ダムド商会
夜の教会での潜入調査は、最後こそ妙な雰囲気となったものの、情報を得ることができた。
その中の一つに、ガブリエル司教と取引をしていたという『ダムド商会』の名がある。
翌日。
アークスの外れにある工業区域まで俺たちは来ていた。
資材を扱う会社は全てこの区域に集まっているとの話なので、朝から全員で来たのだが――
「ダムド商会が、ない?」
この辺で働いているというおじさんに道を聞いたところ、まさかまさかの話だった。
「あそこは潰れたよ」
「潰れた……いつごろか教えていただけませんか?」
「あー、いつだったかな。たしか、去年の夏ごろだったはず」
「そうでしたか。場所はご存知でしょうか」
「それなら、ここから遠くねえよ」
親切なおじさんでよかった。
ダムド商会の跡地を教えてもらい、改めて礼を述べる。
「けどあんまり近寄らねえ方がいい。あぶねえからな」
「はい。ありがとうございます」
アークスの治安が悪いのはわかっている。気をつけていこう。
「シント、難しい顔をしていますが、だいじょうぶですか?」
「話しに聞きに行くのに、潰れたんじゃね」
ディジアさんとイリアさんが俺の顔を見上げて言う。
計算が狂ったのはたしかだ。
ダムド商会で教団との取引について聞くつもりが、いきなりくじかれた。
「シントさん、出直しですかぁ?」
「それとも、行って、みる?」
「そうだね。跡地に行ってみようか」
なんでもいいから手がかりがほしいと思う。
★★★★★★
教えてもらった跡地にはまだ建物があった。
取り壊されてはおらず、朽ちるのをただ待っているような状態だ。
「誰かいるな」
「話し声が聞こえます」
がらんとした広い建物の中で、陽気な声が響いている。
従業員がまだ残っているかもしれない。
いちおうの警戒をしつつ、中に入ってみる。
奥の倉庫らしき場所にいたのは、二組の男女だった。
若い男性二人が、ボールを投げて遊んでいる。
少し離れたところで、今どきの女性二人が木箱に座り、退屈そうにそれを眺めていた。
「タッくーん、誰か来たよー」
「あん?」
バンダナをした男性がこちらを見て目を細める。
「なんだおまえら」
こちらを怪しんでいる目だ。緊張しているようにも見える。
「あのう、ここってダムド商会ですよね? 従業員の方ですか?」
思い切ってストレートに聞いてみる。
「いや、ちげーけど」
「ここでなにを?」
「遊んでるだけだよ」
そうだったか。従業員だと期待したが、普通の若者らしい。
「おまえらなによ? 憲兵……には見えねえけど」
「冒険者です。よければ話を聞かせてもらえませんか」
「なんだよ、ビビって損したぜ。追い出されるかと思った」
「なに言ってんのタッくーん、こんな小さい子連れてる憲兵なんているわけないじゃーん」
「おまえビビりすぎ」
「だよねー」
「う、うるせーよ!」
とても呑気で楽しそう。こっちも緊張が解けた。
この四人の男女は、いわゆる暇を持て余した若者であり、たまにここへ来ては遊んでいるのだという。
「ここには誰も近づかねえかんな。おかげで貸し切りの秘密基地ってわけ」
「誰も近づかない?」
さっきのおじさんも似たようなことを言っていた。
「ここねー、幽霊が出るって噂なんだよ」
「そうそう、ここの社長、首を吊ったんだって」
それで誰も来ないのか。
しかしこの世に幽霊はいない。いるのは魔物だけだ。あとは――
「え? わたしじゃ、ないよ?」
ダイアナが持つ【神格】疑剣サナトゥスは、亡くなった人間の記憶を元に、具現化させることが可能だ。
「首を吊ったというのは?」
「理由までは知らね。商売が失敗したんじゃねえの?」
タッくん、呼ばれた若者はとても気さくで話しやすかった。他の人たちもそう。
しかしながら、これ以上の情報はなさそうだ。
建物の中には目立ったものがなく、何かあるとは思えない。
「しらみつぶしに探すしかないか……いや、幽霊……」
再びダイアナに目を向けた。
「ダイアナ、サナトゥスでなにかできないかな」
「うん、もしかしたら、やれるかも」
思いつきだが、彼女はすぐにわかってくれた。
サナトゥスを抜き放ち、集中を始める。
「なんだ? なにすんだ?」
「えー、なになにー?」
タッくんたちは興味津々だ。
そして、変化が訪れる。
疑剣サナトゥスの呼び出しに応じて、半透明の人間が俺たちの前に現れた。
「へ……?」
「う、うそ! ほんとに幽霊……」
若者たちが腰を抜かしてその場に尻もちをつく。
「成功だな。ありがとう、ダイアナ」
「う、うん、お話、聞けると思う」
声もなく呆気に取られるタッくんたちはひとまず放っておこう。
「すみません、あなたはダムド商会の人ですか?」
「……そう、だ」
だいぶ声が聞き取りづらい。
「教団と魔晶石の取引をしたのはあなた?」
「……違う。おれは……」
見た目からして、そこまで老けていない。三十代半ばといったところか。
「あの野郎……カムラン……あいつが、おれを、騙した……」
騙した、というのは聞き捨てならない。
さらに話を聞いてみる。
ダムド商会は主に建築用の資材を扱う会社だった。
この人は親友のカムランという男とともに小さな商会を大きくし、順調だったという。
しかしある時、突然ラグナ家の者たちが来て、莫大な金を請求されたという話だった。
しかもユリス・ラグナの使いと名乗ったそうだ。
ここでユリス従兄さんか。
いま聞いている話は、俺と戦う少し前のことだろう。
「商会を担保に……あいつは魔晶石を仕入れた……商会を売っただけでは支払いが足りず……破産、した……」
なんということだ。
「あなたはそれを知らなかった?」
「……後の祭り……あいつはおれに秘密で……ゆるせねえ……ゆるせねえ……」
なにもかもを失ったこの人は、首を吊った。
あまりにもひどい結末。やるせない気持ちになってしまう。
「カムランがどこにいるかは知っていますか?」
「あの野郎は……持ち逃げした金で……成り上がった……『悪徒街』で……ゆるさねえ……どこまでも……恨みぬいて……アアアアアアアアアアアア」
怨嗟の声とともに、彼は消え去った。
同時にダイアナが大きく息を吐く。
あまり長くは具現化できないようだな。
「シントさん……? ダイアナちゃんはなにをしたんですかぁ……?」
アイリーンが泣きそうだ。
見るのが初めてだから、無理もない。
「あとで説明するよ。それよりもタッくんさん」
「変な呼び方すんなよ……まあいいけど……」
彼らは状況がよくわかっていない。話すと長いからいまは聞きたいことだけを聞く。
「悪徒街というのは?」
「……あ、ああ。ここから少し行ったとこにばかでけえ水路がある。いまは使われてねえ、昔の下水道だ」
そこがカムランという男の根城か。
是非とも話を聞かなければならないだろう。
「お、おい、おまえ、シントっつったか。まさか行くなんて言うんじゃねえだろな」
「やめなよー、マジでやばいって」
「やばい?」
「知らねえのかよ! あそこはな、ギャングにマフィアに殺し屋……そんな連中の吹き溜まりなんだぜ! 行ったら殺されちまう!」
悪徒街という名に相応しい場所みたいだ。
「心配してくれてありがとう。それでは」
ニッコリと笑いかけて、早々に外へ出る。
せっかくだから行ってみようじゃない、悪徒街。




