【ガラルホルン】船上の大貴族たち【ラグナ】
シント・アーナズがホーライの大御所と会っていた頃――
ガラル公国が誇る大公家専用大型高速船『ラファイエト』は現在ホーライへと船首を向けて大海原を突き進んでいる。
天候はすこぶる良く、太陽の光がさんさんと照りつけていた。
もちろん冬であるため気温に関してはどうしようもできないが、青空を見上げれば気分は良くなろうというもの。
しかし。
「……」
甲板の上に立ち、すぐに到着するであろうホーライ方面を見る男。ガラル公国の主にしてガラルホルン家の現当主オフトフェウスの顔面は少しも晴れ晴れとしていなかった。
「……」
「日差し強くな~い~? 風も強すぎ~」
「姉上、少し黙ってほしい。さっきから文句ばかりだ」
背後から聞こえるのは長女と次女の声。
「フラン姉さまー、もうちょっとこっちに当ててよー」
「うるさいわね。フランベルジュに焼かれたいわけ?」
「それ自分の名前じゃん」
「じゃあはい」
「あっつ!?」
そして三女フランヴェルジュに五女デューテ。
オフトフェウスは頭痛がする思いだった。
表向きは新年の宴、裏向きはホーライの国王と会談をするべく、意気揚々と船に乗り込んだのだが、そこにどうしてか娘たちがいたのだ。
なぜいるのかを聞いてもはぐらかされ続け、すでに二日ほどがたつ。
船室でおとなしくすることもなく、甲板でこうして遊んでいるのだった。
とにかく理由だけでも聞かねば、と改めて向き直る。
「アイシア、剣棋の盤を置いてきなさい。やるなら船室でいいだろうに」
「ふ~ん、だ」
小さい子どもみたいな反応だった。
「ウルスラよ、甲板の上で隊の訓練はよさないか」
「……」
無視、である。
「フラン……船の上でたき火をしてはならんぞ。神剣をしまうのだ」
「だって寒いんですもの。火が付いたらアイシアお姉さまが消すわよ」
ああ言えば、こう言う。
「デューテ、走り回るな。海に落ちる」
「わたしが落ちるわけないじゃん。父様じゃあるまいし」
そして反抗的。
オフトフェウス大公はもはやどうしていいかわからなくなってきた。
「いい加減、理由を話しなさい。なぜ船に乗り込んだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も答えない。
「旅行に行きたいのならあらかじめ言ったらいいだろう」
娘たちが父をじーっと見つめる。
「な、なんだ?」
「ね~、お父さま~ な~んで家にダイアナがいないの~?」
長女の言葉にぎくりとする。
四女ダイアナのことはごく少数の者しか知らない。もしも娘たちが、ダイアナがフォールンにいる、などと聞いたらどうなるのか、想像したくもなかった。
「なんのことだ?」
「父上、隠し立ては無用。確かめましたので」
「ダイアナがどこにいたとて、おまえたちは興味がないはず」
「そうね、わたしが気にしているのはあの子じゃなくて、行き先よ」
まずい、とオフトフェウスは思った。
「父様ー、わたしね、最近フォールンにいったんだー、そしたらね、シントのギルドが閉まってたの。調べたらホーライに行ったらしいって聞いたんだよ」
なんたるフットワークの軽さ。末っ子のデューテは父にしても行動が読めない。
「ね~、ダイアナってまさか~、シントのところにいるわけじゃないわよね~?」
「は、はっはっは、そのようなわけないだろう。少なくとも私は知らないぞ」
「ではダイアナの捜索を打ち切ったのはなぜです? それとほぼ同時に手紙が来ていたのでは? 差出人は、シント、だったはず」
万事休す。
次女ウルスラの圧がすごい。
(なぜバレているのだ! ホテップ! 教えたのではないだろうな?)
