シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】 5 囚われたあの子たち
ラグナ公国の第三公子、イングヴァル・ラグナ。
ユリス、マールと合わせた、ラグナの次代を担う三兄弟の末っ子だ。
「いきなり魔法を撃つなんて」
「あんなのは挨拶だっつーの。ま、防いだの褒めてやる」
最後に会ったのは、三カ月くらい前だったか。
俺とユリスの戦いを覗き見していた。
「ところで、なんでここに」
「てめーを待ってたに決まってんだろーが」
俺の方に用はない。
「用事があるならあとにしてほしい。今は急いでいるんだ」
動こうとした瞬間、ごく小さい、しかし強力な雷が床を撃つ。
「調子に乗るんじゃねーぞ、無価値野郎。死にてーのか?」
「死ぬ?」
イングヴァル・ラグナは口癖のように死ねだの殺すだの言う。
相変わらずだ。
「てめーはこいつらを助けにきたんだろ?」
こいつら、というのはもちろんガラルホルン家の子たちだろう。
あ、いや、そっちはついでと言いますか……
しかしそれを口にしてしまうと、またディジアさんに怒られそうなので、なにも言わないでおこう。
(シント、いまなにか……)
まだなにも言ってないのに、気づかれた。
ディジアさんは鋭い。
「なあおい、おれはよ、てめーなんぞ殺すのはわけねーんだ。だが、無価値なりに使えると思ってる」
「無価値なのに使えるのなら、それは無価値ではないのでは?」
「うるせーな。黙って聞いてりゃいーんだよ」
イングヴァルの周囲で雷が走る。
溢れ出る魔力が暴れ出して、 稲妻を生成しているのだ。
「イングヴァル従兄さんって、雷魔法の【才能】じゃなかったよね?」
疑問を口にすると、彼は嬉しそうにニヤリとする。
イングヴァルが授かった【才能】は【炎上網波】。炎魔法の効果と維持時間が延長され、消費魔力が軽減されるというもの。
俺からすれば羨ましすぎる【才能】だ。
「聞いて驚け! おれは……【神格】を得た!」
それでか。
魔法は、授かった才能の属性しか使用できない。
セオリーを無視できるとしたら、【神格】以外になかった。
「おじい様と父上がよー、隠していやがった。だが、おれは【神格】神雷ソーを屈服させた! 超人になったんだよ!」
ラグナ家には【神格】が三つ存在している。おじい様の神火アグニ、叔父上の神水ダイダル、他家に嫁いだ叔母上の神土ガイア―だ。
もう一つあったわけか。
「どうだ? びびったか? ああ?」
「ああ、うん、まあ」
「シント、てめーはおれの下につけ。おじい様も父上も……皇帝陛下もぶっ殺してよ、おれがトップに立つ。アルハザードの野郎は宰相の地位が望みだ。てめーには……そうだな、小せえ国の一つでも与えてやろう」
イングヴァルは皇帝になりたかったのか。
そんなことはどうでもいい。
聞きたいのは別のことだ。マスクバロンはやはりここにいる。
「アルハザード卿――マスクバロンはどこに?」
「質問に質問で返してんじゃねーよ! ボケ!」
「下につけ、っていうのは質問じゃなくて命令でしょう。聞く気はない。俺の質問に答えてくれ」
「はああああああ?」
彼は、やれやれ、といった具合でおおげさにため息をする。
少し下がり、はりつけにされているガラルホルン家の子たちの近くに移動した。
「こいつらを見ろよ。おれはな、【神格】の所有者を倒して、捕らえた。一番つええのは、おれだ」
イングヴァルがアイシアの美しい髪に触れ、掴んで持ち上げる。
アイシアはわずかに苦悶の表情をした。
「なにをする気だ?」
「なんだ? てめー、こいつに惚れてんのか?」
「違う。そうじゃない。人質にする気ならやめろと言いたいんだ」
「ばーか! やめるわけねーだろが」
今度は隣のウルスラに手を伸ばす。整った輪郭の先端、あごを掴んで顔を上げた。
「こいつらはおれのものなんだよ。全てが終わったら奴隷にして飼ってやる。てめーが下につくんなら一人ぐらいやってもいい」
「人をモノみたいに言うのはよくないな」
