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シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】 9 マスクバロン対話篇

 眠ってもらったガラルホルン家の子たちを置き、歩き出す。

 イングヴァルと対決した広間から伸びる道は一本だけ。


 他に行けるところはない。

 道の両脇に設置された燭台には、火が灯っている。

 

「案内でもしているつもりなのか?」


 なんにせよ、行くしかない。

 マスクバロンには聞きたいことが山ほどあるのだ。


 自然と早足になって、一本道を進む。

 罠はない。

 長い廊下を真っすぐに歩き、そして――

 

「あそこが終着か」


 さきほどの場所よりもずっと広いであろう部屋だ。

 入口は大きく開かれて、遠くからでも奥行きが見える。


 そして。

 マスクバロンはそこにいた。

 

 足音を聞いて、彼が振り向く。

 変わらない微笑み。

 距離が縮まるにつれ、本物のマスクバロンだとわかる。


「やあ、シント少年。君ならここまで来ると、そう思っていたよ」

「マスクバロン……」

「言いたいことがたくさんある、といった顔だな」

「当たり前ですよ。死まで偽装して、やりたかったことがコレですか?」


 彼は優雅な物腰で、こちらへ、と俺をいざなう。

 広間の中に見えるのは、巨大な機械と、大人一人が通れそうな、空間に開いた穴だった。


 機械はノストル・ムダスが作製した装置に違いない。

 上部に四本の剣が突き刺さっている。

 神剣水姫、インドラ、フランベルジュ、シャルウルだ。ガラルホルン家の子たちから奪われた【神格】だった。


「せっかく来たんだ。座り給え」

「椅子とテーブル?」


 場違いな代物が、広間の中央に置かれている。

 よく磨かれたテーブルの光沢が照明の光を反射した。


 これ、わざわざ運んだのか?

 マスクバロンが遺跡の中にせっせと運ぶ姿を想像して笑いかける。


「ここは……隠し部屋のようですが」

「新区域は遺跡の中心部へとつながる道だったのだよ。私は密かに通いつめ、この広間を発見した」


 遺跡の中心部、か。

 広間にあるものは初めて見るオブジェばかりだ。

 知らない文字が刻まれた石碑。

 人と、人ならざるモノが描かれた壁画。

 どれもが荘厳な雰囲気をかもしだしている。


「お茶は出せないが、座って話をしよう。我らはいつだってそうしてきた」

「総監邸では、ですけど」


 以前はよくマスクバロンと差し向かい、フォールンで起きた事件のことを話した。

 あの頃のようには、もうできない。


「その前に穴を閉じてください。モンスターを解き放つなんて、どうかしてる」

「アレは私ではないよ。モンスターが勝手に出てきただけだ」


 勝手に出てきただと?

 ふざけてる。

 

「……だとしても、穴を開いたのはあなたでしょう。時空の門、と呼ばれているそうですが」

「さすがはシント少年だ。そこまで掴んだのか。情報はほとんどなかったはずなのだがね」


 細く途切れそうな糸をたどって、ここまで来た。

 穴を閉じるまで帰らない。


「そのことについても話そう。さあ、座ってくれ」

「……わかりました」


 テーブルを挟んで、対面する。

 顔につけている仮面はそのままだが、雰囲気が少し違った。

 得体の知れない魔力が、マスクバロンからこぼれ出ている。

 

