ファミリアバース 1 追放? いいえ、家出です
「家を出ろ?」
珍しく叔父上に呼び出されたと思ったら、これか。
「おまえが兄上の子だとしても、もはやラグナ家には置いてはおけぬ」
「つまりは追放? それはおじい様が決めたことですか?」
「……そうだ。シント、おまえはラグナ家から追放される」
叔父上が立派に生やした髭を整えながら言う。
ついにこの時が来てしまった。
それにしてもまいったな。『魔法をブッ放して叔父上やおじい様をびっくりさせる』という目標がいきなりなくなってしまうとは。
「おまえももう十六歳であろう。一人で生きて行けるはずだ」
「誕生日はまだ半年先ですけど」
「ん、そうだったか? まあ、大して変わらぬ」
【才能】無しと判定され、小屋に移されてから五年とちょっと。いつかはこうなるかも、と思っていたけれど、意外に早かった……いや、遅かったか。
「それともう一つ、おまえはラグナを名乗ることは許されん」
「わかっています」
これも当然だ。
ラグナ家は【才能】が大好きだから、【才能】がない俺はラグナじゃない。
「それを持っていくがよい」
と、叔父上が机の上をあごで指し示す。
そこには帝国紙幣が十枚くらい置いてあった。
「10万アーサルはある。それでひと月は生きられるであろう」
「叔父上、これとは別に本を一冊だけもらっても?」
「本? 好きにするがよい」
よし。あの本だけは欲しかったから、これでいい。
「これまでお世話になりました」
「……うむ」
叔父上は俺に背を向けて、一言だけ声を出した。
最後におじい様にも会いたかったけど、やめておこう。
追放を言い渡されても、特にたいした感情はわいてこなかった。
そもそも初めから居場所なんてなかったのかも。
そしてなにより、俺には新しい夢がある。
叔父上とおじい様をびっくりさせる、という目標はかなわなかったけど、見たいものがあるんだ。
「蒸気機関車を見てみたい」
近年になって実用化されたという乗り物。炎の魔法によって石炭を燃やし蒸気を作って車輪を回すらしい。すごい機械だと思う。絶対に見たい。
「もう今日中に出ようかな。うん、そうしよう」
本宅から小屋へ戻ろうとする途中で、呼び止められる。
「シント、父上となにを話していた?」
「どうせあれだろ。雑用でも言いつけられたんだろ」
「無価値のてめーにはそれがお似合いだからな! あはは!」
出た。
叔父上の息子たち。俺にとってはいとこの三兄弟だ。
長男・ユリス。均整のとれた長身でかなりの美形。類まれな炎魔法の【才能】を持っていて、いずれはおじい様から【神格】神火アグニを受け継ぐんじゃないかって言われてる。ものすごく疑り深い性格で、今もこうして叔父上との会話を気にしているようだ。
次男・マール。火、水、土、風の四属性に【才能】があって、高レベルに魔法を使いこなす。ずる賢く異常にプライドが高い。かなり痩せていて、ちゃんと食事しているのか心配になる。貴族以外は人と思っていない思想の持主だった。
三男・イングヴァル。残忍で狡猾。口は悪いし、すぐに手が出る。使用人の方たちを殴ったり蹴ったり。しかし魔法の素質は一番だと言われてる男だった。
「珍しいね、三人揃っているなんて」
彼らは俺よりも少し年上だから、もうラグナ家のために働いている。揃うことは滅多にない。
「そんなことはいい。質問に答えろ」
ユリスが目を細くする。魔力が膨れ上がり、威嚇してきた。
「おじい様の命令で家を出ろと言われただけだよ」
「……そうか」
「おいおい、せっかく僕専用の雑用係にしてやろうと思ったのにさあ!」
「つまんねー、もう死んだら? 無価値なんだからよー」
相変わらずだな。この三人は。
と、その時だ。俺の周りに火の球が出現した。
「ユリス従兄さん、なにを」
「わかっているとは思うが……ラグナを名乗るなよ?」
それ、叔父上にも言われた。
しかしながらこの精密な炎魔法のコントロール。火の球が俺の周りを旋回している。すごい技術だ。
でも危ないからやめよう。
火の球を素手で握って消す。ちょっと熱いけど我慢。
「敷地の中じゃ火事になっちゃうよ」
「……!」
彼らとも最後だ。二度と会うことはないだろう。
三人に背を向けて去る。
「外で会ったらイジメちゃうぞー、せいぜい遠くに行けよー」
三男・イングヴァルがそんなことを言う。
だいじょうぶ。会う気なんて、ない。
★★★★★★
「これでよし、と」
小さなかばんにあの本ともらった10万アーサルを入れて、準備は終わり。
持っていくものが恐ろしく少ないので、ちょっとへこむ。
「まずはどこに行こうかな」
お金を使って行けるところまで行って、そのあとは。
「どうするんだ? 働けばいいのかな?」
なにをするにもお金が要るのは知っている。
「家から外に出たことないからなー」
外の世界がどうなっているのか、俺は知らない。本で得た知識はあるけど、実際はどうなのか気になる。
目標を決めなくては。
まずは蒸気機関車。ずっと夢見てた。
そしてお金。生活には必要だし。
最後は……美味しいものをたくさん食べる!