「おいおい! てめーはこいつらにさんざんイジメられてただろうが! 復讐してーだろ? こいつらはよー……【神格】に選ばれたっつうだけで調子こきやがって、おれら兄弟を下に見てやがった。てめーだってそうだろ」
「彼女たちはじゃれついてきてただけだよ。目くじらをたてるほどでもない」
「ああん?」
イジメだとしたら、やっていたのはおまえだろう。
なにかにつけて俺を蹴ったり殴ったり。
懐かしい思い出だ。
「じゃれついてきただと? アレが? おれたちは神剣で斬られかけてんだぞ!」
子どもの頃、ユリス、マール、イングヴァルは、ガラルホルン家の子たちが遊びに来ると隠れて逃げるようになった。
結果、彼女たちは俺のところに来ることがほとんどになったわけで。
「四人の神剣はどこに?」
「アルハザードの野郎が使うんだとよ」
「なにに?」
「知るかよ、いいから返答を聞かせろ」
「返答って、なに」
「バカかてめーは! おれの下につけって聞いてただろが!」
髪を逆立たせ、怒りをあらわにしている。
「ああ、ごめん、最初から答えが決まりきっているからどうでもよくなってた」
「……んだと?」
「おまえのような身動きのできない女性にしか勝ち誇れない男など、皇帝にはなれない。下につくこともない。言いたいことを言ったならさっさと去れ。邪魔だ」
「…………は?」
「聞こえなかったのか? それとも意味を理解できないのか? どっちだ」
イングヴァルはわなわなと震え出し、魔力を爆発させる。
「もう一度言ってみろ……マジで殺すぞ」
「殺すだの死ねだの、いちいち言い過ぎ。耳が腐る」
「こっちは【神格】なんだぞ! 頭おかしいのかてめーはよ!」
だからどうした、と言いたい。
逃げる理由にはならないと思う。
「関係ない。彼女たちを解放し、ここから去れ。いま外には大量のモンスターが発生しているんだ。貴族の務めを果たせ、イングヴァル」
「務めだあ? ふざけんなクソが!」
帝国の貴族は、モンスターを狩るためにある。
領民を守り、安寧に導くのが本来の仕事なのだ。
「ゴミは掃除すんだよ! 選ばれたモンだけが新しい世界で生きる! そしておれは……皇帝になるんだ!」
新しい世界?
気になる言葉が出てきた。
イングヴァルが考えたことじゃないな。
「新しい世界って、それはマスクバロンが?」
「ヤツはおれにひざまずき、新世界を支配してくれと頼んできたんだよ! とうぜんだぜ! おれが最強なんだからな!」
なるほど。
また一つ尋ねたいことが増えた。
イングヴァルとの話は終わりだ。
こうしている間も、外では激しい戦闘が行われている。
時間はない。
「ところで聞きたいんだけど、俺の後ろにある雷の球はなに?」
「……ちっ! ≪縮雷≫!」
「黒蛇竜の盾!」
話している途中になにかをしているのは気づいていた。
盾を分裂させて、雷から背中を守る。
そして、ガラルホルン家の子たちを守るために飛ばした。
「な、なんだその盾は……」
「去る気はないみたいだから、倒させてもらう」
「てめー……【神格】だぞ! なんでびびらねーんだよ!」
いまさらである。
彼はなにもわかっていない。
≪探視≫を発動し、イングヴァルの魔力を探った。
たしかに【神格】らしき巨大なモノが、イングヴァルの中で揺れている。
屈服させたとは言うけれど、ほんとうかな。
それにしては、インパクトが弱い。
「ぶっ……殺す!」
「殺すと言う前にさっさと来い。もう聞き飽きたよ」
「……っ! この、クソガキがアアアアアア!」
魔法タイプの【神格】とやるのは初めてだ。
思いがけない戦いになったけど、避けられない戦いでもある。
(シント、彼は親族の方なのですよね?)
「ええ、元、ですけど」
(あなたの親族はあのような方ばかりなのですか)
「なんかすみません」
(いえ、彼のような方のせいであなたまで一緒にされるかもしれないと思い、嫌な気分になってしまいました)
「俺は俺です。心配してくれてありがとう」
(では存分に)
「倒します」
両手に魔力を集める。
「誰と喋ってんだよ! このイカレ野郎ーーーーーー!」
戦いの火ぶたは、イングヴァルの雷によってもたらされるのであった。




