ、アイリーン、テイラー夫妻も健在。
全員が怪我一つなかった。
「ほんとにこんな数たおしちゃうなんて……これもギルマスの計算通りってことね」
リーアはちょっと震えていた。
戦いを終えて興奮している。
「半分は計算通りかな」
「えーと、半分?」
「どういうことだ、ギルマス」
テイラー夫妻の質問に答える。
「ごめん、少し当てが外れた」
「シント、どういう意味ですか?」
ディジアさんが首をかしげる。
俺たちがこの数をやれたのは大きく二つ理由がある。
一つは敵が烏合の衆だったということ。
彼らは憲兵、神官戦士団、冒険者が混在し、まったく統制が取れていなかった。装備、人数、実力の全てが違う者達では連携などとれるはずもない。
事実、彼らは手柄を奪い合っていた。
この点については作戦会議の時点で伝えてある。
当てが外れた、というのは、敵の中核がいないことだった。
「本隊が来ていないんだ」
「本隊……そっか。偉い人達がいないもんね」
「ガブリエル司教、グリード団長、憲兵長官に副長官。誰も来ていない」
「精鋭がいない、ということですか」
ディジアさんの言う通りだ。
「探し出して別々にやる?」
アリステラの言には一理あるものの、同意できなかった。
「今回は裏をかくことができた。でも同じ手はきっと通じない」
「奴ら、様子見で配下を突っ込ませたんだな」
「ダグマさん、気配は感じますか?」
「はっきりとは言えないが、おそらく見られてる」
狩人でもあるダグマさんは感覚が恐ろしく鋭い。
俺も全面的に同意だ。
こんな嫌らしい手を打つのはあの男――グリード団長だろう。
「逆に裏をかかれたってわけ?」
「いいや、それは違う」
負け惜しみで言っているわけではない。
港湾地区に俺とシスター・セレーネがいるという噂を流してからの時間はかなり短かった。彼らとしてみても準備はできなかったように思う。
「本隊を率いて来た時にはすでに劣勢だった。だから無理をしなかったんだと思うよ」
「あっちも予定が狂ったってことさね」
「ああ、だからこれで五分五分。剣神機はまだ動いていない。どちらが先にたどり着くかの勝負となる」
戦いはまだ終わっていないのだ。
「だいたいの位置はつかんでいるけど、こっちは土地勘がない。逆に彼らは位置がわかっていない代わりに数で探せる」
(シント、急ごう)
背中の古剣が語りかけてくる。
急がなくては。
「油断せずに行こう」
今夜で決着をつける。
★★★★★★
つなげたままの魔力を一直線にたどり、走る。
剣神機がいるらしい場所は遠くない。
夜の港湾地区はおそろしく静かで、不気味だった。
むしろ好都合。巻き込まれる人がいないわけだ。
「もう少しだ」
見えてきたのは巨大な倉庫だった。
「もしかして……壊されてる?」
俺にも見える。
硬く閉ざされていただろう入り口には大穴が空いており、むちゃくちゃに破壊されていた。
「みんなはけが人がいないかを確認してくれ。もしいたら救助を」
惨状を見たメンバーたちはすぐに散会した。
「ここからが本番です。気をつけて」
緊張が伝わってくる。
「すさまじい魔力を感じます。今までにないくらい」
「シントくん、わ、わたし」
(……これ、すごいことになってるわ)
肌をなぞるようなざらついた魔力の風が吹き荒れている。
ゆっくりと周囲を確認しつつ進んで、ついに見つけた。
「なんて魔力だ」
「……」
隣に立つシスター・セレーネが言葉を失う。
床にぶちまけられた大量の魔晶石。その中に剣神機が佇んでいたのだ。
片足をひざまずくようにして動かない剣神機ソーディアンは、体全体が淡く明滅していた。
シスターの杖が胸の真ん中に刺さり、莫大な魔力を供給しているのがわかる。
魔力のシールドはすでに展開中。守りを固めつつ力を蓄えているのだろう。
