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事件ファイル【ゴースト・ハウス】 1 ジュールズ社長からの依頼

 『フォールンの大穴』事件からニカ月がたつ。

 街は以前の活気を取り戻しつつある。

 

 一時は大変だった。

 復興の作業を請け負った人々。

 取材をしにきた各地の記者。

 事件調査の命を受けた役人たち。

 そういった人間たちでフォールンの人口は急に増加した。


 他にも噂を聞きつけた冒険者がフォールンへ仕事を求めてやってきたりと、ある意味かなりのにぎわいを見せていたのだ。


「シント、そっちじゃないよ」

「あ、ごめん」


 事件のことを考えていたら、危うく別の道に行くところだった。

 止めてくれたのは、ラナだ。

 依頼を終えたついでにギルドで使う日用品を買いにきていた。


「もー……なに考えてたの?」

「この前のことを」


 『フォールンの大穴』事件ではたくさんのことが起こった。

 疑惑だらけで、終わった今でも考えることが多い。


「そっか」

「あれからだいぶ平和だし、ちょっと考えをまとめようかと思って」

「いろいろあったもんね」

「ガラルホルン家の子たちも本家に帰ったみたいだし、ほんとうに静かだよ。落ち着いて考えられる」


 アイシア、ウルスラ、フラン、デューテは事件後、おとなしく帰ったと聞く。

 ギルドの場所は知られているから、来たらどうしようかと思っていた。


「え? 公女さまなら来たよ?」

「……うん?」


 どういうことだ。

 

「いつ……?」

「昨日」


 噴き出しそうになる。


「待って、ラナ。それほんとうなの?」

「うん。ミューズなんてガッチガチになってたよ。アリステラとカサンドラは怒ってたけど」


 嘘にはまったく見えない。

 いや、意味がわからない。

 なんで来た。


「シント、昨日まで隣町に行ってたでしょ? その間に来たんだよ」


 たしかに俺は仕事で隣町に行っていた。泊まりだったから、フォールンを一日空けていたことになる。


「誰が?」

「全員」

「うおおおおおおおおおおおおおい!」

「ちょっと! どしたの?」


 思わず大声を上げてしまう。俺たちには近づかないと約束したはずだ。


「ごめん、つい」


 ラナから詳細を聞くことにした。

 まず最初に来たのは長女アイシアだったという。


「剣棋の盤を持ってきてたよ。打てる人いない~? って聞かれたけど誰も打てないし、ディジアとイリアが教わってたけど」

「……」


 なんのつもりだろうか。

 アイシアが去ると、入れ違いの形でウルスラがやってきたそうだ。


「一人で?」

「たぶん一人だったと思う。なんか、妹たちが迷惑をかけた詫びだ! って男前なこと言ってお酒持ってきたの。高いお酒っぽくてミューズが感動してた」


 ラナ、さっきからものまねがうまいな。

 それはいい。

 まさかと思うが、俺のいない時を狙ってきたのか?


 ウルスラはお茶を一杯だけ飲み、帰ったらしい。その後、フランが来たという。


「いきなり来てさー、きょろきょろした後、椅子に座って目をつむったんだよ。無言だし、びっくりしちゃった。で、アリステラとカサンドラがむちゃくちゃ怒って」

「ちょっ! またケンカを?」

「ううん、腕相撲してた」


 がくーっと転びそうになる。腕相撲って、なに?

 腕相撲に満足したフランが出て行くと、今度はデューテが来たらしい。


「シントはー? ねえー、シントはー? って言って跳んだり跳ねたりしてたの。元気だったよ」


 もはや言葉もない。


「今日はなにも言われなかったけどなー」

「シントには言わないでって公女さまたち言ってた」

「いやー、いまラナが全部言った気が」

「うん、なんか面白かったし」


 ガラルホルン家の子たちが面白い?

