見事なジャンピング〇〇〇
「長官は誰ともお会いになりません」
憲兵本部につくなり受付でアポを取ろうとしたが、にべもなく断られてしまった。
「いないのですか?」
「あ、いえ、いるのですが……誰も通すなとおっしゃって」
受付の憲兵さんは、困った顔だ。
「いるのに会えないのかー」
いちおう食い下がってみる。
「取次だけでも」
「無理ですね。皇帝陛下以外とは会わないと仰せですし」
これまたずいぶんすごいことを言う。
「なにか問題が起きたのですか?」
「さあ……」
ますます怪しい。是非にでも会いたいところだ。
「今日は諦めますよ」
「すみません」
受付から離れて、出入り口ではなくトイレに入る。
(諦めるの?)
(違いますよね、シント)
「はい、諦めたりはしません」
無理に押し通ることは避けたい。それでは本物のお尋ね者になってしまう。
誰にも気づかれずに行き、長官と会って、知られずに去ろう。
「少しばかり無理をします」
使用するのは≪透視≫と、かぎりなく姿を見えにくくする≪光迷彩≫だ。
光を利用した迷彩の効果時間は10分から15分程度。効果が切れる前に、最上階へ行く。
≪透視≫と≪光迷彩≫を同時使用。
制御が難しく、使ったとたんに息苦しさを覚える。
「魔力の消費が激しいな」
(急ぎましょう)
(頑張って、シント)
魔法は精神状態の影響を大きく受ける。
応援がありがたかった。
二階、三階と上がる。憲兵の数が多く、慎重な歩みを求められた。
かなり厳しい。目が痛くなってきたし、緊張で吐きそう。
四階からはだいぶ人が少なくなる。
五階はほぼ無人。しかし魔法は解けない。一番の難所があるからだ。
長官室の手前には秘書の方がいて、一人は受付。もう一人は護衛をしているのだ。
しかも狭く、隠れられる場所はない。いかに≪光迷彩≫だろうと、気づかれてしまう。
(わたくしたちの出番では?)
(うん、そうそう)
古書と古剣がそんなことを言う。
聞き返す前に、二人はヒトの姿となった。
「ディジアさん、イリアさん、だめですよ」
「いいえ、これでいいのです」
「わたしたちが引きつけるから、シントはその隙に行ってよー」
囮作戦か。
やるしかないな。
「すみません、おねがいします」
廊下の曲がり角に身を潜めて、様子をうかがう。
ディジアさんとイリアさんは、まっすぐに長官室へと向かった。
「なんだ……? 子ども?」
「あら、迷子かしら。可愛いわね」
男女の憲兵さんが驚いている。
「君たち、ここへは入っちゃいけないよ」
「親御さん、どこ?」
とうぜん質問されるのだが、彼女たちは突然左右に別れて走り出した。
「ちょっと! 待ちなさい!」
「なんなの、これ」
「捕まえよう。託児所じゃないんだからな」
「しかたないわね」
と、長官室前が無人になった。
二人とも、やるな。
身をかがめて素早く受付を抜ける。
ノックもせずにドアを開けて入ると、長官はいた。
専用の机ではなく、奥のソファーに腰かけて頭を抱えている。
俺が入ったことにも気づかない。
よし、声をかけてみよう。
「お久しぶりです、長官」
「……誰も通すなと――なっ!」
長官は俺を見て仰天した。
「あ、あ、あ、アーナズ君……」
「どうしました? 顔色がすぐれないようですね」
「い、いや、待て! どうやって……」
「ドアは開いていましたけど」
「そうではない! 君には……」
「殺し屋を放った、ですか?」
長官は息を呑んだ。目をぎょろぎょろさせて、必死になにかを考えている。
「……なんのことだか」
「知らぬ振りはなしです」
≪次元ノ断裂≫を使い、収納しておいた暗殺者を取り出す。ギルディ・ブラザーズの死体に、気絶した暗殺者が四人。
「八人だと……? 一流の暗殺者なのに――ハッ!?」
慌てて口を押さえても遅い。
「長官、どういうことですか」
「い、いや、私はだね」
顔中が汗だらけだ。
ソファーから立ち上がり、逃げ道を探している。