 例えるなら白い紙に侵食する黒い染みだ。

 息苦しさを覚えるほどの妖しい力を感じるのだった。


「どこから話せばいいものか」

「こちらの穴はなんです? フォールン上空のものとどんな関係が?」

「ああ……これは入り口。外のは出口だ。出入り口が別れたのは私にとっても予想外」


 モンスターのことといい、行き当たりばったりに感じるな。


「なぜこんなことを」

「ふむ。それを語るには昔話をしなければならない」

「昔話、とは?」

「君は太古にあったとされる神話を知っているかい? 剣神と魔神が戦ったとされる大戦だ」


 もちろん知っている。

 知らない者のほうが少ないだろう。

 かつて世界には、剣神と魔神、二柱の神が存在していた。

 創造と秩序を司る剣神。

 破壊と混沌をもたらす魔神。


 魔神は停滞を嫌い、世界を壊すためにモンスターを作り、剣神と人類に戦いを挑んだ。

 剣神は人類に加護を与え、対抗する。

 剣魔大戦などとも呼ばれる戦は熾烈を極め、ついには二柱の神が相打ちの形で滅び、砕けた神の欠片が【神格】となって各地に散ったとされる。


 だが、魔神が生み出したモンスターは呪いとして残り続け、人類を絶滅寸前にまで追い込んだ。

 それが俺たちの知る神話である。


「しかしながら、それは私の知っている神話と異なるものだ」

「……え?」

「大戦はあった。だが戦う相手が違う。二柱の神は争ってなどいない。むしろ協力してことに当たった」

「なにを……言っているんです?」

外導神(げどうしん)と呼ばれる、どこからかやってきた侵略者と戦ったのさ」


 ここで外導神(げどうしん)か。

 

「別の世界からやってきた恐ろしき存在は、こちら側を支配するべく、モンスターを生み出した。剣神と魔神は手を取り、人間に対抗する力を与え、自らも戦に出た。それが剣魔大戦の真実だよ」


 信じられない。

 神話が作り替えられたということなのか。

 誰が、なぜそんなことをする。

 

「結果は敗北。二柱の神が砕け散り、欠片が【神格】となった。だが……神たちは最後にやってのけた。外導神(げどうしん)を時空の彼方に追いやり、封印をしたのだ」

「封印?」


 マスクバロンの背後にある『穴』へと目を向ける。

 背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「ご明察。外導神(げどうしん)はこの地に封じられた。残された人々は巨大な建造物で封印を囲み、いつしか上に大都市ができる」

「それが、フォールンだと」

「そうさ。しかしだ、人というものは時に愚かなことをするもの。穴を破壊し、永遠にふさげばいいのに、わざわざ鍵をかけて解けるようにした」


 時空の門の伝説は、真実だったとでも言うのか?

