表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/526

サナトゥスの呼び声 終 子どもみたいな

「シント、平気?」


 後ろからかけられた声に振り向く。

 戦いを終えた三人、アリステラ、ラナ、カサンドラが立っていた。


「俺は平気。みんな怪我はない?」


 三人とも、たいした疲労もなく、無事だ。

 饗団の戦士たちを相手に圧勝だった。彼女たちはほんとうに強い。


「あたしらは問題ないさ」

「ダイアナはだいじょうぶ?」


 ラナがダイアナの顔を覗き込む。

 

「あ、う、うん。わたしは、だいじょう、ぶ、です」


 だいぶバツが悪そうなダイアナは、うつむき加減だった。


「もー、無事でよかったよー」

「一人で行っちゃ、だめ」

「心配したさ」


 三人とも、怒っているというよりは安堵の方が大きい。

 彼女たちの言葉に、ダイアナはどうしていいかわからない様子で戸惑っている。

 もしかして怒られると思ったのかな。


「やっと終わりましたね」

「みんなだいぶ走り回ったんじゃない?」


 ここでディジアさんとイリアさんが、人の姿となる。

 二人はダイアナの手を取り、強く握った。


「疲れたでしょう? 我が家に帰りましょうか」

「戻ってお菓子食べようよ」


 ダイアナは沈みこんだままだ。


「で、でも……みんなに、迷惑……かけた、から。すごく、申し訳なくて、合わせる顔、なくて」


 それはそうだ。

 けど、彼女はここで一歩踏み出さないと、なにも変わらない。

 

「ダイアナ、迷惑だなんて言わなくていいんだ」

「シント……」

「ここにいる俺たちだって、最初は仲間じゃなかったし、お互いに迷惑をかけてかもしれない」


 アリステラに目を向ける。


「例えば、アリステラと初めて会った日はすごかった。剣で斬られかけたからね。しかも本気で。死ぬかと思ったよ」

「シント、それ言わないで」


 ダイアナどころか、ラナやカサンドラもびっくりしている。


「ラナはサルで、果物を盗んでたから俺が捕まえることになった」

「わたしサルじゃないよ! あと果物の話は記憶から消して! お金ちゃんと払ったし謝ったもん! 黒歴史だからそれ!」


 黒歴史ってなんだ。

 黒い歴史……闇に葬りたいってことだろうか。


「カサンドラとは敵対していたしね。そのあと怪獣とも戦ったんだ。ほんとうに大変だったな」

「まあ、最初はそうだったさ。絶望の暴君に関しては……いい思い出さね」

「でも、みんな、一緒……なの?」


 その通り。

 いろんなことがあって仲間になった。

 俺にとっては大切な思い出だ。


「俺にできたくらいだから、君ならもっと簡単にできるよ」


 ダイアナの頭を撫でる。

 すると彼女は、ぽろ、と涙を流した。


「う……」

「あー、シントってば、泣かした」


 イリアさんが、よしよしとさらに頭を撫でる。

 すると。


「うえええええええええええええん! ごめんなさいいいいいいい!」


 ぎょっとしてしまった。

 子どもみたいな泣き方だな。

 

「シント、ひどい」

「ミューズに言いつけよーっと」

「ウチのギルドマスターは女泣かせさ」


 いやー、撫でただけなのにえらい言われようだ。

 とはいえ、もう心配はいらないだろう。

 

「もう泣かないでください、ダイアナ」

「やだ、鼻水も出てるから、ほら」

 

 イリアさんがどこからか出したハンカチで顔をふく。

 すがすがしいくらいの泣きっぷりで、つい微笑んでしまう。


「ところでギルドマスター、こいつらはどうするのさ」

「饗団の連中か」


 まだ生きている者が何人かいる。捕まえれば自決するだろうし、なにもしない方がいいように思える。

 

「彼らは放っておこう。逃げるなり好きにさせればいいよ。それよりも、こっちだ」

「杖、かい?」

「ああ、この杖がなんなのか、調べる」


 反魔法を生み出す杖を拾い上げる。

 魔法士にとってあまりに危険な代物だった。

 ダイアナと、【神格】疑剣サナトゥスの力がなければどうなっていたことか。


「さあ、帰ろう。ギルドに戻って食事にするか」


 反魔法の杖を全て回収し、帰路につくのだった。

 


 ★★★★★★



 ホテルに戻った俺たちは、待っていたミューズさんにアミール、そして依頼を出したテイラー夫妻と合流。その場で夫妻に報酬を支払い、チェックアウトする。


 その後、みんなで食事をしてすぐに解散となった。

 ダイアナを始めとしてかなり疲れていたから、ぐっすりと眠ってほしいと思う。


 今は事務所のソファーで一人、杖を眺めているところだ。

 疲れてはいるが、それ以上に気になることがいくつもある。


 反魔法術が込められた杖を全て回収したのだが、一つ残らず壊れていた。

 なにをしても動かないし、魔力のひとかけらも感じなくなっている。

 一度使用したら二度と使えないのかもしれない。要は使い捨てだということだ。


「どういう仕組みか解明したかったのに、これじゃどうしようもない」


 今やもうただの半壊した鉄杖に過ぎない。粗大ごみである。


「シント、眠らないのですか?」

「ディジアさん、イリアさんも」


 お風呂から上がった二人が事務所にやってきた。


「杖なんて眺めてないで、寝たら?」

「寝ますよ。ただその前に考えたいことがあって」

「考えたいこととは?」


 少しだけ、口を閉じる。

 反魔法は机上の空論とされてきた。理由はいろいろあるけど、実現はほぼ不可能。俺が読んだ書物にはそう記してあったのだ。

 

