ファミリアバース 13 夢の中で
ダレンガルトでの初依頼をこなすため、町から離れて、遺跡があるという方向へ行くことにする。
植物採取ついでに観光できれば、と欲張ってしまった。
町の外に向かう間、町の憲兵と何度かすれ違う。犯罪者を追っているようだ。指名手配されている人はよほどの凶悪犯かもしれない。
だいぶ緑が濃くなってきたきたところで採取を開始。使うのは≪探視≫という魔法だ。
いつも使用している≪透視≫は消耗が激しく、使ったあとは目がチカチカする。
だから負担の少ない術式を使ってみた。
馬車で十日も揺られていたから、あの古書――命よりも大事な本を読み直す時間はたっぷりあったしね。
「≪探視≫」
≪透視≫とは違い透けて見ることはできない。その代わり、強い魔力を見分けることができた。
生えまくっている草の中にいくつか薄く光を帯びた植物が浮かび上がる。
「よし、成功だ」
止血の効能がある『メレディア草』、解熱効果のある『ヒョールの葉』などなど、依頼にあったものがけっこう生えている。
「どんどん採っていこう」
魔力を発する植物を片っ端から採取する。カゴは持ってこなかったから全部≪次元ノ断裂≫で作った穴に放り込んだ。
目的のものだけでなく、強い光を帯びるものもけっこうあって、キノコとか木の実も採ってみる。
そうして夢中になっていたわけだけど、気がつくとかなり道から外れていた。
「しまったな、これじゃ迷子だ。えーと……」
少し先に大きな建物が見えた。
あれは遺跡か。
時間はあるし、ちょっと覗いてみようかな。
有名な観光地とのことで、興味がわいてきた。
しかし、遺跡に近づくと妙な感覚がしてくる。
様子がおかしい。なにか変だ。
「ん?」
見上げると、空がまるで血に染まったように赤い。
なんなんだ、これ。
「どうなっているんだ?」
雨でもないし、雪でもない。空気は重く、ぬるりとした風が吹く。
なぜか危険は感じなかった。
そう、呼ばれているような、不思議な感覚がする。
「夢じゃないよね? でもなぜか……うっ!?」
視線。
巨大な気配。
遺跡の方角から誰か、いや、なにかが俺を見つめている。
あの生き物はなんだろう? 俺を呼んでいるのか?
「角……翼……血の色……なんだ? 急に……」
意識が遠のく。
なにが起きているのかまるで理解できないまま、気を失ってしまった。
★★★★★★
誰かが俺を見ている。
暗闇の中に、それはいる。
どこか懐かしい感じがするのはなぜだろう。
俺はどこにいるのだろうか。
闇の中に光る誰かの瞳だけが、見えている。
「誰だ?」
聞いても返事はない。
見つめていると、魔力の流れが変わった。
凄まじい力。魔法の発動態勢。
まずい。
「≪魔衝撃≫!!」
即座に発動した俺の一撃と、謎の存在が放つ攻撃がぶつかり、爆風と閃光を生んだ。
「なっ!?」
生じた光で、一瞬だけ、相手の姿が見えた。
信じられない。
おとぎ話の中にしかいないはずのものが、暗闇の中にいる。
「竜だって!?」
待て、これは……現実じゃない。
夢だ。
夢の中になぜ神話の存在であるドラゴンがいるのかはわからない。
わかっているのは、現実と変わらない感覚の夢中にいて、攻撃されているってことだ。
「やるしかないのか」
暗闇に光る瞳が揺れた。また攻撃の態勢だ。
普通に考えたら、竜になんて勝てるはずがない。
「だけどこれは夢だ。だったらどんなことでもできるはず!」
暗闇に閉ざされた空間じゃなにも見えないけど、魔力の流れだけはかろうじてわかる。
「≪魔法障壁≫」
発射された攻撃を障壁で遮断。ものすごい圧だ。
でも、耐えられないわけじゃない。
魔力の流れだけに気をつけて、走る。的は絞らせない。
移動しながらこっちもしかける。
俺が持つ最大最強の魔法。
まだ未完成だけど、夢ならできそうな気がする。それをぶつけてやろう。
詠唱を開始。
力ある言葉が術式を編み、流れ込む魔力が形を成してゆく。
【風ノ冬、剣ノ冬、狼ノ冬。星は天より落ち、大地震え、深山を崩す。地の底より来たれり最後の船。我に続け、終末の子らよ。悉く滅ぼせ、災いを。その名は――】
術式の構築、完了。
『≪終焉之滅光≫』
視界全てが消滅の光で埋め尽くされる。
おじい様を驚かすために作り上げた魔法。それがこの――
★★★★★★
「ハッ!?」
飛び起きる。
「もしかして寝てた?」
自問するも答えはイエスだ。俺は寝ていた。
植物採取に来て、順調にいっていたはず。だが、急に空模様がおかしくなって、どうなったんだっけ?
「なんだったんだ今のは」
こんなところで寝てしまうだなんて、長旅で疲れたのかな。
それにしても妙にリアルな夢だった。
「調子に乗りすぎたかもしれない。反省しないと」
リスクも考えずに未完成の魔法を放とうとなどと、未熟者だろうと思う。
ただ、おかげでコツを掴めたかもしれない。
たぶん。
「何時だろう?」
太陽の位置を見る限り、お昼くらいだ。
日差しと微かな風と緑の匂いが心地いい。このまま土の上で眠ってしまおうかと考える。
「いや、だめだ」
まずは町に戻って依頼を完遂したほうがいい。
「さて」
土の上での転がったせいか、服が汚れてしまった。
「≪風纏之陣≫」
自分の体に風を纏わせて汚れを取り払う。コントロール次第ではしつこい汚れも一掃できるんだな、これが。
帰り際、ふと遺跡の方に目を向けてみた。
離れていてもわかるくらい古ぼけた遺跡に、妙な胸騒ぎを覚える。
「時間があればまた来ようか」
まずは戻る。話はそれからだ。