決まりだ。
時間はまだ夕方。
夜にならないうちに街道をたどって、どこか馬車のあるところまで行こうと思う。
広大な敷地を歩いて門まで進むと、ラグナ家の兵士が二人立っていた。
彼らは直立不動で、目を合わせることもない。
叔父上から話を聞いているのか、出て行こうとしても止められなかった。
「さよなら、みんな」
寂しがる人はいないと思うけど、いちおう言っておく。
追放とは言うけど、10歳の時に事実上そうなった。
だからこれは『独立』だ。俺個人の意思で出て行くんだ。
★★★★★★
街を目指して道を進む。
そうとうな距離を進んだせいか、時間は夜になっていた。
「もしかして迷子になったかな」
すぐに街へたどりつけると思ったけど、甘かった。
そうしてさらに進んでいると、背後から馬のひづめや車輪の音がする。
馬車だ。
乗せて行ってくれないかな、なーんて思っていると、馬車は俺の隣で止まった。
「よう、坊主。こんなとこでどうした?」
荷台のおじさんが陽気に声をかけてくる。
「どこか町に行きたいんですけど、着かなくて」
「おめえ、この先にはなんにもねえぞ」
あ、やっぱりそうなのか。
「どうだ? なんなら乗ってくか?」
え、嘘。それ本当? なんていい人なんだ。
「いいのですか?」
「ここで会ったのもなにかの縁だ。無料でいいぜ」
こんなに嬉しいことはない。人にやさしくされたのなんていつぶりだろうか。
「ありがとうございます!」
「なーに、いいってことよ」
ニッコリと笑うおじさん。
感動で気がおかしくなりそう。
馬車に乗り込み、何度もお礼を言った。
そして感動はそれだけじゃ終わらない。
やさしいおじさんが包みを渡してくる。
「ハラ減ってねえか? こいつを食えよ」
包みの中身はパンと干し肉だ。
信じられない。こんなすごい人、世界中探したって他にいないだろう。
「ありがとうございます! いっただきまーす!」
パンと肉は最高だった。薄いけど干からびていないパン。小さいけど変な匂いのしない干し肉。
うますぎる。
「なんてうまいんだ! おじさん、このパンはどこの地方で作られたものなんですか?」
「あ、いや、普通のパンなんだが」
「うますぎて何枚でも食べられそう!」
「あ、ああ……そう言ってくれて嬉しいぜ」
あっという間に全部たいらげてしまった。
家を出てそうそう、俺はとても運がいい。
「……」
それにしても、食事をしたら眠くなってきたな。
昨日も夜ふかしをしていたし、おじさんには悪いけれど……
「坊主、どした?」
「あ、いえ、ちょっと眠くなってしまって」
規則的に揺れる馬車は手強い。眠気がさらに加速してきた。
「寝とけよ。目が覚める頃には町に着いてるからな」
お言葉に甘えさせていただこう。
もう無理だ。意識を保てない。
……
…………
………………ZZZ
★★★★★★
……
……なんかスース―する。さむい。
「ん?」
体を起こして目をこする。
妙に肌寒い。
「なんだ? 俺、服着てないんですけど」
よく見たら全裸だった。下着も身に着けていない。そりゃあスース―するね。
「んー? ここどこ?」
冷たくよどんだ空気。カビと土の匂い。そして、鉄格子。
牢屋か、ここは。
「牢屋って、なんで?」
意味がわからないのだが。