シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】・終 依頼達成、しかし。
時刻は朝。
目が覚めた。
そしてまた寝た。
これを何度も繰り返して、ようやく体が起こせたのは、二日半過ぎたあとだった。
疲労は感じない。気分爽快だ。
軽く背を伸ばしながらベッドを出ようとすると、目が合った。
「やっと起きましたね。シント」
「もうぐっすり。なにしても起きなかったわ」
ディジアさんとイリアさんがベッドの脇にいる。
心配してくれたのだろうか。
「……ん? 待って。なにしても起きなかったって、なにしたんですか」
「んふふー、秘密」
「イリア、からかってはいけませんよ。なにもしていません」
たまったものじゃないな。
いずれ起きながら寝られる魔法を開発しよう。
「おはようございます。二人とも」
「ええ、おはよう、シント」
「おはよー」
イリアさんが新たに加わったことで、ギルドは賑やかだ。ディジアさんも同年代の友人が必要だっただろうし、俺としては嬉しいかぎり。
まだ誰も来ていない早朝だったこともあり、風呂でさっぱりしてから2人と一緒に事務所へ向かう。
朝食を外でとるか、作るか迷っているとミューズさんがやってきた。
「シント、起きたのね」
「はい。すみませんでした。俺、二日くらい寝てましたよね?」
「いいの。お願いだからもっとゆっくり休んでちょうだい」
だいぶ心配をかけてしまった。
「この二日間でいろいろあったわよ」
「ぜひ、聞かせてください」
「ええ」
ミューズさんから、事件後の話を聞く。
今回の件は『フォールンの大穴』事件と呼ばれるようになった。
知らせを聞いた近隣の帝国軍がやってきて、復興に当たっているそう。
ラグナ公国、ガラル公国からは見舞金が送られ、亡くなった方々の遺族へと分配される。
なぜ空に大穴が開いたのか、どうしてモンスターが現れたのか、そして閉じた理由は調査中とのこと。
おそらくは誰も知る事ができないだろうと思う。
今となっては、全てを知るのは俺だけだ。
「あとは朗報ね」
「朗報?」
冒険者庁と行政府から戦いに参加した冒険者のみならず、憲兵、街の人々に報酬が出た。大盤振る舞いというヤツだな。
そして、フォールンの全冒険者は無条件で一等級昇格。とんでもない措置だと思う。
「おめでとう。ミスリル級トリプルよ」
街全体で得た勝利だ。素直に喜ぼう。
「……はよ」
「おっはよー!」
「おはようさね」
「シントさん! 起きたんですね!」
扉を開けてきたのはアリステラ、ラナ、カサンドラ、そしてアミールだ。
みんな揃ったな。
「そういえば依頼は来ていますか?」
「さっそく来てるわ。復興の手伝いね」
街の各所は破壊され、元に戻るまでは時間がかかるだろう。
人助けの依頼ならいくらでも引き受けようと思った。
「でもまだだめよ。ちゃんと休んでからにしましょう」
「あたしらはいつでもいけるさ」
「やる」
「もっちろん!」
やる気が満ちている。
「しょーがないわねえ」
呆れた様子のミューズさんだった。
個人的にはすぐに動きたいところだけど、ギルドマスターとしてはミューズさんに賛成だ。
モンスターとの戦いはまさに激戦だったはず。
せめて半日はおとなしくしていよう。そう提案したのだった。
みんなでテーブルを囲み、しばし談笑する。
イリアさんはすっかり馴染んでいて、そこら辺をごろごろしていた。
平和だ。
そして、お昼を食べ終えた後――
「失礼。シント・アーナズ様はこちらに?」
入って来たのは、見覚えのある男性。
禿げた頭と横に太い体。
ガラルホルン家の秘書だというホテップさんだった。
「ホテップ卿」
「アーナズ様、こたびは我が主君に変わりお礼を言わせていただきたく」
つるりとした頭を下げる。
「よしてください。俺は仕事をしただけです」
「いいえ。姫さま方は我が国の宝でございます。大公さまもたいへんお喜びに」
ニコニコしながら、なにやら指示を出す。
彼の後ろから事務所に入って来たのは、騎士たちだった。
彼らは木箱をかついでいて、床に降ろす。数は四つだ。
「約束の報酬をお持ちしました。お受け取りを」
俺の背後で空気が変わった。
大叔父上から取り付けた報酬は四億アーサルという大金も大金。
メンバーたちから興奮が伝わってくる。
「それと、大公さまからあなたへの手紙をお預かりしておりましてな」
ガラルホルン家の封蝋がなされた手紙を受け取る。
大叔父上からか。内容が気になるところだ。
「ありがとうございます。中を読んでも?」
「もちろんでございます。では我らはこれで」
「あ、はい――」
改めてお礼を言う前にホテップさんたちは去っていった。
なんか急いでなかった?
