サナトゥスの呼び声 2 ギュスター・ヘイムダル
「ダイアナ、ちょっとだけ待ってて」
戦いが始まる寸前、大樹の陰でうずくまるダイアナに声をかける。
返事はなく、顔は下を向いたままだ。
自分の殻に閉じこもったままか。
今度はギュスターさんに目を向ける。
右手に長剣を持ち、左手にはなにもなし。二刀流のはずだがまだやらないらしい。
手加減、ではなく、小手調べ、といったところだろう。
こちらは黒蛇竜の盾を浮かして攻撃に備える。
両手には魔力を集め、いつでも魔法を撃てるようにした。
互いに様子をうかがう。
そして墓地に吹く冷たい風が落ち葉を巻き上げた瞬間、俺たちは同時に動いたのだった。
ギュスターさんは魔法を警戒し、墓石を盾にしながらの移動。しかも速い。
飛び出してきた彼の一撃を、黒蛇竜の盾で守る。
「む、硬いな」
「≪衝波≫!」
お返しの衝撃波を、彼は後ろに大きく跳ぶことで回避。
お互い、ともに山賊と戦ったことである程度の動きを知っている。予測済みの動作だった。
「守りの硬い魔法士は厄介にすぎるな。飛び込めばもろい、という常識は通じんか」
再びギュスターさんがしかけてくる。
身を低くした地を這う動き。
下から斬り上げ、そして振り下ろす。
速い。黒蛇竜の盾に加えて障壁も展開。
なんとか防ぐ。
「そこを動かんつもりか?」
返事はしない。
ダイアナが後ろにいるから、ここを動かないと決めた。
離れて見ているムンゾォさんは、虎視眈々とダイアナに近づくチャンスを狙っている。
だから、一歩も動かずに倒す。
「女の盾となるか。見上げた根性と言いたい。しかし、それで負けては本末転倒だろうに」
なんとでも言えばいい。
「≪魔弾≫」
中距離から放つ魔力弾。
高い精度は必要ない。弾幕を張るために連打する。
「ちいっ!」
ギュスターさんは払いのけながらも、前へと進んでくる。
やはり、強い。
それこそ、【神格】の所有者に引けをとらないと思うくらいだ。
「仕舞いだ! シント・アーナズ!」
「≪地之雷≫!」
迫るギュスターさんに対し、地面を伝う雷撃で対抗。
発動を見た彼は、一瞬の判断で上に跳んだ。
素晴らしい反射神経。しかし、それが仇となるだろう。
跳ぶことを予想していた俺は、すでに空へ向けて狙撃態勢。
ジャンプの到達地点に合わせて≪魔弾≫を撃ち放つ。
「なにっ!?」
鉄を叩く甲高い音がして、ギュスターさんは墜ちた。
だが、ダメージは与えられていない。
ギリギリのところで防いだとみえる。
「何だ今のは……」
撃ち落されたのことで、彼は近づいてこなくなった。
勝機だ。
「≪魔衝撃≫!」
この距離ならこちらが有利。
大きな魔力弾がギュスターさんを狙う。
彼は一発をかわした。
さらにもう一撃。
二発目の≪魔衝撃≫が腰の辺りをかする。
「この威力。まともにくらうわけにはいかん」
「若、出し惜しみをしている場合ではありませんよ」
「ムンゾォ、癪だがおまえの言う通りだ」
小手調べは終わりということだな。
ギュスターさんは左手にも剣を持った。二刀流のお出ましだ。
「撃ちあいといこうじゃないか! シント・アーナズ!」
その場で二つの剣を大きく振りかぶる。
ギュスターさんの長い腕がかすんで見えるほどの速さ。
そして、悪寒が走る。
展開していた黒蛇竜の盾が、衝撃で弾かれる。
そこへ二撃、三撃となにかが撃ち込まれた。
すぐに正体を察する。
風だ。墓地にとどろく轟音とともに、衝撃波が撃ち込まれていた。
「魔法じゃない。まさか、剣で」
「そこを動かんのなら、このまま吹き飛ばしてやる」
彼は笑いを浮かべながら、次々と剣を振り、攻撃してくる。
「【神格】のレプリカ?」
防御をしながらつぶやく。
しかし、ギュスターさんの返答はそれを否定する。
「おれはおもちゃに頼る人間ではない。純粋な剣技だ」
