ファミリアバース 20 親子の再開
ディートリヒが真っ二つになったことで、『波濤』の男たちが悲鳴を上げた。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!」
「隊長が……死んだ!?」
残された二人がその場から走り出す。
「あなたたち~ おねが~い。わたしはシントと話してるから~」
「は! お任せあれ!」
「姫さまのために!」
剣を抜いて、四人の剣士たちが逃げた者を追う。
「アイシア、何も殺すことはない」
「だめよ~ こいつら暗殺部隊だもの~」
『波濤』ってそうなのか。かなり物騒な連中だったんだな。
「せめて再起不能にするとかあるでしょ」
「再起不能って~ 死んでるのといっしょ~」
それはそうかもしれないが、やりようはあったはずだ。
相手がラグナ家の者とわかっていても、この苛烈さ。底知れない恐ろしさを漂わせる。
彼女は俺をじっと見つめた。
「背が伸びたんじゃない~? ふふふ~」
「俺だってもう少しで十六だし、背くらい伸びるよ」
ガラルホルン家の者が指名手配犯を追っていたのは事前に知っていた。
しかし、彼女が来るとは思いもしない。
神剣を持つ人間まで動き出すのは、やはり【神格】にまつわる話だからだろうか。
「シント~ 行くわよ~」
「どこへ?」
「うちに決まってるじゃな~い」
うち、ってガラルホルン家だよね。
行くわけない。
「ごめん、仕事で忙しいんだ。帰ってくれ」
「なに言ってるの~ そんなことできるわけないでしょ~ お・ば・か・さん?」
アイシアが神剣『水姫』の切っ先を、俺ではなくゼロセブンさんに向ける。
俺はとっさに間へ入った。
「どきなさいよ~」
「まあまあ」
まずい。このままではゼロセブンさんが死ぬ。ラナやあの優しい老婦人が悲しんでしまう。
(ゼロセブンさん、ダガンさんの果樹園を知っていますか?)
ごく小さな声で話しかける。
(知っている。子供の頃、あそこのオヤジに怒られたことがあるからな)
(その先の山小屋は?)
(もちろんだ。よく遊び場にしていた)
(そこでラナと合流することになっているので、俺が魔法を発動したら逃げてください)
ゼロセブンさんがうなずいた。
「ちょっと~ なにコソコソ話してるの~」
「アイシア、やめてくれ。こんなの意味がない」
「意味って~?」
彼女は完全に油断している。そこを突く。
「≪土之石陣≫」
瞬時に地面から盛り上がる壁が、アイシアを閉じ込める。
ドーム型の土牢だ。
ゼロセブンさんが走り出した。
工作員だけあってかなり速い。
「なにこれ~ 暗~い。土くさ~い」
力の抜ける声とともに、風を切る音。
俺が作った土牢は切り刻まれ、細かくなって崩れた。
甘かった。アイシアには通じなかったか。
ゼロセブンさんが逃げる時間は稼いだけど、これじゃ追いつかれる。
「なにするの~?」
「ゼロセブンさんは何も知らない。追う理由はないんだ」
「だめだって言ってるでしょ~ うちを裏切ったのよ~」
引くわけないか。
そうこうしているうちに、彼女のお供たちが帰って来た。
持っている長剣は血に染まっている。
これで『波濤』は全滅した。
「姫さま。この者があのシント公子ですか」
「ぐずるようでしたら、我々が」
どうする気なのかは聞くまでもない。
力づくで、ということだ。
「アイシアは【神格】の情報を追ってきたんだよね?」
「そうだけど~」
なら話ができる余地はあるかもしれない。
「ゼロセブンさんの情報を聞いて、俺が遺跡を調べたよ。地下室を見つけたんだ」
「……それで~?」
「なにもなかった。だから彼に価値はない」
嘘は言っていない。
あったのはなんの意味もない残骸だけだ。
「そうね~ あなたは嘘をつくような男じゃないもの~」
よかった。話が通じそう。
「でもぉ~ 子供のおつかいじゃないのよ~ この遺跡はうちが占拠するし~ スパイも粛清するわ~」
やっぱり希望的観測はよくないな。だめだったか。
「どうしても?」
「う~ん……シントがおとなしく来るなら~ 考えてあげる~」
