あとしまつ 1 ミス
繁華街にあるというゴジョウバシのミキヤはすぐに見つかる。
かなり大きな建物と光る看板。そこに大きく店名が書いてあった。
ホーライも新帝国語を用いるのだが、店名や人の名前は東方の文字を使う。
母さんから文字を習ったおかげで読むことができた。
「サブロウさんはどこにいるのかな」
キョロキョロしていると、後ろから声がかかる。
「坊主、こっちだ。あとキョロキョロすんじゃねーぞ」
「あ、サブロウさん」
物陰に潜んでいるサブロウさんを発見。
「連絡をありがとうございます」
「イチロウはちゃんと行ったみてーだな」
「ラナは?」
「裏口を見張ってるとこだ」
サブロウさんの顔は険しい。
「ラナを手伝ってくれて感謝します」
「ああ……最初、嬢ちゃんから聞かされた時は冗談かと思ったが……」
彼は頭をガリガリとかく。
「まさか『あいつ』が内通者だったとはな。ずっと一緒に仕事をしてきたのによ」
人は見かけだけではわからない。特に饗団の人間はそうだ。
冬に入る前、俺はムンゾォさんという人と戦い、亡くした。彼は俺を友人と呼んでくれた人だったのだ。
「調べれば調べるほど怪しかったぜ。だから追ったんだよ。そっちはどうなった?」
「解決しました。大御所様が国王に復帰しましたよ」
「そうか……ふう」
大きな安堵のため息だった。
「裏口に行きましょう。ラナと合流して踏み込む」
「……マジか?」
「大マジです」
奇襲をかける。逃がすつもりはない。
サブロウさんとともにコソコソと裏口まで行く。
警戒されている様子はないものの、気をつけたいところだ。
「ラナ」
「シント!」
彼女もまた物陰で息を潜めている。
「『あの人』は中に?」
「うん、入っていったよ」
「よく見つけたね」
「サブロウさんが助けてくれたんだー」
そうだったのか。
サブロウさんはとても頼れる人のようだ。
「じゃあ行くか」
三人で裏口から入る。
鍵はかかっていなかった。誰かがここへ入り込むなどと考えてもないのか、それとも罠があるのか。
裏口から厨房に足を踏み入れる。
そこにいたのはたくさんのコックだ。
「なんだあ? あんたら、ここは関係者以外立ち入り禁止だが」
「すみません。裏口が開いていたもので、つい」
「いや『つい』じゃねえよ? うん、だめでしょうが」
「ここに『マツナガ』さんという方が来ませんでした?」
その名を口にすると、雰囲気ががらりと変わる。
彼らは顔を見合わせて、手にした包丁を構えた。
この人たち、全員が饗団か。
「さてねえ……知らないが」
「では通してください。自分で探します」
「おっと、ちょーっと一緒に来てもらおうか」
「わかりました。≪魔弾≫」
「ほがっ!」
コックの顔面に≪魔弾≫が炸裂。
前歯が折れて宙を舞う。
一人が倒れると、他のコックが慣れた動きで襲いかかってくる。
「ちょっ……坊主。いきなりおっぱじめんのかよ」
「サブロウさん、彼らはある組織の悪党だ。遠慮なんていらない。ラナ、援護を頼む」
「オッケー!」
ラナのシュリケンが飛ぶ。
厨房が戦場と化した瞬間だった。
「しゃーねーな! 『一影二迅』!!」
サブロウさんが抜き放った剣は、敵を一度の斬撃で二回斬っている。
なんという凄まじい剣技。
「くそが! 生きて帰すな!」
「店長を呼べ! カチコミだ!」
狭い厨房では魔法を使いづらい。拳でやろう。
「≪魔衝拳≫!」
魔法を込めた拳をお見舞いする。
コックたちが持つ包丁を砕き、肉体を撃つ。
戦闘はすぐに終わる。
ラナもサブロウさんもこの上ない相棒だった。
コックたちは全員戦闘不能。問題なく制圧だ。
しかし。
「おや、これはこれは」
厨房へと入ってくる大男が一人。
「当店になにかご不満でもありましょうや」
身長は二メートルくらいあるか。
たくましい肩や腕。そして胸板。強烈なまでの武を匂わせる巨漢だった。
「あなたは?」
「吾輩は店長を務めますゴウゾウと申す者。苦情ならば吾輩が承ります」
でっかい拳を振るい、バゴン! と壁にめり込ませる。
剛力だな。
「マツナガさんはどこに?」
「どこのマツナガさんでしょうか」
しらを切るつもりか。
「一階? それとも二階? あー、地下かな」