異常なほどの振り速度。彼の腕が鞭のごとくしなり、切っ先が見えない。
遠心力を最大限にまで活用し、空を斬って衝撃を生み出している。
以前、離れたところにいた山賊を倒したカラクリはこれだった。
「おれの才能は【風切】! 終わりだ! シント・アーナズ!」
自分と、自分の【才能】への絶対的自身。
だけどまだ終わりじゃない。
(速すぎて反撃の隙がありませんね)
(魔法じゃないのに、魔法っぽいわ)
イリアさんが面白いことを言ってくれた。
たしかに、魔法じゃないのに魔法みたいだ。
思わず笑みがこぼれる。
「余裕か? それとも諦めたか? こっちはまだまだやるぞ!」
どちらでもない。
考え方を変えよう。
これは、ある種の魔法戦だ。
「魔法戦なら、わりと得意な方なので!」
黒蛇竜の盾を守りの要としつつ、≪自動障壁≫を発動。
両手をフリーにすることで、魔法が撃ちやすくなる。
≪自動障壁≫は守る力が弱いから、一撃を受けるたびに破壊されていくが問題なし。
こちらも攻勢に出よう。
「≪真空之刃≫」
風魔法を二発。
さらに――
「≪魔弾≫」
時間差をつけて魔力弾。
ギュスターさんの顔色が変わった。
≪真空之刃≫による真空の風刃が、彼の衝撃波とぶつかって消える。
遅れていった≪魔弾≫が彼を襲った。
「こんなもの!」
魔力弾が斬り払われる。
そこから飛び道具の撃ちあいが続いた。
「≪真空之刃≫! ≪天之招雷≫!」
夜を照らす雷の光。
ギュスターさんが数歩下がり、距離が空く。
「≪魔衝撃≫!」
「させるものか!」
真正面から≪魔衝撃≫を両手の剣で切り裂いた。
なんという剣。
負けてられないな。
魔法を切り替えながら、連打連打連打。
発生の速い≪真空之刃≫と≪魔弾≫を限界の速さで撃ち続ける。
「ぐうっ……!?」
ギュスターさんの技は、剣が振り下ろされることで発生する。
手数ならこっちが上だ。
やがて、魔力弾の一つが彼の肩をかすった。
たいしたダメージではないが、ようやく通ったのだ。
一発が当たると体勢がわずかに崩れる。
≪魔弾≫をとにかく連打。
「やらせるか!」
耐えかねたギュスターさんが前へ出た。被弾しながらも詰めてくる。
近距離戦をしかけるつもりか。
魔力弾が左手の剣を弾く。
しかし、彼は残った右手の剣を振り上げた。
「悪いが、斬る!」
言い切るのは早いでしょう。
即座に魔法を切り替える。
「≪魔衝拳≫!」
格闘専用の魔法を腕にまとって、剣を受け止めた。
火花が散る。まぶしい。
「なん……だと?」
剣を弾いてから≪魔衝拳≫を解除。続けて魔法を撃ち放つ。
「≪衝波≫」
「ぐはっ!」
至近距離での衝撃からは逃れられない。
口から血を吐くギュスターさんは、よろめきながらも離れた。
「終わりです。勝負はついた」
「……剣との戦いに慣れているな、シント・アーナズ」
「剣士とはけっこうやりましたよ」
そう、アイシアとかウルスラとかフランとかデューテとか。
「認めよう、おまえの強さをな。だが忘れてはいまい。こちらは二人だ」
ムンゾォさんがギュスターさんの脇に立つ。
「若、よろしいので?」
「お楽しみはここまでだ。挟撃するぞ、ムンゾォ」
ここからが本番か。
ムンゾォさんの力量はまだ把握できていない。
「では、やらせていただきましょうか」
ムンゾォさんが剣をすらりと抜いた。
そして――
「……ぐっ」
なにが起きたのか、すぐには信じられなかった。
ムンゾォさんが、ギュスターさんを刺したのだ。
「おい、ムンゾォ。これは……なんだ?」
「あなたを刺したんです」
「な、なぜ……?」
ずるり、と剣が抜かれる。
ギュスターさんの脇腹から、血が滴り落ちるのだった。
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一話3000文字前後。一日二話更新目指してがんばりまっす!




