どんぴしゃ
≪空間ノ跳躍≫を用いてギルドから南方の大都市アークスに到着。
魔法は正しく発動し、俺たちは夜の街中へと降り立った。
「うわあっ!?」
驚きの声を上げたのは、アブラムさん。
彼は寝起きだったのでぼけっとしていたが、アークスに着いてようやく目が冴えたようだ。
「ほ、ほんとうにアークス……これが、魔法」
「そこがアブラムさんのご自宅ですか?」
「……夢じゃないのか。たしかにおれの家だが」
ここは住宅がひしめく場所だ。どことなくフォールンの新市街に似ている。
もう夜だから道を歩く人は少ない。いきなりここへ出ても気づかれなかった。
「とりあえず入ってくれ」
「はい」
案内されるままに家の中へと入る。
待っていたのは中年の女性だ。
「サーラ、戻ったぞ!」
「あなた!」
料理の途中だったようで、包丁を落としたその女性はアブラムさんと抱き合う。
「こんなに早く……フォールンには行ったの?」
「ああ、この人たちがあのギルドの方々だ」
夫人は涙を浮かべて俺たちを見た。
「初めまして。シント・アーナズです。こちらがダイアナ・ダインスレイとアイリーン・ハサウェイ。それとディジアさんにイリアさんです」
「泣かないで、サーラ」
「そうです。もう心配はいりませんよ?」
「あらまあ……なんて優しい子たちなの」
ディジアさんとイリアさんは一瞬にして夫人と仲良くなっている。
「サーラ、おれがいない間はどうだった?」
「あなたを出せって、毎日来たわ。それに……」
夫人の顔に絶望が広がる。
「ジャマールさんのところで火事が」
「なんだって!?」
「たぶん、あいつらの仕業だわ……昨日来た時も……火事にならないといいが、って言っていたのよ……うう」
ひどい話だな。
どうなっているんだ。
ここは無法地帯か?
「ご、ごめんなさい……お料理を……」
「アブラムさん、サーラさん、改めてお話を――」
聞こうとしたところ、乱暴にドアが開けられた。
やってきたのは、武装した男たちだ。
斧やこん棒を手に持ち、人相はひたすら悪い。
「へーい! やっぱりいるんじゃねえか! アブラムさんよお!」
肩パッドにとげをつけたいかつい男が、こん棒の先をこちらへ向けた。
「金払えや。なあ? もう利息がつきまくってんだぜえ」
「へっへっへ、それとも嫁さんに稼がせるかあ? ちとトウがたってるけどよ、いけると思うぜ。へっへっへ」
にやにやと笑う男たち。数は十人か。
出くわすかも、なんて考えていたが、どんぴしゃだったようだ。
「って、誰だてめーら。ガキだと?」
「おい、女のガキだぞ。連れていったらボスが喜ぶぜ」
女のガキ、とは誰のことだ? まさかディジアさんとイリアさんじゃないだろうな。だとしたら許せないぞ。
「アブラムさん、サーラさん、下がって」
「アーナズさん! しかし!」
「問題ありません。手間が省けた」
この人たちを利用して情報を得よう。
おっと、その前に釘をさしておくか。
「アイリーン。首は斬らないように」
「……じゃあ『ミネウチ』にしますぅ」
ミネウチ……すごそうな技だ。
「さっきからなに喋ってんだよお!」
男の一人がテーブルの上に並べられたお皿を腕で払う。
いけない。割れる音なんてしたら近所迷惑になる。
即座に≪次元ノ断裂≫を発動。払われたお皿は全て異次元の穴に入り、逆側に生成した穴から出てテーブルへと着地。
よかった。一枚も割れていない。
「……はあ? な、なんだいまのは……」
きょとんとする男に向かって話しかける。
「すみません、ここになにか用ですか?」
「用って……金をもらいに来たんだよ」
「金? なんのお金?」
「さっきからなんなんだてめえ。どけよ」
「質問に答えたらどきますよ」
男が俺をにらみつける。
「治療費に決まってんだろ。そいつらは治療を受けたのに金を踏み倒そうとしてんだ。つうかそもそもてめえには関係ねえだろうが」
