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シント・アーナズ【エブリデイ】1 長蛇

「おめでとう、アーナズ君。今日から君は……ヒヒイロカネ級冒険者だ!」


 冒険者庁長官のアルフォンスさんが非常に興奮した様子で椅子から立ち上がる。

 

「ありがとうございます」


 礼を述べる俺に対して長官はけげんな顔つきをした。


「嬉しくないのかい? 大陸に128人しかいないヒヒイロカネ級なのだが……」

「もちろん嬉しいですよ」


 新しい年が始まってから二か月と半あまり。

 今回、俺は春の納税に加えて、冒険者ライセンスの更新にきた。またもや長官自ら審査を行ってくれたのだが、アルフォンスさんは興奮しすぎだと思う。


「俺よりもウチのメンバーの昇級が嬉しいです」

「そうか! うむ! そうだね! なにせダイアモンド級が二人! ゴールド級が一人! そして超大型新人のシルバー級が一人だ!」


 さすがは冒険者マニアの長官。ウチのメンバーは把握ずみだ。

 アリステラとカサンドラは今回の審査でダイアモンド級シングルに。つまりは一流の冒険者となった。

 ラナは異例の早さでゴールド級トリプル。

 そしてダイアナは年明けから正式に冒険者となり、わずか二か月でシルバー級トリプルにまで上がった。


「まさに少数精鋭だ。しかもギルドランクがまた上がったね」


 ギルドランクは一つ上がってCランク。

 総収入はBランク相当だったが、今回も設備投資したことと、少数での運営なため依頼達成数が規定に届かなかったのだ。


 残念ではあるが、そこは急いでいない。

 

「もう感動しかないよ。たった一年でヒヒイロカネ級とは……うう」


 涙ぐむ長官。

 なぜだ。


 とにかく感動しっぱなしの長官に別れを告げて、外に出る。

 ウチのメンバーが待っていた。


「シントー、終わったの?」

「真打ち登場さね」

「どうだった、の?」


 みんな気になるみたいだ。


「……上がってないわけない」

「まあ、でしょうね」


 ライセンスを見せてみる。


「ヒヒイロカネ級……初めて見たさ」

「天然記念物」


 なんかすごい例えだ。

 

「ちょっと急激に上がりすぎかもね」

「ミューズさん?」

「ううん。なんでもないわ」


 ミューズさんの顔にわずかながら不安が見えた。


「さあ、お祝いよ。戻りましょう」

「そうですね。ディジアさんとイリアさんが待っています」


 今年は最初から大変だった。

 休暇に行ったホーライでは国王の交代劇に関わって、ディジアさんが魔力を取り戻した。

 そのおかげで彼女が冒険者になると言い出し、メンバー全員で止めたのだ。

 しばらく口をきいてもらえなかったな。うん。


 春になって、今日で更新や納税は終わり。

 宴会の準備をディジアさんとイリアさんがかって出てくれた。


 みんなとともに、ギルドへと戻る。

 扉を開けた瞬間。


「おめでとうございます」

「おめでとー!」


 パパアン! とすごい音がして、紙吹雪が弾ける。

 なんだ、これは。

 あと、二人がピカピカの三角帽子をかぶっている。

 どこで買ったのか、気になった。


「ありがとう、二人とも。よく準備したわねー」


 ミューズさんは感心した様子だった。

 他のみんなも。


「今のは……? すごい音と紙ですね」

「クラッカー、というのだそうです」

「お店のおじさんが勧めてくれたんだよねー」


 クラッカー。魔法かなにかかと思った。

 驚く俺を見て、みんな笑顔だ。

 嬉しいな。実感がわいてきた。


「食事を準備するさ」

「みんなはお皿をお願いね」


 もはや慣れたもので、宴会の準備をテキパキと進めていく。

 一時間後には準備完了。

 乾杯をしてからはずいぶんと盛り上がった。


 宴もたけなわとなったころ、ふと対面に座るミューズさんへ質問してみる。


「ミューズさん、昼間にちょっと気になることを言ってましたけど」

「なーに?」


 顔が真っ赤だ。

 泥酔一歩手前といったところか。


「上がりすぎかも、みたいなこと」

「あ~ あれね」

「聞かせてください」

「う~ ほら、マスターがヒヒイロカネ級でしょ? フォールンでもかなり少ない。で、自分で言うのもなんだけど、若くて美人ばかり」


 ミューズさん、機嫌が良さそう。


「ギルドランクもCじゃない。つまりぃ~」

「つまり?」

「……ふが」

「ふが?」


 変な声を出してミューズさんは寝てしまった。


「肝心なことを聞いていない」


 戦慄だった。彼女は大事なことを言わず眠りに落ちたのだ。

 しかしそれもしかたない。ミューズさんはここ連日、納税の準備に追われていたのだ。そのかたわらで通常の業務もこなしていたから、疲労がたまっていたはずだ。


「明日から気持ちを新たにして頑張ろう」


 他のみんなも眠そうだったので、宴会は終わりにする。

 明日一日だけゆっくりと休み、活動を再開することにしよう。



 ★★★★★★


 

