冒険者ギルド『バーバリアンズ』
逃げる男を追い、夜の街を走る。
明るい方向――街の中心部へと入るにつれて人が多くなってきた。
世界一の都市フォールンにもひけを足らないくらいにぎわっている。
ダイアナを先頭に繁華街を抜けて、怪しい裏路地へと入る。
ならず者は俺たちに気づくこともなく、汗だくのまま小さなドアをくぐって中へと消えた。
「ここがアジトだな」
看板が出ている。
冒険者ギルド『バーバリアンズ』。
彼らは冒険者だったのか。
「じゃあ冒険者同士、話をしてみよう」
「正面からぁ!?」
「シント、ほんとに?」
「君たちはここで待機。まだいるかもしれない。中には誰もいれないでくれ」
狭い建物の中じゃあ、ダイアナはともかくアイリーンはやりづらいだろう。
と、ここでディジアさんとイリアさんが俺のそでを掴んだ。
「ねーねー、わたしたちは?」
「まさかここにいろと?」
連れて行け、というのか。
危険があるかもしれないし、できればここにいてほしいのだが。
彼女たちは袖をつかんで離そうとしない。
しかたないから連れて行こう
「わかりました。しかし無茶はしないように」
「わかってるわ。でも」
「無茶をするのはいつもあなたでしょう」
逆に怒られてしまう。ひどい。
小さなドアをくぐると、地下への階段だけがあった。
下から話し声がする。
アジトはここで間違いないだろう。
「すみませーん」
下の階へ着くと同時に声をかけてみる。
いっせいに注目が集まった。
「なんの用だ? ガキ」
部屋の中央。真っ赤なソファーに座る男が俺を見た。
剽悍な顔つき。浅黒い肌。襟にふさふさのファーがついたコートを着こなしている。
頭の脇を刈り込んだ髪型が、より迫力を増していた。
雰囲気と研ぎ澄まされた筋肉からいって、この人が親玉か。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「こっちはねえな。殺されねえうちに出て行け」
「ボス! こいつだ! みんなをやったのはさ!」
「なんだと?」
ボス、と呼ばれた男が立ち上がる。
そして――
「こんなガキにやられたってのか? おい」
俊敏な動作でのパンチが、ここへ逃げ込んだ男を一発でノックアウト。
「しかもあとをつけられやがって」
他にも数名いる冒険者らしき男たちは息を呑んだ。
強くて怖い人みたいだな。
「で? ウチの仕事を邪魔してくれたおまえは誰だ?」
「シント・アーナズ。冒険者。あなたは?」
「ジョルジオ。冒険者ギルド『バーバリアンズ』のマスターだ」
ジョルジオ、と彼はそう名乗った。
「シント・アーナズ。なにをしに来た。そんな幼女を連れて殴り込みにでも来たか?」
ジョルジオがディジアさんとイリアさんをちらりと見る。
「殴り込みじゃありません。返しにきました」
「返す?」
≪次元ノ断裂≫の魔法で収納しておいたならず者たちを取り出す。
次元の穴からにゅるりと出た男たちを見て、ジョルジオは目を細めた。
「あと、ついでに話を」
「面白え奴だな。なにを話すって?」
「お金の取り立てをやめてほしい」
彼は、ふ、と小さく笑った。
「そいつはできねえ相談だ。ウチは依頼を受けて仕事をしてるんだからな」
「そうですか。しかし、この仕事がもしも違法だったら、あなたはライセンスをはく奪される。それも覚悟の上ですか?」
「違法じゃねえさ。治療を受けて治ったのに費用を払わねえのはおかしいだろ?」
「ごもっとも」
「話がわかるな。シント・アーナズ」
ただし、それは正式な契約に基づいた話であれば、だ。
