シント・アーナズ【エブリデイ】2 採用試験
そうして激動の一週間があっという間に過ぎた。
「手をつけていない依頼がまだ二百件近く、か」
「容量オーバーよ。なにがなんでも増員ね」
人材募集の試験日を明日に控え、俺たちは事務所に集まっていた。
「誰も来ない場合はどうするのですか?」
ディジアさんのなにげない一言が、努めて忘れようとした現実をあらわにする。
「えーと、なぜ黙るのです」
疲れ切ったウチのメンバーは答える気力がなかった。
「ディジアさん、きっと来ますよ……たぶん」
「たぶん、ですか」
「いっぱいお菓子くれるヒトがいいな」
「それはわたくしもそう思います」
お菓子をくれる冒険者っているんだろうか。
世界のどこかにはいるのかも。
「ディジア、イリア、はい」
「アメですね」
「やった! アメだ!」
身近にいた。
そういえば前もアリステラは子どもにアメをあげてたっけ。
「逆に百人くらいきたりして」
「ラナ、そんなわけないさ。百人だなんて、そんな……」
言いかけてカサンドラは口を閉じた。
そうだ。未来になにがあるかなんて、誰にもわからない。
★★★★★★
試験日当日――
ウチの庭には人々がごった返していた。
熱気でむせ返りそうだ。
「予想以上に多い」
「これ全部試験するの?」
ミューズさんが驚いている。俺もだ。
集まった冒険者は百人以上。それと見物人も多い。
「ウチもほんと人気になったわねー」
「嬉しいやら、大変やら」
ともあれ、そろそろ時間だ。
俺は一歩前へ出て挨拶をする。
「みなさん、今日はお集りいただいて、本当にありがとうござます。俺はシント・アーナズ。ここ『Sword and Magic Time』のマスターをしています」
集まった人々がざわざわし出す。
「あれがマスター? 巨漢だって聞いたけど」
「いやいや、子どもみたいな見た目って言ってたぜ」
「眼が四つあるんじゃなかったっけ」
聞こえるつぶやきに苦笑する。
俺はどんな風に噂されているんだろう。
「今日は実技試験を行います。試験官はダイアモンド級シングルの冒険者、『撃槍』のカサンドラと、『魔剣姫』アリステラの両名が務めます」
「よろしくさ」
「手加減はしない」
紹介したとたん、おお! と歓声が上がる。
俺よりも騒がれてないか?
しかしそれは当たり前かもしれない。
特にアリステラは最近になって『魔剣姫』という異名で呼ばれるようになった。
「さらに外から採点をする試験官としてラナとダイアナ」
「よろー!」
「よろしく、おねがい、します……」
ダイアナはとても恥ずかしそうだった。
「実技試験を通った方は後に面接を行い、採用するかどうかを決めますので、連絡をお待ちください。では武具を扱う方はあちらへ。魔法士の方は俺が試験を行いますのでこちらへと」
指示通りに動き出す冒険者たち。
「……あれ?」
俺のところに来た人はゼロだった。
魔法士、いないの?
「うそ」
「シント、そんなにうなだれてどうしたのですか?」
「いやー、まさかゼロだなんて」
しゃがみこむとディジアさんが頭を撫でてくれた。
少し元気が出る。
「いないんじゃしょうがない。見物でもするか」
立ち上がって辺りを見回すと、知っている顔が二つあった。
「テイラー夫妻」
「シント、おひさ」
「よう」
アニャ・テイラーとダグマ・テイラー。
前に二度ほどともに戦い、秋にはウチで指名依頼をださせてもらった二人だ。
「まさか、あなたたちも試験に?」
「まあねー」
「ああ」
この二人だったら試験なしで即採用でもいいのだが。
「言ってくれればすぐ雇ったのに」
「そうはいかないでしょ」
「そうそう。試験ならやるさ」
真面目な二人だな。
「では健闘を祈ってます」
「もし受かったらよろしくね」
「もちろん」
テイラー夫妻の参加はとても嬉しい。
二人との挨拶を終えて、邪魔をしないよう裏を回る。
木陰からそっと覗いて見た。
「不甲斐ないねえ! 次!」
「遅い。だめ。無理。次」
アリステラとカサンドラの試験はそうとうに厳しい。
次々と不合格になる。
これ、合格者出るのかな。
ラナとダイアナはペンとメモ帳を持っていろいろ書き込んでいる。
声をかけられる雰囲気じゃない。
「俺はサポートに回るか」
事務所に戻ってタオルとか、包帯とか、水を用意する。
戻ると、なにやら大きな歓声が起こった。
ひときわ大きな男が見える。
身長は二メートルくらいか。
「あんたら有名人だよなあ……へっへっへ」
いやらしい笑いをする巨漢。持っているのは大剣だ。
アリステラとカサンドラの目が細く鋭くなる。
「ダイアモンド級がどんなもんかって来たけどよ、女じゃねえか」
「だからどうしたって?」
「さっさとかかってきて」
「あんたら倒せばよー、おれがダイアモンド級だよなあ?」
この男、試験に来たわけじゃなさそうだ。
ちゃんと受けに来た方々の邪魔だな。
「≪漆黒之迅雷≫」
「ほごわ!?」
申し訳ないけど、びりっと一撃。
巨漢が気絶して、ずうん、と倒れる。
「え?」
「急に倒れたぞ!」
「あ、すみません、ちょっと空けてくださーい」
巨漢のおじさんには退場してもらおう。
次元ノ断裂の魔法を用いて収納。
あとでどこかてきとうなところに置いてくる。
「こ、今度は消えた?」
「夢でも見てるのかしら」
「あ、どーぞ続けてください」
ちょっとばかり変な空気になってしまったが、これでオーケー。
「そう……さね。続けようか。次!」
「こっちも、次の人」
うん、問題なし。
★★★★★★
試験は順調に進んでいる。
遠くから眺めていたかったのだが、存外忙しかった。
怪我をした人に包帯を巻いたり、水をあげたり。
ディジアさんとイリアさんも手伝ってくれている。
そんな時だ。
妙にコソコソしている男を発見した。
「あれは?」
見物客や順番がまだ先の冒険者は試験の様子をじっと見ている。
しかしその男だけはそうじゃなく、別のものをうかがっているようだった。
「ディジアさん、イリアさん、少しお願いします」
その場を離れてそっと様子を見る。
「む、狙いは財布か」
人々のポケットに入った財布へと手を伸ばそうとしていた。
これはいけない。
「≪物体ノ移動≫」
魔力でできた見えない手で、男の腕を掴む。
「な、なんだ! 急に手が!」
「そうれ!」
力いっぱい投げて天高く放る。
で、ついでに≪魔弾≫。
魔力弾をくらった盗人のおじさんが飛んでいく。
方角も距離も計算済み。
空き地に不時着するはずだ。まだ未遂だからこれで許そう。
「ん? なんかいま悲鳴が……」
「人が飛んでなかった?」
気のせい気のせい。
それにしても、試験を行うってのは大変なんだな。
こんなに人が集まれば、中に変な輩が混じるのか
「そうだ。たくさん人が集まっているし、屋台とか出した方がよかったのかもしれない」
食べ物を出したら売れそう。
いつかまたやる時は検討するか。
それから数時間後。
お昼過ぎには試験が終了。
試験管を務めたみんなからの報告が楽しみだ。