それだけは嫌だな。
せっかくラグナから離れて自由になったんだ。それにガラルホルン家はノリが合わない。
しかし、と考える。
話は平行線をたどるばかり。このままでは状況が変わらないだろう。
少しでも時間を稼ぐ。その上で標的を俺にして、彼女を説得する。
「わかったよ」
と、手を伸ばす。
アイシアはそれを見て、嬉しそうに笑った。
「な~に? 手をつないでほしいのね~」
彼女の手をつかむと、ひんやりする。冷え性なのかな。
「ふふふ……最初から素直にすればいいのよ~」
「あ、いや、これは魔法を使おうとしているだけ」
「え~?」
態勢を整えたいから、一度どこかへ行ってもらおう。
そうだな、ぱっと思いつくのはダレンガルトの市場だ。
「……≪空間ノ移動≫」
「へ?」
ふっ、とアイシアが消えた。
「ひ、姫さまが……消えた!?」
「下郎! 公女殿下になにをした!」
お供の四人が怒りの表情で剣を突きつけてくる。
「ちょっと移動してもらいました。ダレンガルトの町にいますよ」
「貴様ぁっ!」
「面妖な! 切り刻んでくれる!」
「いいんですか? アイシアが困っているかもしれないんだけど」
顔色を変える四人。
揃いも揃って、彼女に魅了されているようだ。
「くっ……覚えていろ! この罪、必ず償わせてやる!」
彼らは慌てて去った。
なんとかここは収まったけど、終わりじゃない。その場しのぎだ。
「ラナたちと合流しよう」
急ぎ、その場を後にする。
★★★★★★
合流場所に指定しておいた小屋に着くと、ゼロセブンさんとラナがそこにいた。
「戻ったよ」
「シント! よかった~……」
ラナがその場にへたりこむ。
ゼロセブンさんが立ち上がり、がばっと抱き着いてきた。
「な、なんです?」
「先に逃げておいてなんだが、無事でなによりだ、少年。こうして娘とも会えた。君のおかげだ」
「いえ、依頼を受けたので」
なんだか熱い人だな。
さすがに息苦しくなったので、離れる。
「ではスーナさんのところに行きましょう」
「……その口ぶり。おれの母を知っているのか?」
「ええ、荷物を運んだらリンゴをくれたんです。なんと二つも」
あれは美味しかった。また食べたいと思う。
「しかし、ガラルホルン家の公女はどうする。君は知り合いのようだが、あんな化け物が出てきたのでは」
「それは俺に任せてください」
「それこそありえない。やる気なのか?」
俺たちの会話の横で、ラナが首をかしげている。
今は時間の余裕がないから、教えている暇はなかった。
「やる気はないですけど、説得できるかも。知り合いなので」
「……君はどうしてそこまで。言ってはなんだが、おれたちは知り合いでも友人でもない」
理由については深く考えていない。
ラナやゼロセブンさんを気に入ったから、かな。
「もう知り合いだし、友人かも」
そう言うと、彼らはきょとんとしてしまった。
「それに、依頼を受けましたし、アイシアのことはアフターサービスということで」
「……まいったな、降参だ。なにも言えん」
「シントってほんと変ね」
褒め言葉として受け取ろう。
その後すぐにスーナさんの果樹園まで移動した。
ゼロセブンさんはこの町の出身だから、憲兵に見つからないルートを通り、目的地にたどり着く。
スーナさんは果樹園で作業をしているようだった。
脚立に登り、リンゴの世話をしている。
声をかけようとした時、ちょうど強い風が吹いて老婦人のバランスが崩れた。
それを支えたのは、ゼロセブンさんだ。
「あら? ウィリアム、帰ったのね」
「ああ、母ちゃん、ただいま」
「おかえりなさい。そちらの方は……アーナズさん? それに……」
スーナさんの視線がラナに向く。
彼女は緊張していたようだった。
「母ちゃん、あれはラナ。俺の娘だ」
「娘? ああ、どうりで似ているわけね。目元がそっくりだわ」
老婦人が微笑む。
いきなり孫を紹介されてもまったく動じていないのがすごい。
「さあ、いらっしゃい、ラナちゃん」
「おばあちゃん……」
うん、これでいい。
ラナからの依頼は達成したし、集会所からのクエストも完了だ。