「逃がしませんよ。わけを聞かせてください」
「……」
言わないつもりか。
「そうそう、長官に伝言を頼まれていまして」
「伝言……?」
「影使いさんからです。『よくも騙しやがったなクソ野郎。あとで影使いが挨拶に行く』だそうです」
「な、なんだってえ!?」
顔面の色が青を通り越して、白になる。
「す……すみませんでしたアアアアアアアアアアアア!」
長官は姿勢を正し、その場でジャンプ。そして床におでこをつける。
見事すぎるジャンピング土下座であった。
「上からの指示なんですううううう!」
「待ってください。まずは話を」
「へ?」
涙目で顔を上げる長官。
「い、命は取らない?」
「取りませんよ。でも賞金は取り下げてください」
「もちろんですううううう! すぐに!」
「それと饗団の話もお願いします」
「うっ……」
饗団の名を言っただけで、またしてもひどい顔色になる。
「それは……無理だ」
「でもあなたは一員なのでしょう?」
返事はない。
「マスクバロンもそうだったのは知っています」
「アルハザード卿……君は彼の部下ではないのか」
「なんの話です」
「私のところに……使いの者が来たんだ。その時に思った……君が饗団を裏切ったのではないか、と」
この人は俺が饗団の一員だと勘違いしていたのか。
「俺は饗団じゃありません」
「……」
「それに、マスクバロンは俺が殺しました」
「…………え?」
「彼はフォールンを吹き飛ばそうとしましたし、大穴事件の首謀者です。まさかあなたも?」
「違う! ま、まさかアルハザード卿が……?」
詳細を知らないところをみると、長官はなにも知らされていないわけだ。
饗団という組織の構造はわからない。が、彼は下っ端ということだな。
「長官、悪い事は言いません。饗団から抜けるんだ」
「そんな……それは……できない」
「考えてもみてください。俺が暗殺者だとしたらあなたは死んでいる。あなたを守る戦士はどこにいるのですか」
「……それは、そうだが」
「饗団はあなたを守るつもりなんてないんだ。捨て駒です」
長官は言葉を失っていた。
「長官にはお世話になったし、ボコボコにしたりはしません」
「ボコボコっ!?」
「影使いさんのことは……まあ、気の毒ですが」
「うひいいいいいいいいいいいい!」
めちゃくちゃ怖がっている。
トールさんは相当な人物なんだろうと思った。
「た、頼む! 命ばかりは」
「ではなぜ賞金をかけたのか、教えてほしい」
なにが狙いなのか、引っかかっていた。
饗団の戦士たちを何度か退けたが、単純な報復には思えない。
「き、切り離せ、と」
「切り離す?」
「そうだ……【神格】と君を……」
狙いはダイアナ……いや【神格】疑剣サナトゥスか。
甘く見られたものだ。
ダイアナは今、ウチのメンバーが守っている。やられはしない。
「饗団の人間はフォールンにどのくらいいる?」
「知らない! 幹部だったアルハザード卿は知っていただろうが、私は……」
命令に従うだけの、哀れな人間。
「外導神はもう倒した。時空の門も閉じているんだ。なぜ【神格】を狙う?」
「げどうしん……? じくうのもんとは……」
不思議そうな顔をする長官。
これも知らないようだ。
質問を変えよう。
「黒幕は誰?」
「私に言えることは……ほとんどない。なにも知らないんだよ! 幹部が姿をさらすことはない! 連絡だって使者が来るだけ! 私は権力のために利用しただけなんだ!」
逆だな。利用されているだけだ。
幹部は姿を現さない。つまり、徹底した秘密主義。少しずつだけどわかってきた。
俺とダイアナを引き離すのが目的なら、ホテルへの襲撃が始まっているかもしれない。一度戻るのがいい。
「では長官、賞金の取り下げを。あと、身の振り方を考えた方がいい」
「なんのことだ……?」
「任務に失敗したら消されるのでは?」
「あ、ああ……」
がっくりとうなだれる長官を残し、部屋を出る――




