事件ファイル【山賊退治】 2 鼻が利く男
「ところでシント・アーナズ。おまえの歳はいくつだ?」
町から出発し、緩やかな山道を進むこと一時間あまり。
ちょうど木々が開けた場所に着いた時だった。
馬上からギュスターさんが聞いてくる。
「つい最近、十六になりました」
「そうか。にしてはずいぶんと修羅場をくぐっているように見えるな。ムンゾォよ、おまえもそう思うだろう?」
「いえ、私にそこまではわかりかねます」
「ムンゾォ……甘い、甘いぞ。少年が持っている盾、おかしいとは思わないか」
おかしいとはまたひどい言い方だ。
「失礼、アーナズ君。ギュスター殿は歯に衣を着せぬ人でして」
「いえ、構いませんよ。そういう人は嫌いじゃない」
ギュスターさんは嬉しそうに笑った。
「盾を持っているのに武器はない。盾そのものが武器なのだろうな。違うか? シント・アーナズ」
俺の黒蛇竜の盾を見つめている。
半分くらいは正解かな。
「輝きに質感。見た事のない代物だ。ミスリル製……とは匂いが違う」
「失礼、アーナズ君。ギュスター殿は鼻が利く人でね」
なんだろう、このやりとり。戦う前に疲れそうなのですが。
「お二人はどこから来たのですか?」
「私はガラル公国の出身だ。ムンゾォは南方のエイジフトというところになる」
「砂漠ばかりの国でしてね。今はもうありませんが」
エイジフトは亡国なのか。
「シント・アーナズよ、おまえはどこの出身だ?」
ラグナ公国の都モナーク、と言いかけたところで、ギュスターさんがなにかを見つけた。
「おっと、見ろ、ムンゾォ。これは賊の足跡だ。なあ、そうだろう、ムンゾォよ」
「そうでしょうね」
俺も気づいた。
大量の足跡がぬかるみの上にできている。
「わ……ごほん! ごほん! 失礼、むせました。ギュスター殿、馬はここに置いていきましょう」
「おれの出番か。ムンゾォ、周囲に気をつけろよ?」
「ぬかりなく」
二人が馬から降りて、木につなぐ。
ギュスターさんは地面に這いつくばり、四足歩行でなにかを探しはじめた。
「ムンゾォさん、あれは?」
「気になさらず。探っているのですよ」
ぬかるみがない場所では、足跡が途切れている。
賊の拠点を探しているようには見えるが、なにをしているのか。
彼は地面に耳を当てて、音を聞いていた。
なるほど、と思う。振動を聞ける能力があるなら、魔法要らずだ。
「賊のアジトは遠くないだろう。こっちだ」
「ギュスター殿、そちらは山の斜面ですが」
「ムンゾォ……真正面から行ったのでは奇襲ができぬだろう。ん?」
「いえ、私は草にまけるんですよ。あと蚊にも刺される」
「この寒さでは蚊などおるまい。軟弱者!」
「なんでいきなりキレるんですか」
言い合うのが普通、といった二人を見ていると、面白くなってきた。
いいコンビなのだろうと思う。
ギュスターさんの先導で、道なき道を進む。
降りたり登ったりと忙しい。
急斜面を伝って行くと、崖に出た。
見えたな。山賊のアジトだ。
「見ろ見ろ、ムンゾォ。急ごしらえだが、要塞だぞ」
「このようなところによくもまあ作るものです」
崖の上からアジトが一望できる。
見た目は悪いものの、要塞だ。小屋がたくさんあり、各所から煙が出ていた。
「食事中のようですね」
だいぶ油断している。
飛んで空から魔法の爆撃をしてもいいと考え、やめた。
さらわれた人を巻きこんでしまう。
「さらわれた婦女子たちは見えんな。ムンゾォよ、どうだ?」
「そうですね……中央の一番大きな建物に食事を運んでいるのが見えます」
ムンゾォさんはだいぶ目がいい。
俺はそこまで見えなかった。
「そこにいるわけだな。シント・アーナズ、策はあるか?」
「できれば一人も逃がしたくないので、三方から攻めたいところです」
「三方? 戦力分散の愚を犯すこともあるまいに」
「いえ、あなた方なら問題ないかと」
「ほう……?」
「まあ、そうですが」
ここに着いてからというもの、二人からはただならない空気をひしひしと感じている。
要塞内は入り組んだ様子がなく、それでいて道幅は狭い。包囲される心配がなさそうだった。
「もう少し近づきましょう。敵の数を把握したい」
「いいだろう。ムンゾォよ、行けるか?」
「特に問題は」
崖を器用に降りる二人のあとへ続く。
身のこなしは軽やかで、かなり鍛えられている戦士に見えた。
要塞のそばまで近づき、身をかがめる。
次は俺の番だな。
「≪透視≫」
丸太を組んで作った壁の向こう側を見る。
上から見た賊の数と総合し、約四百人程度と把握した。
「数はおおよそ四百人ほどです。小屋の中にいる山賊たちを加味して、五百人と考えたほうがいい」
「シント・アーナズ、今のは魔法か?」
「ええ、そんなところです」
「聞いたか、ムンゾォよ。透視をしたのかもしれんぞ」
「ギュスター殿、なんで興奮しているんですか」
「おいおい! 考えてもみろ、ムンゾォ。女湯が覗き放題だ」
膝から力が抜けそうになる。
なに言ってんのこの人。
覗きは犯罪です。そんなことはしません。
「声が大きいですよ、ギュスター殿。それよりも、やります?」
「そうだな。では、いざ討ち入りと参ろう」
「私は西側の入り口よりしかけますか」
「俺は二人が入ったあと、少しだけタイミングをずらして正面からやります」
話は決まった。
時間差攻撃によって起きる混乱を利用し、一気にカタをつけよう。




