シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】 7 長い戦い?
地面を転がるイングヴァルは、壁まで到達しようやく止まった。
まだ意識はあるようで、うめき声を上げながら立とうとする。
「なんでだ……なんで……無価値野郎なんざに……」
つぶやきながら身を起こし、そしてまた倒れる。
戦える状態ではない。
「超人なんだぞ……なんなんだよ……なんなんだてめーは……」
「その【神格】のことだけど、本当に屈服させたのか?」
声をかけると、彼は半笑いになった。
「おおおおれは神雷を……取り込んだ! 確かにな!」
「神雷ソーはおじい様と叔父上が封印していた。場所は……おそらく本家の宝物庫あたりか」
「なんで……し、知ってんだよ」
「【神格】に意思めいたものがあることは知ってるだろう?」
有名な話だった。ゆえに【神格】は自ら使い手を選ぶ。
「イングヴァル、おまえと神雷ソーは同期していない。つまり、利用されたんだよ」
「利用……? なにを言ってんだ! わかるように言え! クソカスがあ!」
「どんな封印をされていたかは知らないが、よっぽど外に出たかったんじゃないかな」
ディジアさんが口にした、嫌がっている、という言葉。
屈服していないなら、どうしてイングヴァルに力を貸しているのか。
答えは簡単なように思う。
封印を解かせ、外に運んで欲しかった。
イングヴァルが使い手にふさわしい力を持つならならそれでよし。
そうでないなら、外に出て真の所有者を待つ。
「ふ……ふふっふふふざけんな! そんなわけねーだろ!」
「だけど、ほら」
「は?」
俺に目には、【神格】神雷ソーがぶるぶると震えているように見える。
「なんだこりゃあ! うおああああああああ! 熱い! ぎいいいいいい!」
苦しみだした従兄さんは、全身をかきむしる。
やがて、魔力の膨張とともにイングヴァルの中から球が飛び出た。
これが【神格】神雷ソーの本体なのか。
丸くて、雷を帯びた球だ。なんとなく可愛いな。
「嘘だ! おれは……屈服させたはずなんだ! あいつらにだって、勝ったんだぞ! 【神格】の所有者をボコったんだよ!」
もはやイングヴァルは泣きっ面だ。
ガラルホルン家の子たちを倒した、と言うけれど、怪しい。
実際に戦ってみて、イングヴァルがあの四人に勝つのは難しいと思ったのだ。
「勝ちは勝ちだからそこに関してはなにも言えないけど、まともに戦ったわけじゃないんだろ?」
「あ、ああ?」
「彼女たち、元気がなかったって聞いているし、調子が悪かったんじゃないかな。まあ……でも勝ちは勝ちだから」
俺の言葉を聞いたイングヴァルは、わなわなと小刻みに震えた。
否定しないのは、図星だからだ。
「てめーみてーな無価値野郎が……おれに、このおれに……慰めだと?」
「慰め? いいや、事実を言っているだけだ。おまえは【神格】の所有者になれなかった。それもまた事実。ついでに敗北も」
「……」
「マスクバロンはどこにいるんだ?」
「……うるせー」
「彼がなにをしようとしているのか、教えろ」
「黙れ……黙れええええええええええ!」
最後の力を振り絞り、イングヴァルが襲いかかってくる。
「では終わりだ。≪魔衝発破≫!!!!」
対人用のぶっとばし魔法が至近距離で炸裂する。
「ぶげわああああああああああああああああああ!」
イングヴァルのたくましい肉体がすっとんで天井に当たり、跳ね返って床に落ちる。何度もバウンドしてそのまま奥の壁へ激突。
石の壁を突き破ってどこかに消えた。
今度こそ戦いは終わりだ。
もはや立ち上がってはこられないだろう。
(やりましたね、シント。長い戦いだったように思います)
「長い戦い?」
(あの方も、以前戦った親族の方々も、あなたを虐げていた。【才能】がないと、たったそれだけの理由で)
「ディジアさん……」
(しかし彼らはあなたの真価を知ろうともせず、自分以外のことを認めず、なればこそ敗れたのです)
彼女とは十歳の時からずっと一緒だった。
俺がラグナの三兄弟にいろんなことをされていたのは知っている。
「ありがとうございます、ディジアさん。こうしていられるのも貴女のおかげだ。でも、実はたいして気にしてないんです」
(そうなのですか?)
