ファミリアバース 18 返事がない。ただのほねのようだ。
試験の間をクリアしてついに最後の部屋にたどり着いたのだけれど、俺もラナも言葉がなかった。
目の前にあるのは、大量の骨だ。
中央に物言わずたたずむ巨大な頭蓋骨は図鑑で見たどの動物とも違うように見える。
「これが【神格】なのか?」
何度か本物の【神格】を見たことがある。しかし、この骨からは特別なものを感じなかった。
ただ、巨大な頭蓋骨に生えている角やら牙やらを見るかぎり、生きていれば恐ろしい存在だったろう。
「これが血を齎すもの……って、死んでるじゃん!」
「そうだね」
ラナががっかりしている。
「この骨の形……まさかだけど、竜? ほんとうにいた?」
おとぎ話の中の存在である竜となんとなく似ている気がする。
ありえない、と思いつつ、ラナの話を思い出した。
世界に23器あったとされる【神格】の一つ。魔竜『ブラッドドラゴン』。
残されている記録が少ない、謎に満ちた【神格】。
「君は誰なんだ?」
頭蓋骨に近づいて、話しかけてみた。
もちろん骨だから返事はない。
足元の骨片を拾い上げる。
これ……動物のものじゃない。
「骨に文字が刻んである。それに……金属だ」
俺が住んでいた小屋は敷地のはじっこにあって、林に中にたくさんの獣がいた。たまに死骸や骨を見かけたが、この骨は質感がまるで違う。
「シント、もう帰ろ? 【神格】なんてなかったんだよ」
「……」
どうだろう?
散らばった大量の骨一つ一つに刻まれている文字は、見覚えのあるものだ。
遺跡の魔法仕掛けにあったもの。
俺が持っている古書にある文字。
思い至った時、どくん、と心臓が高鳴った。
急にめまいがして、膝をついてしまう。
「シント! だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ……ちょっとめまいが……うっ!?」
なにかが自分の中に流れ込んでくる。
これは、竜? じゃああの時の夢は……
「やっぱりすぐに戻ったほうがいいよ! なんかここ不気味だもん!」
ラナの肩を借りて立とうとしたが、それは叶わなかった。
体から魔力が突き抜けて、勝手に魔法が発動する。
≪次元ノ断裂≫でできた異次元の亀裂から、古書が飛び出してきた。
声が出ない。
なにが起ころうとしているんだ。
古書のページがひとりでにめくれて、風が巻き起こる。
そして――
「シ、シントっ! 骨が……」
「吸い込まれてるみたいだね」
「呑気に言ってる場合じゃないよっ!?」
なんとも言いがたい、奇妙な光景だ。
本が骨を吸収している。
あっという間に全部吸って、俺の本は部屋の中を飛び回った。
もうばっさばっさと蝶々みたいだ。
やがて、満足したのか、古書は俺の元に帰ってきた。
ぐりぐりと無理やり懐の中に入ってくる。
なんなの、これ。
「ああっ! シントの体に潜りこんでるぅぅぅぅぅぅ!」
「心配しなくてもだいじょうぶ。懐に入りたいだけみたいだ」
「だ、ダメだよ! おかしいもん! 絶対におかしいって!」
「そうかな。なんとなく可愛くない?」
「えー……」
害はないだろう。殺す気だったらすでにしかけてきているはずだ。
それよりも古書から喜びの感情が伝わってくる。俺も嬉しい。
「な、なんなの……?」
「さあ? 俺にもわからない。けど、好きにさせようよ」
「シント、頭だいじょうぶ?」
ただの本じゃないのは、ここに来る前からわかっていた。
少しばかりぶっとんでいるけれど、動く本があってもいいと思う。
「ラナ、帰ろう。ここにはなにもなかった」
「う、うん……」
古書と骨についてはあとでじっくりと考えよう。
まずは依頼をこなさないと。
★★★★★★
地下から上がると、薄く太陽の光が目に飛び込んできた。
いつの間にか朝になっていたようだ。
「もう朝か」
「あたし、眠くなってきちゃった」
山小屋に戻って立て直した方がいいかもしれない。
「小屋で休んだら?」
「でも、それじゃパパが」
そうだな。捕まったままなら気になって眠れないかも。
「そういえばお父さんってどんな人?」
「パパ? うーん……口がうるさい。めんどくさいくらい。変な言い訳していっつも、ひどい話だ、って言うの」