「無料と言って人を集め、その後で金を要求するのは詐欺です」
「あ?」
「ですので、それに加担するあなたたちも詐欺師の一味だ」
「言うじゃねえか。証拠は?」
「あなたが持っているんじゃないかと」
ジョルジオが満面の笑みを浮かべる。
「そんなもん、ねえな」
「ならば知っていることを話してほしい。全て、洗いざらい」
「は! この状況でよく言えるもんだ。度胸は気に入ったぜ。おい、叩きのめして放り出せ。幼女には手を出すなよ。菓子でも食わせてやれ」
扱いが違いすぎないか。
俺にもお菓子をくれたらいいのに。
「え? お菓子?」
「イリア、釣られてはいけませんよ? しかし南方のお菓子。気になります」
見事に反応する二人。
緊張感がない。
ジョルジオの指示で冒険者たちが俺を取り囲む。
数はそう多くない。五人というところだ。
「のこのこ来やがって。バカめ」
「こっちは全員シルバー級だぜ。てめえみてなガキ冒険者、袋叩きにしてやらあ!」
シルバー級か。
手強いかもしれないから、なにかされる前に倒そう。
「≪魔衝撃≫」
正面に立つ三人を大きな魔力弾でまとめて吹き飛ばす。
「うおおおおおお!」
「なんだーーーーーーーー!?」
三人が壁に叩きつけられて気絶。
「≪水之砲≫」
さらに一人を倒す。
「は? なんで――」
「≪魔弾≫」
最後の一人を撃ち倒した。
あとはジョルジオだけだ。
「シッ!!」
不意打ちがきた。
彼は最後の一人がやられるとみるや、殴りかかってくる。
鋭いパンチをぎりぎりで避ける。
危ない。耳をかすった。
「ちいっ」
リズミカルな動きで上下に体を揺らす。
拳闘か。
魔法をぶっ放すだけじゃ当たらないだろう。
「じゃあこちらも。≪魔衝拳≫」
近接戦用の魔法を使う。
≪魔衝拳≫は両腕を≪衝破≫と≪硬障壁≫で包み込むものだ。
「なんのつもりだ、シント・アーナズ。なにをしてやがる」
「≪魔衝拳≫だ」
お互いに踏み出してのストレート。
腕が交差してからまった。
「てめえ!」
ジョルジオの頬から血が流れる。
歯ぎしりをして距離を詰めてきた。かなりの至近距離からボディブロー、そしてアッパー。
こちらはガードを固める。
かなりの衝撃だが、ダメージはない。
「お返し」
力を込めたストレートを放った。
彼は腕を交差させて受ける。
しかしそれは悪手だ。
「ぐあ!」
≪魔衝拳≫は衝撃を伝える。ガードしても内部を貫く衝撃はふせげない。
ジョルジオは数歩下がった。
追撃を加えるべく前へ出たが――
「舐めんじゃねえ!」
身を乗り出し、前がかりになって拳を突き出す。
カウンターパンチか。
くらうわけにはいかない。
≪魔衝拳≫の解除と別の術式構築を同時に行い、すぐさま発動。
「≪衝破≫」
「がふ!」
全身に衝撃波を浴びたジョルジオは吹き飛び、奥の壁に叩きつけられた。
だが、倒れない。
「ぐ……」
「まだやります?」
「……元気いっぱい、だぜ……」
「≪魔弾≫」
「ぬあっ!?」
ふらつくジョルジオにとどめをさす。
魔力弾が正確にみぞおちへぶち当たり、戦闘は終了した。
「かなりの強者だったな。等級はなんだろう?」
プラチナ級か、ダイアモンド級か。
「終わりましたか、シント。もぐもぐ」
「すごいパンチだったね。むぐむぐ」
「……二人とも。さすがに勝手に食べるのはどうかと」
彼女たちはソファーに座り、楽しそうに置いてあったお菓子を食べている。
ハッとしたディジアさんは顔を赤くしてうつむいた。
「食べていいって言ってたし」
「それはそうですが」
イリアさんが自信満々に言う。
これには呆れるしかなかった。




