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死へのいざない 1 冒険者見習いダイアナ

「ダイアナ、俺と一緒に仕事でもしない?」


 次の日の朝。

 ギルドの営業が開始されると同時に、声をかけてみた。


 とたん、事務所内が静まり返ってしまう。

 メンバーたちは固唾をのんで俺を見ていた。


「シン、ト?」

「たまにはいいんじゃないかと思うのだけれど」


 ダイアナはもう一人で着替えられるし、風呂にも入れる。掃除ができるようになって、食事の準備だってできた。買い物はこの前やったから、次は仕事だ。


「俺としては、できれば君をウチのギルドメンバーとして迎えたいんだ」

「ギルドマスター! さすがにそれは」

「いいのかい?」


 ダイアナ本人よりもみんなの方が驚いている。


「もちろん、ダイアナが望めばだけどね。みんなはどう?」

「わたしはいいと思う」


 アリステラは賛成。


「一緒にやろ?」


 ラナも賛成だった。


「いいんじゃないかい? そもそも人手不足なんだ。どんなことでも助かるさ」


 カサンドラも異論なし。


「うーん、畏れ多いわ。だってガラルホルン家の公女殿下よ」


 ミューズさんの家ははるか昔、ガラルホルン家と親戚だったことがあるとかないとか。

 

「わたしだって落ちぶれまくった家とはいえ貴族のはしくれだもの。家格でいったらずっと平伏しなきゃならないレベルなのよね」


 霊子に刻まれるほどの家格差と言いたいのか。

 気にすることないのに、とは言えない。それが今の社会であり、覆せない絶対的な仕組みなのだ。


「ミューズ、それを言ったらシントはいいのかい?」

「う……」

「そうだよ! シントって元ラグナの王子様でしょ?」


 王子ではない。公子だ。しかも頭に『元』がつくから、今は一般人で冒険者。


「だって、シントはシントだもの」


 どういう意味?

 

「でもまあ……そうね。いつまでも他人行儀じゃ逆に失礼かもね。公女殿下、今からダイアナ、とお呼びしても?」

「あ、うん、それで、お願いします……」


 表情の微妙な変化で、ダイアナが喜んでいるとわかった。


「メンバーとして迎えるのはいいと思う。でも冒険者は危険がつきものよ。少しずつ、着実に進んだ方がいいと思うの。まずは見習い、といったところかしら」


 さすがはミューズさんだ。

 彼女の出す建設的な提案にはいつも助かっている。


「難度の低い依頼を、誰かと組ませてやってもらうのはどう?」

「はい。俺もそう考えていました」


 話は決まった。

 あとはダイアナの気持ち次第だ。


「どう? せっかくここに来たんだし、冒険者ギルドを体験してみるっていうのは?」


 彼女は疑剣サナトゥスを胸に抱き、何度もうなずいた。

 冒険者をやってみたいのでは、と思いついたのだが、当たりだ。


「ミューズさん、なにか仕事はあるでしょうか」

「そうね。じゃあロレーヌ伯爵の依頼を手伝ってもらったら?」


 うん、ちょうどいいかもしれない。

 昼に外へ出ると溶けてしまう体質のロレーヌ伯爵とは、定期的にある植物を届ける長期契約を結んでいる。


「さっそく行こうか、ダイアナ」


 うなずくのを見て、事務所を出るのだった。



 ★★★★★★



「あ! あった、よ!」


 ダイアナが目を輝かせて、報告してくる。

 フォールン近郊の森林地帯へ出かけた俺たちは、『紅血草』という希少な植物を探しているのだが、ようやく一本目を見つけた。


「周りの土ごと切り取って、根まで採取するんだよ」

「こう……?」

「うん、そう。ゆっくりでいい」


 彼女は手袋をはめた手で、ゆっくりと掘り起こしている。

 土ごと袋に入れて終了。


「もっと、いっぱい探す、ね?」

「お願い」


 二、三本あればいいから、そこまで大変じゃない。

 紅血草は大木や岩の陰に生えていることが多く、見逃しがちだが、ダイアナはよくやっている思う。


「そういえばダイアナ。街の外は平気なの?」


 さりげなく聞いてみる。


「う、うん。人がいない、から。見えないの」

「見えないって、魔物?」

「……!」


 彼女はハッとして俺を見た。


「小さい時とか、なにもない場所を見てたでしょ? なにを見てるのかなってずっと気になってたんだよね」

「それは……」


 ダイアナがまたうつむきだしたが、これは聞かなければならないことだ。


「よければ教えてほしい」


 見つめていると、彼女は小さな声で話し始めた。


 六歳くらいの時から【才能】が発動し始め、人ではないなにかが見えるようになったのだという。

 しかし、お母さん以外の家族からはそれを気味悪がられ、なにも言えなくなった。

 なんの才能も持たない俺からすれば奇跡としか思えない能力だけど。


「すごいよ。【細の眼】っていうんだよね?」

「すごい……?」


 それにしても、大叔父上といい、あの子たちといい、気味悪がるなんてひどいじゃないか。

 