 ばかな。いま語られている話こそが捏造だろうと思う。

 そもそも神なんて存在しない。

 俺はそう考えている。


「どうせ外導神(げどうしん)の力を利用できるかも、なんて都合のよいことを考えたのだろうな」

「マスクバロン……あなたもその愚かな行為をしているじゃないですか」

「シント少年、結論を急ぐのは君の悪い癖だ。話はまだ終わっていない」

「これまでの話、たしかに興味深いです。だけどあなたの言うことこそ作られた話でしょう。神など、そもそもいるはずがない」

「神、というものに関して証拠を提示するのは難しいな。しかしそれは、いない、という証拠も同じではないかね」


 いない、と証明するのは、いる、と証明するよりもはるかに難しい。


「そうです。では聞きましょう。神話を捻じ曲げて、なにか利益があるのですか? 正直、意味がないように思えますけど」

「世界には様々な人間がいる。外導神(げどうしん)の存在を知られたくない者がいるということだ」


 ある組織の名が頭に浮かんだ。


「まさか、饗団(きょうだん)……?」

「む、驚いたな。君は饗団(きょうだん)のことまで知っているのか。いやはや……スカウトでもされたか?」

「いえ、襲われました。あなたのせいです」

「ほう?」


 マスクバロンは楽しそうだ。

 やめてほしい。こっちは必死だってのに。


饗団(きょうだん)はあなたが生前に【神格】を奪ったんじゃないかと疑い、関係者を襲ったんです」


 結局、それは事実で、しかもマスクバロンは生きていた。

 最悪の茶番だと思う。


「しつこい奴らだな。死を偽装してもなお、【神格】を追うか」

「……マスクバロン。あなたも饗団(きょうだん)の一員なのですね?」

「ああ、そうだ。今は過去形になっているがね」


 死を偽装したことで、組織からの監視を逃れたということだな。


「そうでなくとも総監代行という地位は目立つ。計画を遂行するためにはしがらみからの解放が絶対の条件だったわけだ」

「なるほど。ではレイドラム男爵事件の時、俺たちに刺客を差し向けたのは?」

「私だ」


 あっさりと認めやがった。


「ひどいことをしますね」

「無論、君を信頼してのこと。饗団(きょうだん)は私の計画にとって邪魔になっていたからね。君たちに始末させればやつらの戦力は減るだろう?」


 利用された怒りよりも、彼の口にした『計画』が気になる。

 イングヴァルは、新しい世界だと言っていた。


「計画、ですか。魔導具を石像にしかけて、ウチを覗いていたのも計画のうちだと?」

「誤解だよ。『眼』はアクトー子爵を監視するためにしかけた。それをそのまま流用してみたのさ。単なる遊びのつもりだったんだ」

「遊びだろうが一緒でしょう。ウチのメンバーがひどく怒っていましたよ」

「ふっ……怖いな。しかし誓って邪な目的で見ていたわけではない。私は君がいる時しか『眼』を使用していないからね」


 どこまで信じてよいのやら。

 少なくともいやらしい覗きはしていないらしい。


「いくつか気になる点を聞いても?」

「無論だ。私を全てを話すつもりなのだからな」


 さて、それはほんとうだろうか?

 順番に聞こう。


「巨人の鍵のことです。マスクバロン、あなたがあの鍵を盗んだのですか?」

「そうだ」

「盗賊集団を雇ってまで?」

「インテーク卿は君も知っての通り、変わり者も変わり者。人づてに買取を提案したが、断られた。絶対に子どもたちは手放さない、とな」


 容易に想像がつく。


「なるほど。盗ませて、かすめ取る、というわけか」

「推察の通りだ。君ならたどり着くだろうと考えた。そして、悪党を退治できて目的のものも手に入る。一石二鳥だな」

「二兎を追う者は一兎をえず、とも言いますが?」


 マスクバロンはニヤリとした。


「実際、危ない賭けだったことは認めるよ。すんでのところで、君に見られるところだった。いやはや、スリル満点」


 お調子者すぎる。なにがスリル満点だ。


「少年少女の誘拐はどうです? 自作自演ですか?」

「あれは私ではない。饗団(きょうだん)の間抜けどもが独断で動いた結果だ。彼らは遺跡に門があることを知っているからね。なんとしても時空の門を開けたかったのだろうよ」


 時空間に干渉できる才能を捜していた理由はこれだな。


「しかしあれが……疑われるきっかけになった。そもそも私は監視されていたのだから、言ってもしょうがないがね」


 誘拐事件はマスクバロンが解決したことになっている。

 饗団(きょうだん)とたもとを分かつきっかけが、アレだったと彼は語った。

 話の内容に齟齬はない。

 以前ラナが語った、総監邸の抜け道やら隠した武器やらは、饗団(きょうだん)に対する備えだったと考えられる。


「ノストル・ムダスを殺害したのもあなたですね」

「ああ。彼はとても腕の良い魔導具技師だったが、知り過ぎた。素直に金を受け取らずゆすりをしてきたから、殺した」


 欲をかいてしまったわけだ。

 

「ただ殺したのでは、足がつく。なにより饗団(きょうだん)の連中に感づかれる可能性を捨てきれなかった」

「だから連続殺人事件に紛れ込ませたと? レイドラム男爵をいきなり斬ったのも、余計なことを喋らせないためか。怒ったふりまでして……手が込みすぎ」

「それは褒め言葉だな。だが君は見破った。うまくやったと思うのだが、まいったよ」


 おどけた様子で両手を挙げる。


饗団(きょうだん)とはなんなんです? 名前以外は調べてもわからなかった。なにをしたいのかも謎だ」

「難しい話ではないよ。饗団(きょうだん)外導神(げどうしん)の信者だ。復活させたいのだそうだよ」


 まるで他人事のように言う。

 

「ここからは私の計画を話そう」


 口をはさみたいところだが、しない。黙って聞く。


「シント少年、私のパートナーになりたまえ」

「へ?」


 やっぱり口をはさめばよかった。

 なにを言いだすんだよ、この人は。

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