死へのいざない 3 サナトゥスの鼓動
ダイアナの悲鳴が空に響き渡った。
彼女が持つ【神格】疑剣サナトゥスから重苦しくも巨大な魔力が噴出し、空間そのものを捻じ曲げる。
「なんだ? おい、シント・アーナズ、これも魔法か?」
「俺じゃない」
ギュスターさんは空を見上げながら、聞いてきた。
気づけば、空が赤くなっている。
商業区の中央通りを歩いていた人々は、あまりの不気味さにみな上を見ていた。
「ダイアナ、どうしたの?」
「だ、だめ……力が……」
彼女は俺にしがみつくようにして、強く呼吸を繰り返している。
疑剣サナトゥスが明滅し、考えられないほどの魔力を放出しているのがわかった。
「これは」
間近から深く重苦しい魔力にさらされて、気分が悪くなる。
伝わってくるのは、哀しみにも似た感情。
『フォールンの大穴』事件を想起させる危険な状況だ。
どう対処するかを考えようとしたその時。
「へ……な、なんで……親父?」
誰かが言った。
「そんな……あなた、死んでるはず……」
もう一人が驚く。
そして、空間内に次々と半透明の人物が現れた。
範囲が広すぎる。
今はまだ呆気にとられているだけで、時間がたてば街中が混乱するだろう。
「だめだ。このままではまずい」
奥の手だ。
根本的な解決になるかはわからないが、≪空間ノ移動≫でギルドの事務所へとダイアナを移動させよう。
「ダイアナ、ごめん。≪空間ノ移動≫!」
魔法が発動。しかし、ダイアナはそこにいたまま。
移動ができない?
消されたのか?
サナトゥスに?
ありえない。
ありえないが、受け入れるしかない。
「い、いやあああああああああ! こないでええええええええ!」
まずい。
女性が一人叫び出し、混乱の連鎖が始まろうとしていた。
ギュスターさんに目を向ける。彼はまたしてもあごに手を当てて、目の前に現れた人物を凝視している。
「ふむ? 母上は疫病で死んだはず。最後もおれが看取った。それがなぜここにいる。まあ、夢か幻か、また会えただけでもよしとしよう」
さすがと言うべきか、混乱はしていない。
一方でムンゾォさんは脱力していた。
「ネリー……ああ、なぜ、君が……」
ネリーという少女を見て、我を失っているようだった。
彼は動けそうにない。
そして、俺たちを取り囲んでいた謎の男たちは、戸惑いながらも正気になりつつある。
どさくさにまぎれて、じりじりと近寄ってきているのだった。
「時間はないか。どうする? せめて混乱だけでもさせないようにしないと」
これだけの数がいっせいに走り出したら、巻き込まれて踏み潰される人も出てくるだろう。
俺は息を大きく吸った。上体を反らし、限界まで肺に空気をためる。
吐き出すと同時に魔力を乗せて声を拡張した。
「これは魔法のパフォーマンスです! 害はありません! 繰り返します! これは魔法のパフォーマンスです! 特に害はありませんので、そのまま帰ってください!」
大音量が空気を介して広がる。
騒然としつつあった場は、奇妙な雰囲気に包まれた。
「魔法……なのか?」
「え、でも」
「だってこれ、ウチの母ちゃん……」
ダメか。さらにもう一丁。
「今からここで記念日に向けた会場の工事をしますので! ここから離れてくださーーーーーーーーーーーーーい!」
かなり苦しい言い訳だ。通じるかどうかは、わからない。
誰もが神妙な顔をしていて、その場から離れようとはしなかった。
「シント・アーナズ、おまえはぬるいぞ。去らせたいなら魔法を放て。それが一番いいだろうに」
「だめですよ。それよりもまずは彼らをなんとかしないと」
「どこの賊かは知らないが……ガラルの姫を襲おうというのなら容赦はできん」
ギュスターさんが剣を抜く。
