シント・アーナズ【アサシネイション】2 不吉な影
「ミュラーさん、ほんとうにありがとうございました。それと巻き込んでしまって」
ミュラーさんは手の平を向けて、俺のセリフを途中で止めた。
「いや、いい。それよりも、どうするつもりだ」
「この人、裏社会の人間ですよね?」
「そうだろう。誰かが裏で君に賞金をかけた」
「だったら、俺自身が囮になります」
言い切る。
ミュラーさんは渋い顔だ。
「効果はあるかもしれんがな」
心配してくれているのか。
「普通に調べていても手がかりがなさすぎる。危険を冒さないと情報は手に入らない」
「そこまで言うなら止めはすまい」
ぐったりしているこの暗殺者男もきっと役に立つだろう。
≪次元ノ断裂≫の魔法を使い、次元の穴に回収する。
「待て、アーナズ。いまなにをした?」
「≪次元ノ断裂≫といって――」
「まさか『多次元宇宙理論』か?」
さすがは魔導具店の主。すぐに理解したみたいだ。
「……」
「ミュラーさん?」
「差し支えなければ君の【才能】を教えてほしいのだが」
「俺にはなんの【才能】もないんです」
「なんだと?」
驚いている。
ミュラーさんのこんな顔、初めて見た。
「勉強して会得しました」
「……そうか」
彼はすぐに納得し、それ以上はなにも聞かなかった。
「そのうち、魔法についてじっくり話したいものだ」
「ええ、喜んで」
魔導具店を出て、人が行き交う繁華街の通りに出る。
途端に鋭く尖った魔力を感知する。
どこからか誰かに見られている気がした。
「いきなりか」
俺の首にかけられたのは一億アーサルという大金。
ダイアナの次は俺ということだな。
「ラナ、武器はある?」
「うん、ちゃんと持ってきたよ。シュリケン」
「俺から離れないようにしてくれ」
「りょーかい」
ラナを連れて繁華街を歩く。人目のある場所だから、しかけてはこない。
≪探視≫を使用しつつ、警戒を強めた。
ひとけのない場所へと入り、周囲を確認する。
俺たちにぴったりとついてくるのは、おそらく三人。
物陰や建物を利用し、姿を見られないよう尾行してくる。
(こちらから先制攻撃をしたほうがいいのではありませんか?)
「そろそろいいかもしれませんね」
≪探視≫から≪透視≫に切り替え、怪しげな男たちの居場所を確認、把握。
彼らが三人で一組なのか、単独で来ているのか、気になるところだ。
「ラナ、右手の陰に一人いる。真後ろにもう一人。あとは……あそこの二階だ」
閉店している店舗の二階から、覗く男がいる。
「真後ろのを足止めできる?」
「うん、いいよ。ちょっと行ってくるね」
「ラナ?」
彼女は俺の元を静かに離れる。
ちょっと心配だけど、信じよう。
俺は俺で右手方向の物陰に隠れる男へと狙いをつけた。
指先を向けて撃つのは――
「≪螺旋魔弾≫……」
狙い澄ました一撃。
貫通力を高めた魔力弾が壁に穴を空けて、その先の男に命中。
「ぬぐわっ!?」
叫び声とともに、足を押さえてもがく男が物陰から飛び出る。
次だ。
建物の二階から覗く男に対しても、同じく狙撃。
≪螺旋魔弾≫がガラスを突き破って、覗き魔の肩を貫通した。
「……!」
肩を押さえてうめく男に≪魔弾≫を連射。
一発が眉間に当たり、前のめりに倒れるのが見えた。
ラナが行った方向に振り向く。
路地の先で格闘中だ。
「そーれ!」
「なに!?」
彼女は男に飛びついて、片腕を極める。そのまま反動を利用。腕の関節を取りつつ地面に引き倒す。
思わず感嘆してしまった。見事な技だ。