『……!!』
こっちに気がついたな。
「ディジアさん! いったん本の姿に! シスター・セレーネは下がって!」
『……チカラヲモツモノ、ハカイスル』
気味の悪い無機質な声とともに、ソーディアンが手を掲げる。
魔力の不自然な高まり。直後に俺の眼前で爆発が巻き起こった。
ぎりぎりで障壁を展開し、防ぐ。
衝撃が倉庫内を突き抜けて、辺りの資材を吹き飛ばした。
「力が強くなっている」
防御力だけではなく、攻撃も【神格】クラス。
「シスター・セレーネ、例の魔法をお願いします」
「は、はい! でも」
「でも?」
「もっと近づかないとだめなんです!」
射程距離の問題か。
「シント、わたくしがなんとかします」
「ディジアさんも早く下がって!」
「いいえ、この存在はあまりに危険。みな命を賭して戦っているのに、わたくしだけ安全なところにいるわけにはまいりません」
いつにない素早い動きでディジアさんが魔法を放つ。
頼もしいんだけど、危なっかしい。
『……!』
ソーディアンの注意がディジアさんに向いた。
まずい。
「おまえの相手は俺だ!」
≪魔衝拳≫を発動し、近距離戦に持ち込む。
ヤツはすぐさま腕からブレードを出して応戦。
振るわれた刃が頭のてっぺんをかする。
「≪魔衝拳≫!」
魔法をまとった拳がシールドを打つ。
予想通りの硬さと強さ。簡単には打ち破れない。
「シント!」
「これが……剣神機!」
アリステラとラナが駆けつけてきた。
二人はソーディアンの姿を見て息を呑む。
「あたしもやるよ! アミール! あんたは下がってな!」
俺の後ろから飛び出してきたカサンドラの槍撃がソーディアンを襲った。
しかし、弾かれる。
「なんだいこの硬さ!」
「カサンドラ、挟撃だ。アリステラとラナは飛び道具で頼む!」
『……!』
俺とディジアさん、アリステラ、ラナ、カサンドラの五人でいっせいに攻撃する。
わずかにソーディアンが揺らいだ。
そこへダイアナとアイリーン、リーアが来る。
「サナトゥス……お願い!」
「斬りますぅ!」
「わたしが……叩き潰す!」
【神格】疑剣サナトゥスから溢れ出る魔力がゴーストたちを呼び寄せる。
突如として現れた魔物に気が散ったソーディアンへ、アイリーンの剣が閃き、リーアのハルバードがぶち当たった。
ガキン! と甲高い音が二つ。
すさまじい速さのカタナがヤツのシールドに斬りこみを入れ、ハルバードの打撃が裂け目を広げる。
しかしそこまでだ。
シールドを破壊できず、元に戻ってしまった。
反撃に移ろうとしたソーディアンへ二本の矢が飛来する。
絶妙なタイミングでの攻撃はテイラー夫妻によるものだが、矢は簡単に弾かれるのだった。
「普通の矢じゃ無理ね」
「だな」
総力戦だ。
しかし、相手はたった一体なのに、崩せないでいる。
「みなさん! そのままで……おねがいです! ≪リバースリジネ≫!」
シスター・セレーネは意外にも冷静だった。
俺たちがヤツの動きを止めている間に魔法を発動。
魔力の輝きが放たれてソーディアンを包み込む。
『……!?』
目に見えてシールドが薄くなっている。
好機だ。
「ディジアさん! アリステラ! 魔法を! ヤツの体勢を崩す!」
「≪闇発破≫」
「≪アクアラッシュ≫!」
「≪魔衝撃≫!」
俺たちの魔法はヤツのシールドを打ち破った。
ソーディアンはのけぞり、その場に片膝をつく。
そこへカサンドラとリーアがしかける。
だが――
「だめだ! 下がれ!」
爆発的な魔力の膨張。
背筋が凍る。
「≪魔障壁≫!」
即座に全員へ障壁を展開。
直後に起こったのは、ソーディアンの全身から放たれるおびただしい魔力弾の発射だった。
まるで怒りを放出するかのように両腕を広げ、胸を突き出す。
大量の魔力弾が全方位に撃ち出されたのだった。