地下、と聞いて眉毛がぴくりと動く。
ありがとう。居場所がわかった。
「おい、坊主。先に行け」
「うん、こっちは引き受けるよ。逃げる前にやっつけて」
「わかった」
この二人なら任せられる。
俺は先へ行かせてもらおう。
「行かせるとお思いか?」
「通らせてもらいますよ。≪照明之灯≫」
目くらましを使って一瞬だけ視界を奪う。
素早く脇を抜けて厨房を出た。
「くっ! この!」
「おい! てめーの相手はこっちだ!」
サブロウさんがカバーに入る。助かった。
何事かと目を向ける給仕の人は無視だ。
地下への階段はすぐに見つかる。
一気に駆け下りて、そこで止まった。
「……驚いたな。なぜ君がここに?」
「マツナガさん」
地下にいたのはマツナガ。大御所様の執事をしている人物だ。
彼こそが内通者。そして饗団の一員。
「ちょっとこの店に用事がありまして。奇遇ですね」
「ああ、ほんとうに奇遇だ」
彼は口を歪ませて笑みを作った。
最初に見た時と変わらない帝国風の紳士服を身にまとい、腰へ鞘に納められた剣を差している。
「それで? 用事とは?」
「こそこそと動き回っている人たちに苦情を言いたくて」
「苦情?」
当たり前のことだ。
休暇に来た俺たちをさんざん邪魔してくれたわけだし。
「列車では強盗を。海では海賊を。ここでも新年会をめちゃくちゃにしてくれたし、ひどすぎる。『パイン』さん」
「……」
「あなたがそうでしょう?」
『パイン』は強盗たちに俺の顔写真を持たせ、始末するように指示した人物。
海賊たちを賞金で釣ったのも『パイン』、つまりマツナガだろうと思う。
「あなたが饗団の一員であることも察しがついている」
「……ふむ」
彼はかけている眼鏡を外した。
「なぜ、わかったのかね」
「簡単な消去法です」
俺の情報を知っていて、かつ新年会で賊の手引きができる者。そして主上とも連絡ができる人物と考えれば、マツナガしか該当する者がいない。
「俺の始末は失敗したようですね」
「いいや? 私はなにも失敗していないよ」
そうか。話を聞いてみよう。
「どう考えても失敗に思えますが」
「君は浅いな。強盗や海賊をけしかけたのは君をここへ誘うため。そして力を試すためだ」
「誘う?」
「ああ、そうだ。君は得体の知れぬ人物だが、要注意だと聞いた。まずは賊どもを当てることでどう動くのかを見たんだよ」
真相を追うのであればホーライに来させて利用し、逃げ帰るようであればそれはそれでよし、と彼は語る。
「オユキ……あの女は【神格】の情報を私に言わなかった。拷問して聞き出してもよかったのだが……君を雇おうとしたのでやり方を変えた」
「俺が【神格】を見つけるのは予定通りですか」
「君は見事に【神格】を発見してくれたね。手の平の上でよく踊ってくれたものだ」
「主上も大御所様も?」
「ああそうだ! 王だろうが、天下人だろうが、饗団の前では赤子に等しい。ふははははははは!」
地下室にマツナガの哄笑が響き渡る。
べらべらと喋ってくれてありがとう。おかげですっきりした。
「あなたは詰めが甘い」
「は?」
「【神格】魔珠『鳳玉』は砕けましたよ」
「……なにをばかな」
マツナガはキヨミズの舞台にはいなかった。
戦に巻き込まれるリスクを回避したのだろうが、最後まで見届けなかったのは甘すぎる。
「そんなわけないだろう」
「いえ、事実です」
「……」
「あなたにとっては【神格】を誰が持っていようと関係なかった。主上でも、大御所様でも、持っている人間から奪えばいい」
返事はない。肯定と受け取ろう。
「でも肝心なことが抜けている」
「それはなんだ?」
「なんでもかんでも都合よくはいかないってことだ。俺たちをうまく誘ったつもりかもしれないけど、それはミスだったな。【神格】はもうない」
鼻で笑うマツナガ。
「ミスぅ? 君こそノコノコとここへ来たのがミスだよ。ホーライ一の剣士はヤスナリがごとき愚か者ではない。この私だ!」
腰の剣を抜く。
溢れ出すねばりつくような圧迫感と、不吉な魔力。
禍々しい棘だらけの剣は、まさか。
「くくく……十秒で殺してやろう。邪剣……解放!」
黒い力がマツナガから吹き荒れる――




