ファミリアバース 15 害獣サル退治
一夜明けて――
馬車の待合所を確認したところ、封鎖はまだ続いていた。
やはり指名手配犯が捕まるまで事態は動きそうにない。
急いでもしかたがないと思う。
けれどいつまでも封鎖が解かれないのは困るので、その時は街道を外れた森や山を無理やり越えて行こうと決めていた。
「トーマスさん、おはようございます」
「アーナズ君か。おはよう」
そういうわけで、今日もなにか仕事がないかを確認しに集会所まできた。
冒険者が少ない、と言われた通り、俺しかいない。
「ここを拠点にする冒険者はいないのですか?」
「まあ、ここからちょっと行けばもう大都市圏だから、みんなそっちに行くのさ」
「そうでしたか」
世間話をしながら、依頼を受ける。
採取の仕事は昨日したばかりだから、違うもので役に立ちたいと思った。
「そういえば君は……腕前の方はどうかな?」
腕前、というのは戦闘のことだろう。
自信があるよ、と胸を張ることはできないけど、アールブルクでは戦いの連続だったこともある。
「それなりに経験は」
「もしよければ害獣退治をお願いしたい」
町に入り込んで畑を荒らす獣がいるとの話だった。
「昨日も被害があってね。果物が荒らされたんだ」
「わかりました。なにか情報はありますか?」
「おそらくサルだろうと」
サルがいるのか。
実物は見たことがない。興味が出てきたな。
「ではその依頼を受けます」
「ありがとう、助かる。サルはずる賢くて素早いから気をつけてくれ」
「はい。では」
被害にあった農家の場所を教えてもらい、すぐに出発した。
町に古くからある果樹園で、美味しそうな実をぶら下げる木々がたくさんある。
さっそく話を聞いてみるとしよう。
「ありゃあサルだ。間違いねえ。わしに実を投げてきおった」
「それはひどい」
果樹園の持ち主である老人が、会うなり早口でまくしたてる。
「大きさはどのくらいでした?」
「巨大じゃった! 普通のサルじゃねえ……モンスターかもしれん」
ほんとうにモンスターなら一大事だな。
奴らは時折、帝国内に現れることがある。
「わしのとこだけじゃねえんだ。隣のゲンさんも、もひとつ向こうのダードんとこもやられてしもうた」
ここだけじゃないのか。
被害は思ったより深刻だ。
「憲兵隊には通報しました?」
「したとも! じゃがあいつら忙しいと言って相手にせんのだ!」
指名手配犯の件だな。
ならばできうる限り早く解決したいと思う。
「わかりました。すぐに調査します」
「おお!」
老人の話では、ここ数年、害獣の被害はめっきり減って油断していたのだという。
解決を約束して、すぐさま調べに向かった。
果樹園は広いが、被害を受けた木をすぐに発見する。
たくさんある桃の木の中で、一つだけ実のないところがあった。
木の周りでかすかな足跡を見つける。
「でもこれ」
ほんとうにサルかな?
人間の靴跡に見えなくもない。
「いや、断定するにはまだ早い」
被害にあったっていう別の果樹園にも行ってみよう。
★★★★★★
次に訪れたのはブドウ農園だ。
被害にあった場所を観察すると、痕跡はすぐに見つかった。
「薄いけど、やっぱり靴跡だよね」
残された痕跡は、さっきのと一緒だと思う。
ただ、俺はサルの足跡を知らないので、人であると決まったわけじゃない。
さらにもう一つの場所であるリンゴ農園も調べてみた。
これも痕跡は前の二つと酷似している。
「この近くにいそうだな。しかもサルじゃない気がする」
人だとしたら、それはそれで大問題だ。窃盗になってしまう。
三つの農園の位置関係を考えてみよう。
被害に遭ったのはこの三か所だけだ。
「どこか隠れられる場所を探してみよう」
足跡は途切れ途切れだったりして、追うのは難しい。
しかし、観察しながら歩いていると、リンゴやブドウが落ちているのを見つけた。
「急いで逃げたから落としたんだろう」
すぐに想像できた。
頭に浮かんだイメージを追うように、山の中へ。
ほどなくしてボロボロの小屋を見つけた。
「なんか俺の小屋を思い出すな」
家を出てからまだそんなに時間は過ぎていないはずだが、懐かしく感じてしまう。
人の気配はしないので、中へと踏み込んだ。
散らばった果物の残骸。簡素な寝床。人のいた形跡がある。
「サルじゃなかったか」
害獣退治が悪党退治になってしまった。
さて、ここからどうするか。
もちろん犯人は探す。ただ、こんなところに隠れているなんて、なにか事情がありそうだ。
「ここで待とうかな」
壊れかけの椅子に座り、持ってきた古書を読むことにした。
★★★★★★
昼を過ぎ、夕方にさしかかった時のこと。
がた、と音がして誰かが小屋の入り口にやってきた。
「え? 誰!?」
両腕いっぱいに果物を抱えて現れるショートカットで茶髪の女の子。
知らない顔……のはずが、なんとなく見た覚えがあるのはなぜだろう。
しかし、また果物を盗んできたのか。
現行犯だ。
「おかえり」
「……た、ただいま」
あいさつをすると返してくれたが、呆気にとられている。
本を閉じ、魔法を発動。
「≪物体ノ移動≫」
見えざる魔法の手で掴むのは、足首だ。
これで動けない。
「あっ! ちょっ……足が……」
「君がサルか」
「わたしサルじゃないもん!」
比喩だったんだけど、怒られてしまった。
「あなた誰よ!? まさか……帝国!? それともガラルホルンなの!?」
んー?
今の言葉だけでものすごくキナ臭いな。
「俺は冒険者。帝国でもガラルホルンでもない」
「なんでわたしを……」
なんでって、その抱えた果物が答えだろうに。
「果樹園の方たちから依頼がきたんだ。ちなみにその果物はどこから?」
「こ、これは……」
言い逃れはできない。明らかに盗んできたものだ。
俺は言葉を待った。
しかし――
「う……うええええええええええん!」
なんだ!?
急に泣き始めたぞ。
困った。泣かれるのは想定外だ。
「とりあえず泣くのをやめてわけを聞かせてほしい」
優しく声をかけると、彼女は突然にんまりと笑い、駆け出した。
で、転んだ。
「ぎゃふん!」
「あ、ごめん」
≪物体ノ移動≫で足を掴んだままだから、こうなるよね。
とはいえ、離すつもりはないんだけど。
「いっ……なんなのこれえ!?」
「ウソ泣きはだめだよ。話を聞くまでは逃がさない」
「そ、そんなあ……」
はっきり断言すると、彼女は諦めたようだった。




