ガラルホルンガールズ 1 【超名門】ガラルホルン家の人々【大貴族】
帝国の東方に位置するガラル公国――
公都グランガラルにある宮殿の一室に優雅な姿で椅子へ腰かける男がいる。
白髪交じりの金髪を撫でつけて後ろに結び、ダンディさを少しも隠そうとしない美中年だ。
「……」
彼の名はガラル大公オフトフェウス。
帝国内に国を持つガラルホルン公爵家の当主であった。
「……なぜ誰も来ない」
娘たちを呼び出したのに、姿はない。
今日は家にいるはずなのだから、呼び出しは聞いているはず。
待つこと三十分。
ようやく来た。
「ごめ~ん、遅れたわ~」
最初に入って来たのは、謝りながらも全く悪いと思っていない様子の、絶世の美女だった。
長身と見事な体型。こぼれ落ちそうな胸をゆさゆささせて、席に着く。
金髪の中にところどころ青が混じる珍しい髪色の彼女は、ガラルホルン家第一公女『アイシア』。
「なんか今日は暑くって~ もう夏なのかしら~」
「娘よ、まだ春になったばかりだぞ」
来たのに用件も聞かない長女。オフトフェウスは胃がキリキリしてきた。
それから数分後。
次に入って来たのは、凛とした立ち居振る舞いに颯爽とした足運びの麗女。
キラキラした金髪と、公国内の婦女子たちが気絶してしまいそうな、中性的な美貌を持つ。
ガラルホルン家第二公女『ウルスラ』。それが彼女の名前。
「父上、なにかご用ですか」
不機嫌な様子で椅子に座り、それ以上はなにも喋らなかった。
オフトフェウスはそのかたくなな態度に頭が痛くなる。
そして、ばたん、と勢いよく扉を開けて入って来たのは、素人が見てもわかるほどに無駄のない、鍛え上げられた肉体を持つ美少女だった。
「……」
ガラルホルン家第三公女『フランヴェルジュ』は言葉もなく部屋を見渡し、席に座る。
彼女は赤みがかった金髪をさっとかき上げて、そのまま目をつむった。
まるで父など見えていないような素振りに、オフトフェウスは息苦しさを覚える。
そして最後に現れた少女を見て、ガラル大公は跳び上がりそうになった。
まだ十三か十四歳くらいの女の子だが、片手にデカいイノシシをぶら下げて満面の笑みだ。
「父さまー! 敷地にいたの! あとで食べよ!」
「う、うむ。わかったからそれを預けてきなさい」
「ちょっとデューテ~ やめてなさいよ~ きも~い」
「デューテ、邸内に獣を持ち込むな」
「なにしてんのデューテ。捨てて」
家族全員から怒られたはちみつ色の髪の少女は、むっすーとしてイノシシをひょいと捨てた。
ガラルホルン家の末娘『デューテ』が彼女の名前だ。
「やっと揃ったか……」
頭と胃と座りっぱなしであったため尻も痛くなってきたオフトフェウスは、立ち上がって話し始めた。
「先日、極めて重要かつ衝撃的な情報があった。ラグナ家の次男、あの神童と呼ばれたマール公子が行方不明だそうだ」
聞いた時は心臓が飛び出すかと思った情報。ガラルホルン家とラグナ家は姻戚関係にあり、娘たちとマール・ラグナは知らない仲ではなかった。なかったはずなのだが――
「……」
「……」
「……」
「……誰?」
長女アイシアは爪の色をいじくっているし、次女ウルスラは懐中時計を見ている。三女フランベルジュに至っては目をつむったまま動かない。唯一反応を見せた末娘デューテは、誰? ときた。
「少しは興味を持ったらどうだ、娘たちよ」
返事はない。
当初の予定では、この事件を皮切りにラグナ家の力を削いでいく、という話をする予定だった。
しかし、娘たちの反応はあまりにも薄い。というか、無い。
(くっ……奔放に育て過ぎたのか!?)
いまさら、である。娘たちからすれば、父に育てられたつもりはないのでおあいこだ。
「剣の名門たる我らはこれまで、ラグナ家と双璧をなしてきた。しかし、それが変わるかもしれん。今こそ蓄えた力を解き放つ時だ」
熱弁したものの、やはり返事はなかった。
【神格】に選ばれ、超人と化した娘たちをどうすれば動かせるのか。ひょっとして山を動かすより難しいのでは? とオフトフェウスは思う。
しかたがないのでとっておきのネタを披露することにした。
「マール公子を破ったのは……『シント』という者らしい」
「!」
「!?」
「……!」
「え、ほんと? シントがやったの?」
この反応。さきほどとはえらい違いだ。
「シント・アーナズと名乗ったそうだが、ラグナ家のシントは、事件が起こる数日前に家を追放されていたという話だ。私の見立てでは、シントが追放された復讐に出たのだろうと考えている」
「嘘~ なにそれ~」
「追放? そんなことが」
「……シント」
「あ、でもシントって剣も魔法も【才能】なしでしょ? どうやったのかな!」
急に騒々しくなる。
オフトフェウスはやっと胸を撫でおろした。
(山が動いたか……)
シント・アーナズなる者をラグナ家よりも先に確保する。オフトフェウスはそう決めていた。
本当にあのシントならば、ガラルホルン家の血を引いていることでもあるし、引き入れてもそこまで問題にはならない。
仮にあのシントでなくとも、マール・ラグナを倒した男。戦力の増強になるだろう。
(ふっふっふ……ふはーはっはっは! 我が野望、叶うかもしれぬな! はーはっはっは!)
オフトフェウスは顔に一切出さずに、心の中で笑った。
「それで父上、シントはどこに?」
次女ウルスラの問いに、オフトフェウスは笑みを浮かべる。
「情報によればアールブルクなる町にいたという」
「では追います」
「待ちなさいよウル~ わたしが行くの~」
「姉上、次にウルと呼んだら斬りますよ」
「お姉さまたち、行くのは私よ」
「えーーー! わたしが行く! 姉さまたちは引っ込んでて!」
揉めだした娘たちを見て、オフトフェウスはため息だ。
「待て、娘たち。行方は追っておる。判明し次第伝えよう」
「しかし!」
「まずは与えた任務をこなすのだ。剣の大家たるガラルホルンの名を世に知らしめよ」
賊の討伐。反乱分子の始末。大量に発生したモンスター退治。スパイの粛清。
やることはいくらでもある。
「特にアイシア、頼むぞ」
「も~ しょうがないわ~」
「そう言うな。いちおうは【神格】の案件だぞ」
娘たちはものすごく渋々といった様子で、会議室を出て行った。
一人残ったオフトフェウスは椅子に座り直し、つぶやく。
「世界を制するのはこの私だ」
彼はなにもない虚空を見つめた。