 ラナは大物だ。

 心からそう思う。


「公女さまたちって変わってるね。四人姉妹でみんな【神格】持ってるし、すごい」

「まあね。姉妹揃って【神格】に選ばれたのは奇跡って呼ばれてるくらいだ」


 【神格】が所有者を選ぶ理由と条件はわかっていない。

 神の気まぐれ、と呼ぶのが一番しっくりくる。


「あの人たちと仲良かったんでしょ?」

「どうかな。遊ばれてただけだと思う。一番仲が良かったのはダイアナだし」

「ダイアナって?」

「そうか、ダイアナだけ来てないしね。ガラルホルン家の子たちって四人じゃなく、五人姉妹なんだ」

「そーなの? 知らなかったよ」


 無理もないだろう。

 あの四人が目立ちすぎて、ダイアナのことを知らない人は多いと思う。


「俺と同い年で、十歳まではよく一緒にいたな」

「どんな人?」


 聞かれると、思い出が蘇ってくる。

 無口で、伏し目がちで、おとなしい子だ。

 読書が好きなのは俺と一緒だった。隣に座って本を読み、終わったあとはお互いのを交換して読む、なんてことをしてた。


「あの四人とは真逆で、おしとやかな感じ」

「そうなんだ。もう会ってないの?」

「俺が本家から移されたあとは会ってない。ダイアナはなにかの病気で、家から出られなくなったそうだよ」

「そっか……」


 少ししんみりしてしまった。

 元気でいるといいけど。



 ★★★★★★



「屋敷の調査?」


 明くる日、お昼過ぎにやってきたのはジュールズ社長だった。

 新しい施設を発注したことの打ち合わせと思いきや、違う話だ。


「実は私もよくわかっていなくてね。とにかく腕の立つ冒険者を紹介してくれの一点張りなんだよ」


 社長は困った様子だ。

 知人と偶然に街で出くわし、様子がおかしいので聞いたところ依頼の話になったそう。


「世話になった同業だから見捨てるのも忍びない。それで腕の立つ冒険者といえば、アーナズ君が思いついた」

「依頼の内容はまったくわからないのですか?」

「ああ、わからない。ただ先方はひどくやつれていて、今にも倒れそうだったよ」


 腕の立つ冒険者、と言われて嬉しくないわけがない。

 仕事を受けるのはいいとして、詳細を知りたいところだ。


「依頼人は?」

「三番街の『アヌルタ不動産』。行ってもらえないだろうか?」


 三番街は商業区を抜けた向こう側だ。

 住宅地がたくさん集まった区域になる。


「いいでしょう。ジュールズ社長の頼みであればお断りする理由はありませんから」

「そう言ってくれて助かるよ。私からの依頼ということで」


 みんな仕事や休日で出かけているから俺とミューズさんだけだ。

 しかも俺を指名というからには、やる気がみなぎってくる。


 ジュールズ社長には手続きをお願いして、ミューズさんに声をかけた。


「仕事に出ます」

「ええ、気をつけてね」


 ギルドを出て、件の『アヌルタ不動産』へと向かう。



 ★★★★★★



 大都市フォールンは特色ごとに区域が分かれている。

 商業区や繁華街が有名ではあるが、実のところ一番広いのは住宅地だった。


 俺が住んでいる古街よりは新しい三番街に到着。

 教えてもらった住所に行く。

 アヌルタ不動産はすぐに見つかった。


 心なしかどんよりとした玄関をくぐり、中に入る。

 事務所には誰もいなかったので声をかけた。すると――


「……」


 奥のドアがわずかに開いて隙間から顔が覗いている。

 初手から怪しすぎないか。


「すみません、ジュールズ社長からお話を聞いてうかがいました。冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』のシント・アーナズです」


 名乗りを上げると、スゥ……という不気味な様子で出てくる。

 長い髪の女性だ。濃い茶髪で、顔はひどくやつれていた。


「ああ……ありがとうございますぅ。私、アヌルタ不動産のミーニャ。父に代わりここを」


 だいぶ、というか、かなり元気がない。


「ミーニャさん、依頼の内容を聞かせてください」

「……」


 彼女は下からねっとりと見上げてくる。

 俺を品定めでもしているのだろうか。


「困って、いまして」

「なにか問題が?」

「……ウチで所有している屋敷に住み着いたモノを退治してほしいのですぅ」


 退治の依頼だ。

 悪党か、獣か、はたまたモンスターか。

 先の事件で街中にモンスターが出ない、という常識は覆されたと言っていい。気をつけていかないと。

 

「案内を、しましょう」

「お願いします」


 目的の場所は割と近くにあった。

 静かな住宅街に佇む古い屋敷だ。


「これは」


 ≪探視サーチアイ≫を使わずともわかる。

 深く、重苦しい魔力。屋敷全体を包んでいるのが見えた。


「なにが住み着いているのか、聞いても?」

「……わかりません」

「わからない?」

「でも、いるんですぅ! ソレのせいでウチの父は寝込んでしまい……」


 なんだろう?

 危険を感じる。緊張してきた。


「うーん……わかりました。調査をして、危険なモノがいたら退治します。それでいいですか?」

「はいぃ」


 ミーニャさんはほっとした様子だ。

 だいぶ困っているみたいだから、すぐに取りかかろう。


 少しばかり気味が悪いけど、始めようか。

 『Sword and Magic of Time』を……

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