 明後日――

 朝にギルドを開けようとした俺は、ミューズさんの言いかけたことを思い知ることとなった。


「行列? なんでだ」


 ウチの入り口近くに長蛇の列だ。

 男性女性問わず、年齢もさまざま。


「あー、やっぱり」

「ミューズさん」


 ドアの隙間からひょっこり顔を出したミューズさんがそんなことを言う。


「さっきまでこんな列はなかったはずなのに」

「開店時間に合わせて来たのよ」

「しかしなぜ」

「短期間で有名になりすぎたのかもね。ギルドランクって雑誌にも載ってるし、いろいろなところで簡単にわかるわ。加えて」

「マスターがヒヒイロカネ級。そして美人揃い」

「シント、はっきり言わないでよ、もう」


 いえ、ミューズさんが言いだしたことです。


「まずいな。全部は受けきれない」

「とりあえず中に入りましょ」


 開店までまだ五分はある。

 一度戻ると、みんなが不思議そうに聞いてきた。


「なにかあった?」

「シント、なんか変な顔してるよー」

「ごめん、みんな。ちょっーと窓から見てくれる?」

「どうしたのさ」


 揃って窓を見たメンバー全員が揃って声を上げた。


「あれ、全部依頼人?」

「うそでしょ!」

「すごい、数」


 とてもじゃないけど、さばききれない。


「シント、今日はもうしかたないわ」

「後ろの方の人は待ってもらうしかないですね」


 困っている人がたくさんいるならやるべきだ。

 ウチは安心、安全のギルド。来てくれたからには、やってみせる。


 と、意気込んだ俺は、次の日にはさらに打ちのめされる。


「昨日よりも人が多い!?」

「いよいよもってまずいわね。落ち着くまでどのくらいかかるかしら」

「シント、いくらあなたでもこれは」

「うーん、どうして急に」


 ディジアさんとイリアさんですら心配するほどの数だった。


「たぶん、昨日来た人が口コミで広めたんだわ。美人が多いってね」


 ミューズさんはそこにこだわりがあるようだ。


「それと、ディジアとイリアもウケがよかったじゃない。それも原因ね」


 昨日は人手が足りず、ディジアさんとイリアさんにも受付だのをやってもらった。

 たしかに喜んでいる人が多かったな。


 冒険者は俺も含めてフル回転だ。

 朝から晩までできるだけ依頼をこなしたが、減るどころか今日でまた増える。


「こんなに困っている人が街にいるなんて」

「シント、驚くところ変じゃない? でもまあ、世界一の人口だもの。加えてウチはけっこう割安だから、火がついたわね」


 冒険者への依頼料は冒険者庁の定めた基本料金がある。個々のギルドによっては基本の報酬から高めであったり、安かったりと様々だ。

 ウチはギルドランクが低かったので安めの設定にしている。もちろん、そうすることで依頼人が増えるかもしれない期待もあってのこと。


「人手がまったく足りない」


 俺とアリステラ、ラナとカサンドラにダイアナ。実働は五人だけだ。

 すでに溜まっている依頼数は五十を超える。


「今並んでいる人たち分を合わせたら百件以上か。これはなかなか」


 頑張っても一人一日三件が限界。最大で一日十五件だ。しかし依頼は毎日舞い込むだろう。


 まるで【神格】の所有者と対峙したかのような圧迫感。

 背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。


「募集だ」

「シント、募集というのはいったい」

「ボシュウ? それってなに?」

「人材を募集するしかない」


 ずっと後回しにしていたことだ。


「ギルドマスター、そろそろ時間さ」

「……次の更新が楽しみ」


 アリステラとカサンドラは平静なように見えて、顔が引きつっている。


「ミューズさん。明日は休業日ですから、今日の分まで受けましょう。ごめんみんな。明日は休みにしたいんだけど」

「だいじょぶだよ! できるだけやっちゃおう」

「うん、やろう、よ」


 少しでも余裕がほしいところだ。

 まずは急ぎの仕事を優先して行い、緊急性の低いものは謝って後に回す。

 間をぬって新しい人員の募集をしよう。


「シント、募集はいいけど、誰も彼もってわけにはいかないわ」

「ミューズさん、しかし」

「マスターがヒヒイロカネ級でダイアモンド級が二人。ラナとダイアナも急上昇中よ。それに見合う実力者がほしいわ。あとは事務員。これは絶対」


 さて、どうする。

 開店時間まであとわずか。

 頭脳をフル回転。計算を巡らせる。


「うん、見えた。実技試験をしよう。前にも言ってたしね」


 アリステラとカサンドラが乗り気だったやつ。

 それとラナには身辺調査をしてもらう。たとえば実は前科者で名前を偽装していないか、あるいはもめごとの多い人物かどうか。

 

 そうと決まれば、すぐに行動だ。

 来週の休業日までに人材募集の宣伝。これは冒険者庁に協力してもらおう。

 依頼は一週間でいったんストップ。


「来週の休業日に実技試験をやろう。試験官はアリステラとカサンドラ。二人は実際に戦闘をして腕を確かめてほしい。ラナとダイアナは外から動きを見て判断。魔法士の応募者は俺が見るよ」

「これは……忙しくなってきたさ」

「望むところ」

「いいね! 楽しそう」

「うん!」


 決まった。

 段取りをすぐに考えなくては。


「ディジアさんとイリアさんはみんなのサポートをお願いします」

「わかっています」

「いいよ!」

「それと同時に事務員の募集もかけましょう」

「きてくれないとまずいわ」


 よし。

 それでは今日も『Sword and Magic of Time』を始めるとしよう。


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