「ラグナ家では【才能】がないと認められない。【才能】の強さこそが絶対ですし」
それを変えることはできない。
数百年に渡って作られた価値観を壊すには、力が必要だった。
小屋に移された時はなにもないただの子どもで、従うほかなかったのだ。
「ただ思うのは……もっと早く貴女と一緒に外へ出ればよかったと、それだけです」
(シント……)
ラグナ家のことなど、どうでもいいんだ。
自分なりに精いっぱい生きる、と今は強く思う。
(そういえば疑問が一つ)
「どうしました?」
(あなたたちが【神格】と呼ぶもの。あなたのそばで漂うそれが彼と同期していないと、なぜわかったのですか?)
当然の疑問だ。
宙にただよう【神格】神雷ソーを見る。
どことなく、嬉しそうに感じた。
なぜイングヴァルが屈服させていないとわかったのか。
答えは――俺にもわかっていない。
「あてずっぽうです。確信はなかった」
(あなたというヒトは。ふふふ)
ディジアさんが楽しそうに笑う。
それでいい。
暗い顔は似合わない。
「さあ、真の所有者を捜しに行くといい。君はもう……自由だ」
神雷ソーへ話しかけてみる。
所有者のない【神格】はどこへともなく飛んで、この場から去った。
「さて、次は……」
はりつけにされているガラルホルン家の子たちを見る。
彼女たちには聞きたいことがあるのだ。
縄をほどいて解放し、床に寝かせた。
白くきめ細かい肌に残る縄の跡が痛々しい。
「こんな状態でよく寝られるな。さっさと起こそう」
時間がないことでもあるし、ガクガク揺さぶってみる。
「う、う~ん……」
頬をつねったり、くすぐってみた。
「な、なんなの?」
「妙にくすぐったいが……」
目をこすりながら起きてきた。
「もー……眠いんだけどー」
四人とも寝ぼけている。
空気を読んでほしいところだ。こっちはだいぶ急いでいるのだし。
「え? シント? シントなの~?」
アイシアが両手をばっと広げた。
なんの真似だろうか。隙だらけだし、魔法でもぶっ放す?
「な、なんでここにいるのよ……?」
「……」
ウルスラとフランは気まずそうだ。
「もしかして助けに来たの? そうなの?」
「デューテ、怪我はない?」
「うん、ない。わたしは怪我なんてしないよ?」
聞いて損した。
彼女の【才能】があれば、生半可なことじゃ怪我なんてしない。
「大叔父上から依頼を受けて、君たちを捜していたんだ。でもまさかここにいるなんて」
四人は顔を見合わせた。
「誰が、なぜここに?」
質問してみたが、返事がない。元気もない。あと恥ずかしそう。
「捕らえられたのは……私たちの油断が招いたこと」
「……別にいいじゃない。あなたには関係ないでしょ」
おおいに関係ありそうだから聞いたのだが。
「わかったよ、それは聞かない。誰がやったのかだけ教えて」
答えはマスクバロンだと決まっているが、聞く。
「我らはメッセンジャーだと、そう言われたのだ、シント」
「メッセンジャー?」
「そうなのー、あの仮面の人が神剣を貸してくれって。そうしたら……えーと、誰だっけ? ラグナの」
「イングヴァルのことか」
「そうそう。そいつが出てきて、わたしたちここに縛られちゃった」
神剣を取り上げられ、縛られた。
抵抗はしなかったのか?
それとも、【神格】の所有者が四人もいて、なにもできなかったとみるべきか。
「なぜか力が出ず、抵抗はできなかった。それでこのザマだ」
「でも~ シントが助けに来たんだし~ ふふふ~」
依頼だから助けるだけで、それ以外にはなにもない。
「メッセンジャー、というのは?」
「シントが来たら伝えろって言われたのよ。マジでムカつくわ。あの男」
「内容はなに?」
「確か~ 『奥で待っている。そこで全てを話そう』だったわよね~」
「他には?」
「よくわからないことを言っていたな。『外導神の力を見せよう』とか」
(……!?)
懐の中のディジアさんが驚愕しているのを感じた。
外導神。
誰だ、それは。
「初めて聞く名前だ。誰か知ってる?」
彼女たちは同時に首を横に振った。
かつてない不安が胸の中に起こる。
いったいなにが起こっているのか。
心臓が高鳴り、落ち着かなかった。