身を低くして人の間をすり抜け、怪しい男を突き刺した。
「……!」
「貴様はどこの手の者だ? んん?」
どさり、と倒れる。
「ちょっと……え? さ、刺した?」
「なんで!? 通り魔……?」
不可解な出来事の連続に、誰もが首をかしげている。現実味がないのはこちらも同じだ。
「さあ! さっさと去れ! ガラルホルンだ! ガラルホルン家の命令を聞け!」
ガラルホルンの名を出されると、街の人々は徐々に下がっていく。
「ガラルホルン家にたてつく者はみなはりつけだぞ! はーはっはっは!」
やりすぎでしょう。
みんな怖がってます。
とはいえ、効果はあった。
疑問を感じつつも人々は走り去る。
ほどなくして中央通りに残ったのは、俺とダイアナ、ギュスターさんと放心状態のムンゾォさん。さらには、冒険者風の男たちが五人。
「ほうら、これでいい。そうだろう、シント・アーナズ」
「ガラルホルンの印象が悪くなりますよ」
「もとより恐怖の対象でしかないのだからな。構わないだろう。というかムンゾォ、いつまで呆けている。起きないか!」
「……ハッ!」
ムンゾォさんは我に返ると同時に剣を抜く。
「さて、奴らにいろいろと事情が聞きたくはないか? おれは聞きたい。なあ、ボケボケのムンゾォ」
「すみません。醜態をさらしました」
ギュスターさんは男たちに剣を向けた。
道が広い中央通りは、遮蔽物も抜け道もない。
男たちは逃げられないだろう。
俺も逃がすつもりはない。
「≪魔弾≫!」
先に動く。
二発、三発と魔弾を発射。
顔面を打ち抜き、歯が折れて宙を舞う。
ギュスターさんとムンゾォさんも速かった。刃物を手にした男たちは反撃を許されず、倒れる。
瞬く間に全員を倒したのだった。
「おい、貴様、急所は外してやったぞ。黒幕を吐いてもらおうか」
「……」
まだ意識がある男はなにも喋らない。むしろ笑みを浮かべる。
瞬間、とても嫌な予感がわきおこった。
「ギュスターさん! ムンゾォさん! 止めるんだ!」
「とめる? なんの話だ」
「……若、まずい!」
男たちは震える手で、自分ののどをかき切った。
俺が魔力弾で歯を折った男もそうだ。
「自決、だと? なんという愚かなことを」
「こいつらはいったい」
負けたら自殺。そんなことをする人間は一つしか思いつかない。
「饗団か」
「シント・アーナズ、それはなんだ。説明を求める」
ギュスターさんが剣の切っ先を突きつけてくる。
「……」
ムンゾォさんは黙り込み、俺をじっと見ていた。
説明をしている時間はなかった。ダイアナを避難させなくてはならない。
地面に座り込む彼女の顔を覗く。
「ダイアナ、落ち着いて。俺を見るんだ」
「……はっ……はっ……」
空はまだ赤いままだし、半透明の人間達も消えていない。
「君はどこにもいかない。いかせない。だからだいじょうぶだ」
だめだ。目の焦点が合っていない。
こうなれば、直接【神格】をなんとかするしかないだろう。
手を伸ばし、疑剣サナトゥスを掴む。
そのとたん、吐き気をもよおすほどの恐ろしい力が流れ込んでくる。
「くっ……」
こちらも魔力を練り上げて対抗。
「う……おおおおおおおおおおおおお!」
サナトゥスと俺の力が拮抗する中で、ふいに視界がおかしくなる。
全ての風景が変わったのだ。
突然の事に、言葉がない。
フォールンの街中にいたはずなのだが、今は違う場所に立っている。
「なんでここに……?」
見覚えがあるどころではない。
「ラグナ……ここは、俺が生まれ育った……」
追い出されるまでにいた場所。ラグナ本家の宮殿。その一室だ。
「移動させられたのか?」
疑剣サナトゥスはなにをしたんだ?
理解が追いつかない。
「なんなんだ、これは!」
宮殿の静かな一室に、俺の声だけが響く――