「治療は無料のはず」
「ああ? 誰がんなこと言ったよ」
「では契約書を」
「……なに?」
男たちの目が鋭くなる。
「お金のやりとりをするのなら契約書が要る。見せてください」
「てめえ」
「ないなら帰ってくれ。帰らないのなら不法侵入で捕縛する」
「なんだとこらあ!」
「何様だてめえ!」
イイ感じにできあがってきた。
着いたとたんにこれは話が早くて助かる。
「シント、ぶっ放してもいいのでは?」
そうだな。そうしようか。
「ダイアナ、アイリーン、やるよ」
ダイアナが鞘付きのまま疑剣サナトゥスを構える。
アイリーンは眼鏡を外した。
「≪魔弾≫」
「ほげえっ!?」
戦いの狼煙を上げる一発。
入り口をふさぐようにして立っていた男を道の真ん中まで吹き飛ばす。
「こ、こいつら!」
「ぶっ殺せ!」
先頭の男が斧を振り上げた瞬間、閃光が走った。
後ろに立っていた仲間を巻き込んで往来にごろごろと転がる。
剣を閃かせたのはアイリーンだ。
目にも止まらぬ、とはこのことだろう。
よく見ると彼女は『カタナ』の刃を逆に返していた。
技の意味がわかる。斬っても死なせずに無力化するのが『ミネウチ』だったのか。
「とはいえ、あの斬撃じゃあ」
ミネウチで斬られた男はぴくぴく痙攣して、起き上がる気配がない。全治何カ月だろうか。
「てめえら! 囲め! やっちまえええい!」
外へ出て、アブラムさんの家を守るようにして立つ。
「その綺麗な顔を潰してやるぜーーーー!」
男の一人がダイアナに襲いかかった。
しかしこん棒は盛大に空振り。
「今のは……なにが起こった? なんで当たらねえ」
男は青ざめている。当たると思ったのだろうが、それは間違いだ。
ダイアナは少しだけ半身を逸らしただけで、こん棒を避けた。まるで来る場所がわかっていたみたいに。
「えい」
「ぐえあ!?」
鞘付きの神剣が男の脇にのめり込む。
体をくの字に曲げて吹き飛び、ゴミ捨て場に頭から突っ込んだ。
彼女の【才能】は『細の眼』。普通の人間には見えないものを捉えることができる。
「まいります。≪闇弾≫」
ディジアさんが向けた指先から魔力弾を発射。闇の力が入り混じる弾は屈強な男を一撃で昏倒させた。
発動までがずいぶんと速くなった。いつも練習している成果が出ている。
負けてはいられない。
狙いをすまし、撃ち放つ。
「≪魔弾≫」
ならず者の一人を倒し、さらにもう一発。
十人いた男たちはもう一人だけ。
「ひいいいい! なんなんだよおおおお!」
武器を捨てて逃げようとする。
「逃がさないですぅ」
回り込み、カタナを構える。
「アイリーン、待った」
「へ?」
男は彼女が止まったスキに逃げ出してしまう。
「シントさん、逃げちゃったですぅ!」
「いいんだ」
「シント、どういうことなのですか?」
「理由ある、の?」
うなずいてみせる。
「あの男には拠点まで案内してもらおう」
「なるほど。良い悪知恵です」
良い悪知恵って、それ普通の知恵でいい気もするが。
「あんたら……あれだけの数を?」
「まあ、なんてこと」
アブラムさん夫妻が出てきて、目を丸くしていた。
倒れている男たちは≪次元ノ断裂≫で作った穴に収納しておき、あとで利用する。
「アブラムさん、おすすめの宿はありませんか?」
「え? ああ……ダチが小さい旅館やってるけど……」
「すみませんが、五人分の部屋をとってほしい」
「そりゃあもちろん。だが、どこに行くんだ?」
答えは決まっている。
「せっかくのご案内。使わない手はない」
もしかしたら、思ったより早く仕事を終えられるかもしれない。
「行こう。ダイアナ、痕跡を追える?」
「やって、みる」
よし。
この機会は逃さない。
俺たちはすぐに逃げた男を追いかけるのだった。