隣に立つ第一秘書を見る。素知らぬ顔だ。
「お父さま? 焦ってない?」
「汗だくー」
三女と五女が詰め寄る。もはや隠し通すことはできないだろう。こんなところで暴れられては命に係わるのだった。
「まあ待て、最近まで安否がわからなかったのでな、極秘にしていた」
「で、ダイアナはどこに?」
「ヘイムダル家のギュスターへ命じ、探させたのだ」
「ギュスター兄に? だいじょうぶなのかしら」
「あの人~ 女の子追いかけて~ 捜索なんてしないんじゃない~?」
彼女たちは年上のギュスターから剣の訓練を受けていた時期がある。顔見知りだ。
「いろいろあったようだぞ? 結局は、その、なんだ。シントがダイアナを保護したのだが」
「やっぱり~」
「なぜ黙っていたのですか」
「お父さま、嘘じゃないのよね?」
「抜け駆け―! ダイアナ姉さまのムッツリー!」
特にデューテの言いぐさがひどい。
「待てと言っているだろうに。ダイアナはな、思い詰めて家出をした。サナトゥスも暴走したと聞き及んでいる」
【神格】疑剣サナトゥスの話を持ち出すとさすがに娘たちは黙り込んだ。間近で彼女の発作を見たことがある姉妹たちはむしろ青ざめる。
「シントとその一行がホーライに行くという情報は私も聞いておらんよ。今知ったな、ははは」
疑いの目が向けられる。
娘たちがなにかを言いかけたその時。
「大公さま! 船が一隻近づいてきております!」
船長の声が飛ぶ。
「よもや海賊か?」
だとしたらもはや海賊どもは風前の灯。なにせここには【神格】の所有者が四人もいるのだ。
「ホテップ、遠眼鏡をもて」
「は、これに」
長い筒状の遠眼鏡が手渡される。
伸ばして覗くと、大きな帆船が見えた。帆に描かれているのは狼と炎と。ラグナ家の家紋だ。
そして、甲板上で後ろ手を組み、立っている男。
久方ぶりに見るラグナ公国の主、カール・ラグナだった。
「カール大公だと? なにゆえ……」
「大公さま。いかがなさいますか?」
「船を近づけよ。いちおう警戒は怠るな」
いったいなんなのか、明晰な頭脳を持つオフトフェウスでも先が読めない。
ガラルの船とラグナの船が横づけの状態となる。
お互いの端で、帝国を支える二つの公国、その王にも等しい二人が対峙したのだった。
「お久しぶりですな。オフトフェウス殿」
カール大公が無表情で声をかけてくる。
「そちらは……怪我をしておるようですが」
カール・ラグナの姿に驚く。着ているものは大公の官服だが、顔は絆創膏だらけ。そして左腕を布で吊っている。
「気になさらず。階段から転げ落ちたゆえ」
あり得ない、とオフトフェウスは言いそうになる。
カール・ラグナは【神格】の所有者だ。階段から落ちることなどないし、落ちたとしても怪我などしない。
(あるいは千段もの階段を転げ落ちたのか? まさか……巨大要塞を建築しているのではあるまいな?)
疑惑が浮かぶ。オフトフェウスの頭脳がさまざまな理由を探っていた。
「私もホーライの新年会に参加する予定であるのですよ。今はこうしてあなたの船を見かけ、挨拶によった次第」
「なるほど、新年会ですか。私もですよ。奇遇ですなあ、はっはっは」
「ええ、ほんとうに奇遇でありますな、ふっふっふ」
おじさんたち二人が笑う。
ラグナ大公のホーライ国訪問はいかなる企みか。オフトフェウスは探りたくなった。
(少しばかりつついてみるか)
秋ごろ、娘たち四人が、ラグナの公子イングヴァルにさらわれた件だ。
【神格】の所有者が誘拐、などというあまりにも不名誉なことであったため、公式な糾弾はできなかったわけだが、オフトフェウスとしてはラグナに対する強力なカードになると考えている。
「ああ、そういえばカール殿。秋には娘たちがイングヴァル公子に世話をしていただきましたな」
これは暗に、誘拐を知っているぞ、という攻撃だった。
対してカール・ラグナはというと。
「イングヴァルは数カ月前に勘当しておりますゆえ、どこでなにをしているかは関知せぬところ。むしろなにか知っているなら教えていただきたく」
「なんですと!?」
ラグナ大公の三男イングヴァルの勘当。にわかには信じられない情報だった。
「勘当とは……それはそれは、残念なことですなあ」
「父親としてはまことに残念なこと」
オフトフェウスは背後の娘たちをちらりと見た。
彼女たちは三女の神剣フランベルジュによるたき火を囲んでいるだけで、まるで興味を示さない。
「それでは、オフトフェウス殿。ホーライにて」
「ええ、残る船旅のご無事をお祈りしていますぞ」
「それはこちらも」
ラグナの船が離れていく。
オフトフェウスは即座に指示を出した。
「船足を早めよ。ラグナより先に入港するのだ」
ラグナ家は同胞であると同時にライバルでもある。ささいなことでも負けるわけにはいかなかった。
「……しかし、なんということだ。ラグナ家も新年会にだと?」
招かれても不思議ではないが、そのような話を彼は聞いていない。
「まさか」
水面下で進めている計画が漏れたか、あるいは――
ガラル公国の大公、ラグナ公国の大公、ホーライの国王。年明けに同じ場所で三人の王が会するなど、いまだかつてないことだ。
そしてシント。
波乱の予感を、オフトフェウスは捨てることができずにいた。