「しかし、実用化された」

「反魔法、ですか」

「ええ。でもまあ、それはいいんです。正直、どうでもいい」

「どうでもよくはないんじゃないの?」


 そんなことはない。反魔法術が存在するとわかったのなら、前もって対応を考えればいいだけだ。


「ムンゾォさんは俺が魔法士と知っていたから、この杖を用意しました。ですが、あとから来た二人……テンダーとナイティは違う。彼らは俺のことなんて知らなかった」


 杖を強く握る。


「それがどうしたというのですか?」

「つまり、あの二人は【神格】を封じるためにこの杖を用意したんじゃないかと考えているんです」

「それは……」

「……確かに」


 反魔法術が神器である【神格】にまで干渉できるのなら、とんでもないことだ。

 それこそ、世界の常識が覆る。

 そうなれば、おのずと社会にも大きな変化が起きるだろう。


「ダイアナの剣を封じようとした、ということですか」

「ええ、間違いなく」

「……」

「……」


 急に二人が黙り込んだ。


「どうしたんですか?」

「シント、わたくしたちはあなたがサナトゥスの力を制御しようとしたとき、奇妙な力を感じました」

「うん、そう。シントを通じて……なにかが流れ込んできたのよ」


 なんの話だろう?

 彼女たちは俺とつながっているらしいから、サナトゥスの力に当てられでもしたか。


「もしかして、なにか思い出した?」

「いいえ」

「ぜんぜん」


 即答か。残念だ。

 疑剣サナトゥスには、他の【神格】にはない不思議ななにかがある。

 彼女たちの思い出が少しでも蘇れば、と思ったが、都合よくはいかないようだ。


「あなたはどう思うの?」

「サナトゥスの力についてですか」

「ええ、聞かせてください」


 ちょっとだけ考えてみる。

 何度か触れたことで、多少は理解したつもりだ。


「仮説でよければ」


 二人がうなずいたので、話を始める。

 

「俺は三度、サナトゥスの力に触れました。そこでわかったことがいくつかあります」


 最初は、古ぼけた屋敷でのことだ。

 ジュールズ社長からの依頼で向かった先にはアヌルタ不動産というお店があり、そこにミーニャさんという女性がいたのだ。

 そして、ダイアナを守護していたらしい俺の曾祖父、シャルル・ガラルホルン。


 曾祖父は故人であり、いるはずのない人間だった。

 後から知ったことだが、ミーニャさんもそう。


「サナトゥスは亡くなった人物を呼び出すことができる、と考えられます」


 二度目に触れた時は、状況が違う。

 俺はあの時、自分の記憶の中にいた。

 そこで自分が覚えていなかった事実を知ったわけだが、亡くなった人間と会話したわけではない。

 過去の映像をただ見せられただけだった。


「父さんと母さんの記憶でした。ものすごい再現でしたよ。あれはもう現実と変わらない。幻覚なのでしょうけれど、驚きました」


 三度目はダイアナとともに制御をした時。

 サナトゥスの魔力が墓場へとゴーストたちを呼び出した。

 

「死を超越しているのですね」

「なにそれ、やばくない?」


 俺は首を横に振った。

 死はあまり関係ないんじゃないかと思う。


「俺が考えているのは、三度の接触の中で、ある部分が共通しているということです」

「……それは?」

「記憶、あるいは、記録」


 今度は二人が首を横に振った。

 話が飛び過ぎたか。


「確証ではありませんが、サナトゥスは人の記憶や自身が記録しているものを具現化しているのではないかと」


 曾祖父さまは先々代のガラル大公だ。サナトゥスが保管されていたなら、触れる機会もあったはず。

 ミーニャさんについては、あの土地に残されていた記憶、つまり魔力の残滓を使用したと考えられる。


「ダイアナがここに来た時、ゴーストが一人現れたでしょう? あれはこの家の記憶と推察されます」

「家の記憶、ですか」

「言い換えるなら、霊子。もっと言うと、魂」


 魔法界において、魂のことを便宜上で【霊子】と呼ぶ。

 霊子は人の根源であり、魔力を生み出しているというのが通説となっている。


「サナトゥスは霊子の一部を記録したり、または生きている人間の霊子に干渉し、記憶を再現できるのではないか。そう思いました」


 俺の仮説は、当たっているかは自信ないけれど、間違ってもいないと考える。

 いま語ったことが一番しっくりくるのだった。


「そしてなにより、二度目の接触でサナトゥス自身と話をしました」

「剣とお話を?」

「ありえないでしょ」


 いやいや。あなたたち、本と剣でしょうが。


「彼は、時間と空間は意味をなさない、と言っていました。記憶を記録しておけるのなら、たしかに筋は通りますね」

「……」

「……」


 機会があればダイアナにも話を聞こうと思う。

 自分の力を確認することは、決して無駄にならないはずだ。


「……シント」

「ディジアさん、どうしました?」

「あなたの頭の中にはなにが詰まっているのでしょうか」

「えーと?」


 真面目に聞かれているのだけれど、なんて答えればいいのだろうか。

 

「ダイアナはもうだいじょうぶだよね」

「はい。きっとだいじょうぶです」


 彼女はもう俺たちの仲間で、大事なメンバーだ。

 もしまた饗団の連中が来るのなら、世界の果てまでぶっ飛ばしてやろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