「わたし、変、だから。眼なんて、いらないって、思った、の」

「そんなことないよ。ぜんぜん変なんかじゃないね」


 ダイアナの目が大きく開いた。俺の言葉が意外だといわんばかりだ。


「眼の力はとても重要なんだ。事件を解決するために必要だったりするし」

「そう、なの?」

「俺は透視できるよ。魔力の流れを視ることもできる。拡大も可能だ」

「透視……?」

「そう、壁の向こう側とか、服の下とか」

「ふ、服の……した」


 そこで彼女の顔面が真っ赤になる。

 これは……しまったな。失言すぎる失言だ。


 誓って言うが、邪な目的で服の下を透かしたことはない。いや、それでもまずいか。


「服の下を見るのは男性限定だよ」

「男性限定……」


 待て、これはこれで果てしない誤解を生みそうな発言だ。


「なし、今のなし。誰にも使わない。主に悪党のアジトを透かして見たりするんだ」

「慌ててる……?」


 しまったーーーーーーーー!

 逆に怪しまれたぞ。


 だけど、ダイアナは楽しそうに笑い始めた。


「シント、変、だよ? ふふ」

「う~ん」


 不本意極まりないことだが、笑顔を見れたのでよし。


「サナトゥスの力は?」

「う、うん、この子は、よくわからなくて……」


 10歳になり、【神格】疑剣サナトゥスの所有者となった時、彼女の世界は激変したという。

 常に不死者が見えるようになり、時には他の人の前にも表れるようになった。

 その後はますます誰も近づいてこなくなって、ダイアナは部屋から出なくなったそうだ。


「シント、どうしてるかな、って、いつも、思ってた、の。でも」

「外に出るのが怖かったのか」


 悲しそうにうなずくのを見て、胸を締めつけられる。


「わたし、みんなに、迷惑、だから」


 自分が許せなくなる気持ち。

 なんの【才能】も持たずに生まれた俺は嫌というほどにわかる。


「曾祖父さまはいつから?」

「おじいちゃま、たまに出てきて、怒る、の。外に出て、遊べ、って」


 怒る、というよりは孫が心配だったのだろうと思った。

 ただし、あの武人ノリでは、怒られたと考えるのも無理はない。顔からして怖いので、ぶっ飛ばしてよかった。


「ダイアナ、話は変わるけどウチのギルドはどう?」

「うん、楽しい、です」


 それはよかった。

 

「みんなにも協力してもらって、力を制御できるようにしない?」

「サナトゥスを……?」

「君ならできると思うし、俺も手伝う」


 返事はなかったものの、うつむくこともなかった。

 前向きにとらえていると思っていいだろう。


 その後、順調に紅血草を採取して仕事を終える。

 ロレーヌ伯爵にブツを届けて、ギルドへ戻った。


「はい、ダイアナ」

「……え?」


 ミューズさんが満面の笑みを浮かべて、ダイアナに報酬の取り分を渡す。

 

「これ、って?」

「あなたの分よ」

「お金……?」


 今回、紅血草を三本採取したのだが、実はダイアナが全部やったわけで。


「君が達成したから、君の分だよ」


 冒険者免許を持っているわけじゃないから、昇格のポイントが加算されるわけじゃない。

 でも報酬は別だ。働いたら、報酬をもらう。当り前のことだった。


「初めての仕事はどうだったかしら?」

「あ、は、はい、楽しかった、です……」

「次も頑張って」


 なんか嬉しそうだな、ミューズさん。

 待機してたアリステラやラナも、奥の方からこちらを見てうなずいていた。

 みんな、ずいぶんと仲良くなったものだ。


「ダイアナ、お金の使い道は?」

「……思いつかない、けど、お菓子……」


 子どもみたいな使い方だな。

 でもお菓子はおいしいから、賛成だ。


 ダイアナの初仕事は完了。いちおう今後の話もできたし、ウチのギルドは順調だと思えるのだった――


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