ラナに絞められている男は、見たところ一般人と変わらない服装で、どこにでもいそうな人間だった。
「≪魔弾≫」
顔面に撃って気絶させる。
これで全員倒した。他に怪しい人間は見当たらない。
「なにか聞く前に倒しちゃっていいの?」
ラナが立ち上がり、聞いてきた。
「あっちに一人倒れているから、その人に聞こう」
≪螺旋魔弾≫に足を貫かれた男がほふく前進で逃げようとしている。
冒険者風を装った衣服で武器は持っていないように見えるものの、腰にさしている細い筒が気になった。
怪しいから破壊しよう。
「≪魔弾≫」
腰を狙い、筒を破壊しつつとどめだ。
「ぐふうっ!」
「しまった。話を聞くつもりだったのに」
地面を転がる男は、すでに気を失っていた。
そばに駆け寄って筒の残骸を調べてみる。
「吹き矢かなー。持ってる人はじめて見たよ」
吹き矢とはまた、変わった武器だ。
しかしまいったな。これじゃ話が聞けない。
とりあえず≪次元ノ断裂≫で全員回収しよう。
「それにしてもラナ、いつの間にあんな技を?」
見事な関節技だった。身の軽さを利用し、足で首を絞めて腕を極め、反動を利用して地面に投げる。絞め、極め、投げ、と三つも合わさった高度な技に見えた。
「前にシントが言ってたでしょ? フランヴェルジュ様を寝技で倒したって」
レイドラム男爵事件のあと、ガラルホルンの第三公女フランヴェルジュと戦闘になり、最終的に寝技で倒した。
「【神格】の所有者でも寝技で倒せるんだったらー、ってアリステラとカサンドラと一緒に寝技の訓練してたの。寝る前とかに」
いつの間にそんなことを。
びっくりだ。
「でもね、結局汗かいちゃうからまたお風呂に入るんだけど」
「まあ、そうだろうね」
ラナは情報収集に長けた諜報員的役割である。それが戦闘力まで身に着けたなら隙がない。より幅広く依頼が受けられるだろう。
みんなどんどん強くなっている。
俺も頑張らないと。
路地に倒れる男二人を次元の穴に回収。
続けて覗き魔のところに行こうとした、その時。
「え……な、なに?」
後ろにいたラナが言う。
振り向いて、怖気が走った。
「ちょっ……なにこれ?」
(シント! ラナの体が!)
(吸い込まれてる!)
ディジアさんとイリアさんが悲鳴を上げるのも当然だった。
彼女の下半身が石床に埋まっている。
考えるより早く体が動いた。手を伸ばし、ラナの腕をつかむ。
「なんだこれは」
恐ろしいことが起こっている。
床に現れた黒い影が、ラナを下へ引きずり込もうとしていたのだ。
「あ! シント! 後ろ!」
引っ張り上げたラナが俺の後ろを見て叫ぶ。
「黒蛇竜の盾!」
状況がわからないからがむしゃらだ。真後ろに向けて盾を飛ばす。
「盾? なんだこりゃ」
男性の声。
魔法の発射体勢のまま、振り向き、新手の敵を確認する。
黒革のジャケットにパンツ。切れ長の目をした男。髪の色は黒がベースなんだろうけど、白髪も多く、まだら模様だ。
異質な魔力と雰囲気。いま倒した男たちとは明らかに格が違う。
「二億アーサルだもんな。一筋縄じゃいかないか」
そう言って、男は地面に沈んだ。
夢でも見ているのだろうか。
予断は禁物ながら、自分の影に沈み込んだとしか思えない。
あとなにげに一億増えてないか。
「シント、アレはヤバいよ」
「ああ、たしかに」
空気がひりひりする。心臓の鼓動が高まってきた。かつてない強敵になりそうな予感だ。
「ラナ、足元に気をつけてくれ」
影のあるところは危険だ。
さっきは音もなくやられた。
まさに不吉な影が忍び寄る、ってやつだ。




