ファミリアバース 16 新しい依頼
観念した女の子を椅子に座らせて、話を聞くことにする。
いちおう、≪物体ノ移動≫の魔法で足を掴んだままだ。
「あたしをどうするの……?」
「どうするもなにも、窃盗したんだから、罪は償わないと」
「違うよ! これは違うの! 緊急的な……避難? 措置……なのー!」
緊急避難的措置。
彼女はそう言った。
食べ物を買うお金がないのか、あるいは別の事情があるのか。
さきほどの言葉は無視できない。帝国、そしてガラルホルンと言ったんだ。
「なんでこんなことを?」
「……」
上目遣いで見てくる。しかし返事はない。
「さっき、帝国とかガラルホルンって言ったよね? どういう意味かな」
「……」
じっと俺を見てくる。品定めをしているような、そんな気がした。
これじゃ話にならないな。
「なにも答えてくれないんじゃ、憲兵に引き渡すしかないのだけれど」
「待った! タイムよ、タイム!」
タイムって、なに?
「お願い! 見逃してよー!」
「まずは話を聞いてからだ」
「うー……」
俺は彼女から目を離さなかった。
やがて――
「やりたくてやったわけじゃないもん……町の中に入れないし」
「入れない?」
「うん、そう。おばあちゃんちに行きたいけど、パパが捕まって。ガラルホルン家の追手もきてるし、わたしのこともきっと殺すつもりだし」
話の筋がめちゃくちゃだな。
「パパ、へっぽこ工作員だから、ここに来る途中に掴まったの。わたしだけ逃げて、おばあちゃんちに行こうとしたら、憲兵とかがいて、ここから動けなかった」
「お父さんが捕まったって……なぜ?」
「パパ、指名手配された。帝国に見捨てられて」
「ガラルホルン家に捕らえられたのか」
彼女は首を横に振った。
「ううん、ラグナ家の人に」
はあああああ?
なんでここでラグナ家が出てくるんだ?
「パパとわたし、スパイしてた。ガラルホルン家にいたんだー。それで剣神教団に潜り込んで、【神格】の情報を手に入れたの」
今度は【神格】だって!?
「それを帝国に伝えようとしたらバレちゃって、ガラルホルン家の人めっちゃ怒った。帝国にも見捨てられて殺されそうに」
ガラルホルンじゃなくて、帝国に情報を?
「逃げる途中でパパがドジをしてラグナ家の人に捕まっちゃった。ほんとサイアク。パパったらべらべら喋るし、わたしがいなかったら何回死んでるか」
「ちょーっと待った! 待ってくれ! 話を整理する」
「え?」
焦っているのか、彼女の話は断片的でとりとめがない。まとめよう。
彼女は父親と共にスパイをしていた。
剣神教団に潜り込んで情報を入手し、所属しているガラルホルン家ではなく、帝国に話をしようとした……ということは二重スパイか。
で、ガラルホルンにバレて追われ、帝国には見捨てられた。
この子の父親は、いまダレンガルトで話題の指名手配犯に違いない。
見せられた写真の男と顔がどこか似ているのは、親子だからだ。
ではどうしてラグナ家に捕まるのか。
推理する必要はない。
誰もが欲する神器【神格】が絡むのなら、ラグナは動く。
偶然でくわしたわけじゃないはずだ。
つまり、俺が受けた依頼を達成するには、この子をラグナ家とガラルホルン家の追手から守りつつ、憲兵に引き渡さなくてはならない。
「なるほど。とんでもないことになってきた」
「なに言ってるの?」
気になることがある。
宿で俺を襲った人物が頭に浮かんだ。
「ちなみに、【神格】の情報ってなに?」
「……」
彼女は押し黙った。
「君、冒険者だよね?」
「ああ」
「だったら依頼する。ちょっと頼りなさそうだけど、報酬なら払うから」
俺が頼りなさそうなのはしょうがない。まだ冒険者になりたてのブロンズ級ダブルだし。
正直に言って、彼女からの依頼を受ける理由はないだろう。
「お願い! おばあちゃんちに連れていってくれるだけで……」
「そこに行ってどうするの。おばあちゃんが巻き込まれるだけだよ」
「うっ……」
「ガラルホルンやラグナは簡単には引き下がらない。帝国に見捨てられたなら、なおさらだと思う」
「そ、そんな……」
彼女は泣きそうだ。さっきのようなウソ泣きではない。
見捨てるのは………………無理だ。
「状況を確認させてくれ。お父さんが捕まったのに、なぜ君まで?」
「……【神格】の情報を持ってるの、パパじゃなくて、わたし」
やっぱりか。
これが逆なら、父親が捕まった時点で話は終わっている。
「おばあちゃんちってどこ?」
「わたしは知らない。会ったことないし。でも名前は知ってるよ。スーナおばあちゃん」
ああ! と心の中で納得する。
この子の顔もそうだし、初めて指名手配犯の写真を見せられた時の既視感はこれだ。
俺にリンゴをくれた優しい老婦人の顔とどことなく似ているんだ。
これでますます見捨てられなくなった。なにせ美味しいリンゴを二つもくれたわけだしね。
「君の依頼を受けよう」
「ほんと!」
「ああ、だけど条件がある」
彼女は、ごくり、と息を呑んだ。
「全てが終わったら、果樹園の方たちに謝ること。食べた分は弁償する」
「えー……だってこれは」
「ダメだ。それができないなら、依頼は受けない」
きっぱり告げる。
そこの部分は絶対に譲れないところだった。
「……わかった。そうする」
「報酬は【神格】の情報を教えてもらう。前払いだ」
「え、それでいいの?」
俺はうなずいた。
「ほんとにあるかなんてわからないんだよ?」
偽情報が多いのは重々承知。
遥かな太古、神々が争ったという大戦の中で、剣神と魔神は相打ちの形で砕け散った。その欠片が【神格】になったとされる。
23器あった【神格】は帝国が分裂と闘争、そして統一が繰り返される歴史の中で、その多くが消息不明となる。
この世界では多くの人々が【神格】の行方を追っていた。
もしも【神格】に認められ、所有者になれば加護により超人と化す。
そうでなくとも大貴族たちがこぞって莫大なお金を払い、入手しようとするだろう。
俺がいた元・実家のラグナが、過去に家を傾けるレベルで【神格】へ大金を払ったのは有名だ。
大金が動くとなれば、偽情報が多いのは当たり前。
しかしながら、ラグナやガラルホルン、剣神教団まで動き出すのであれば、彼女の情報にはとてつもない価値がある。
「別に俺がほしいわけじゃないよ」
「どゆこと?」
興味がないと言えば嘘になるけれど、欲しているわけじゃないんだ。
「もしもなにかがあるなら、それを交渉材料にして帰ってもらう。そうしないと君たちは永遠に追われるしね」
「それはやだよ!?」
驚く彼女。そういえばまだ名前を聞いてなかった。
「俺はシント・アーナズ。君は?」
「わたしはラナ。一流のスパイ」
自分で一流と言うあたり、良い根性をしていると思う。
話は決まった。
新たな依頼は『ラナを無事に送り届ける』だ。