「ねえ……ギルドマスター。開けてもいーい?」
目の色が変わっているミューズさんにうなずいてみせる。
「四億アーサル……大金持ちさね」
「姉さん、札束に溺れたらどうしよう」
「落ち着くさ、アミール。溺れたら助けるからね」
どんな会話だ?
まあいい。俺はとりあえず手紙を確認しよう。
封蝋を開けて、中を確認してみた。
『親愛なる我が姪の息子シントへ』
手紙の始まりは普通。
『こたびの任、まことに大義であった。娘たちはみな無事であり【神格】も我が家に戻りしこと祝着である。私は世界中を飛び回っている故、代わりの者へ報酬と手紙を託すこと許されたし』
さすがに大叔父上は来られないだろう。
公国の主自らが来たら、大騒ぎになってしまう。
ただ……『世界中を飛び回る』のところだけ妙に強調されているのは気のせいだろうか。
『さて、我が姪の息子シントよ。報酬の件なのだが、さすがに四億はどうかと思うぞ。現金ともなると用意するのも一苦労――』
なんだって?
その時だ。
「え、なにこれ」
「なんか変な匂いするけど」
木箱を開けたアリステラとラナが不思議そうな顔をする。
「これはなんでしょう?」
ディジアさんが丸い形の変なものを手に持った。
「変な形ー、あと乾いているしー」
イリアさんが取ったのは、水気のない白っぽいなにかだ。
「ま、まさか……」
再び手紙に目を落とす。
『故に分割払いはどうか? なに、ガラルホルン家は約束を守る。金はいずれ必ず払わせてもらおう。無論、おまけつきでな』
ぶっ!?
分割払いだって!?
「大叔父上……」
思わず手紙を握りつぶそうとして、とどまった。
『ガラル公国の名産はうまいぞ。姪の息子シントよ、よく食べて壮健なれ。ガラル公オフトフェウスより』
なんということだ。
「ね、ねえ、シント。たぶん……五千万アーサルしかないと思うんだけど」
「……」
やってくれたな。大叔父上。
「姉さん、これって」
「アワビとかホタテの干物じゃないかい? 海産物だねえ」
「こんな大きいの見たことないよ」
「フォールンは内陸だし、あたしらじゃ高くて買えないさ」
まあ……海産物はいい。食物に罪はない。
だが、あんまりでしょうよ。
「四億が五千万か。さすがだ、あの人は」
「手紙にはなんて?」
「分割払いにしてくれって。せこい。せこすぎる」
今すぐにでも飛んで苦情を申し立てたいところだ。
「まあいいじゃない。素直に受け取りましょうよ。ね?」
「ミューズさん、それは違います」
「えーと?」
「大叔父上は世界で一番のお金持ちです。つまり世界一の商人とも言えます」
ガラル公国は東方の沿岸部を支配していて、たくさんの港から上がる莫大な利益により、名目上の主権国である帝国よりも豊かだと言われている。
「あの人は、出す時は出しケチる時はとことんケチる、との評判が立つくらいですから、ひと月で一アーサルずつ分割、と言いかねません」
一度でも承諾したらつけこまれそうな気がする。
「ひと月で一アーサル……残りが三億五千万だから……三億五千万回払いでってこと?」
「その通り」
「いやー……それはさすがに」
「あの人ならやるでしょう」
ほくそ笑む大叔父上の顔が浮かぶようだった。
しかたがない。
『世界中を飛び回って』いるのなら、つかまえるのは困難だ。
そうだな。
超名門大貴族に貸しを作った、ということにしておこう。
俺だって転んでもただじゃ起きませんよ、大叔父上。