んー? なんか聞き覚えがあるぞ。
「いつもどんな格好を?」
「スパイだから顔を隠してるよ。あたしにもあんまり見せない」
変わった人のようだ。
たぶんだけど、会ってるな。ラナのお父さんに。
宿で襲ってきた人だと思う。
考えながら入り口方面に向かった時、気配を感じた。
「誰かいる」
「観光客……じゃないよね」
遺跡の窓から、人の姿が見える。
彼女の言う通り、観光客とは思えなかった。
「ラナ、隠れて」
まだ見つかっていない。
顔だけ出して、様子をうかがってみる。
数は八人、に加えて、見た記憶のある人物。
この前、宿屋で俺を襲った男だった。
「シント、誰がいるの?」
「顔を出さない方がいい。待ち伏せだと思う」
彼らが肩につけている紋章を見て、息を呑んだ。
燃え盛る炎と狼をあしらった紋章はラグナ家のものだ。
なにが目的かはわからないけど、ロクなもんじゃない。
「君は逃げるんだ。ここを離れた方がいい」
「えっ!? まさか追手!? やだ!」
「遺跡の逆側から出て、あの小屋へ。俺もあとから行く」
「で、でも、それじゃシントが……」
心配してくれるのか。
ラナはいい子だな。
そっと頭に手を置く。
「なんてことないよ。君さえ無事なら依頼は達成したことになるし、負けるつもりもない」
「ほんと?」
「ああ、だから君は自分のことだけを考えて」
しばらく見つめ合ったあと、ラナはうなずいた。
信じてくれたみたいで、助かる。
彼女が遺跡の逆へ向かったのを見届けてから、外に出る。
待ち受けていた男たちは、俺を見てニヤリとした。
「まさかまさか、本当にシント坊ちゃんでしたか」
頭髪を剃ったツルツルヘッドの男が尋ねてくる。
「あなたは?」
「私はラグナ家に仕える者。ご当主さま直属の部隊『波濤』のディートリヒです。以後お見知りおきを」
うやうやしく礼をする男。
ディートリヒさん、か。聞いたことないな。
「どうやってここに?」
「ああ、探しましたよ。依頼を受けたでしょう? そこからたどりました」
そうか。集会所に行って聞いたんだな。
しかし、途中でラナと会って目的が変わっている。
それなのに補足されるなんて、彼らはとても優秀な部隊のようだ。
「で、遺跡でなにか見つけましたか?」
「観光をしていただけですよ」
「そんなわけないでしょう! 坊ちゃんも【神格】の噂を聞いて来たのでは?」
見抜かれているな。半端な嘘は通じない。
「なにが目的かは知りませんけど、ここには何もなかった。無駄足です」
「ああ、そうでしたか。くくっ……」
うん? この人たち、【神格】が目的じゃないな。どうでもいいって感じだ。
つまり用があるのは、俺か。
「俺になんの用ですか?」
「ああ、ご当主さまがお呼びです。一緒に来てもらいましょうか」
叔父上がなんの用だろう。
心当たりなんかない! と、言いたいところだけど、マールの件だな。
盛大に吹っ飛ばしたから、怒ってるのかも。
「理由を聞いても?」
「私どもは指令を遂行するのみ。内容は知りませんねえ」
「だったら叔父上が直接会いにくればいい。俺は仕事で忙しいんだ」
言い返すと、ディートリヒはわざとらしく首を横に振った。
「やれやれ、これだから子供は……ご当主さまは公国のトップ。言わば王にも等しい。そのような方が一介の少年へ成り下がった者に自ら会うわけもない」
「うん、知ってる」
言い切るとディートリヒは顔色を変えた。
「……なんですと?」
「叔父上は会いに来ない。俺も出向くつもりはない。つまり俺たちが会うことは二度とない、と言いたかったんだけど」
「はあ?」
ディートリヒはこめかみをひくつかせながら、目で合図をした。
素早い動きで『波濤』のメンバーが俺を包囲する。
「シント坊ちゃん、私どもは連れて来いと言われただけです。あなたの状態は問わないのですよ?」
「そうだな、連れて行きたければ足でも折ってみれば? できればだけど」
「……クソガキめ」
怒りをあらわにしてにらみつけてくる。本性を現したか。
「おまえたち! 坊ちゃんを捕縛せよ!」
号令がかかった。
もう戦いは避けられない――




