シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】 4 なぜここにいる
集結した戦士たちとともに戦い続け、ようやく地下遺跡の入り口が見えてくる。
黒い翼のモンスター――『黒獣』と仮称する怪物たちは、激減していた。
奴らは俺たちの集団戦法に対抗できず、数を減らしながら後退している。
いかにモンスターの力が凶悪でも、それだけで勝てるほど甘くはない。
最後の一体が飛び去ろうとするのを、≪螺旋魔弾≫で撃ち落す。
すると、集った戦士たちから勝鬨が上がった。
(これで終わったのでしょうか)
懐のディジアさんが半ば疑問めいた言い方をする。
俺も同じ気持ちだ。
第三波があってもおかしくはない。
「ふー……なんとか終わったねえ」
「お風呂に入りたいんですけど」
「同じく」
三人とも、黒獣の返り血がついている。
「ところでシントー、遺跡になにがあるの?」
「総監代行が生きてるって言ってたけどさ、なにがあったんだい?」
今の内に話しておくべきか。
「アクトー子爵の石像に覗き用の『眼』がしかけられていたんだ」
「覗きっ!?」
「誰が……?」
三人とも女の子だし、当然顔色が変わる。
「処分するために壊したから気づけた。で、誰が作ったのか、誰がしかけたのかを追って、行きついたんだ」
夏に起こったレイドラム男爵事件。
被害者六人のうち一人であるノストル・ムダスが『眼』を製作した。そして彼は連続殺人に見せかけて、別の人物に殺されていたのだ。
「四人目の被害者だと思われていた男、ノストル・ムダスを殺したのは、実はマスクバロンだったんだよ。彼は亡くなる直前、巨人の鍵に関係する装置を作っていたそうだ」
「ま、待って。巨人の鍵って、あの……骨董おじいちゃんの?」
「そう。インテーク卿が言うには、巨人の鍵には伝説があって、どこかにあるという『時空の門』を開くカギだと」
点と点がつながり線となる。
俺たちは知らず知らずのうちに、関係していた。
「時空の門……って、シント、それってまさか、あの時のと関係あるのかい?」
「気づいたみたいだね。アミールの友達を助けにいった時、聞いたことが俺も気になってる。誘拐犯たちは『時空に干渉できる才能』を捜していた。そしてそこにもマスクバロンは来た」
「言われてみれば……絶妙なタイミングだったさ」
どこまで関係しているのかはわからない。
しかし、状況を思い出すにつれ、マスクバロンへの疑問が次々とわいてくる。
「でもここまでは推測に過ぎなかった。マスクバロンが生きている証拠はない。そうしたら、ディジアさんが」
残された手がかりである魔導具の『眼』を使い、新魔法を編み出し、ついにたどりついた。
力尽きて寝てしまったけれど、確かにマスクバロンへとつながったのだ。
「彼が遺跡に入っていくのをはっきりと見た」
「じゃあ総監代行がこの事態を引き起こしたっていうんだね?」
まだわからない。
「行ってみればわかるさ。なにもなければ、それでいい。俺の勘違いですむ」
みんななんとも言い難い顔をしている。
「時空の門とやらが関係なくとも、ウチを覗いていた件は猛烈に抗議させてもらうつもりだけどね」
「そうだよ! 事務所で着替えとかしなくてよかったー」
「……」
「……」
「アリステラもカサンドラも、どしたの?」
黙っているところを見ると、事務所で着替えとかしていたのか。
「あの人はもう総監代行じゃないさね。槍で突いても問題ないんじゃないか?」
「剣で斬ったあと、魔法で潰す」
めっちゃ怒ってる。
今まで見たことがないくらいにキレてる。
「もう行くの?」
「悪いけど、休んでる暇はない。すぐに――」
俺の言葉を遮るように、誰かが叫んだ。
「ま、まただ! また来やがった!」
「くそ! 勝ったと思ったのによ!」
全員が空を見上げる。
穴から這い出てく黒獣たち。
第二波よりも数は多いだろう。
「全隊! 列を崩すな! 迎え撃て!」
「おれたちもやるぞ! 稼ぎ時ってやつだ!」
憲兵隊も冒険者たちも、士気は高い。
「しかたないさ」
「最後まで戦う」
「だからシント、行って」
三人が俺に行けという。
「しかし」
「どうせすぐに戻ってくるんだろ? それに、悔しいけどあたしらは足手まといさ」
「カサンドラ」
「でも、必ず追いつく。今は行って、シント」
「アリステラ」
「総監代行をぶん殴るのはシントに任せるからね」
「ラナ」
彼女たちの言葉が、俺に力を与えてくれる。
「ギルドマスターとしてお願いするよ。絶対に死なないでくれ。生きてギルドに帰る。約束だ」
三人が同時にうなずいた。
(シント、参りましょう。このような事態を終わりにするのです)
「ええ、行きます」
≪飛衝≫の魔法を発動し、全速で突っ込む。
黒獣のかぎ爪をかわし、遺跡の中へと滑り込んだ。
立ち上がり、中から戦いの様子を見る。
だいじょうぶ。彼女たちならやってのけるはずだ。
「ディジアさん、平気ですか?」
(平気です。ただ……)
「嫌な予感?」
(はい)
遺跡内にたちこめる異様な魔力。
雰囲気は以前に入った時とはまるで違う。
≪照明之灯≫の魔法で光源を作る。
入り口付近の道には変化がないように思えた。
「なにかがあるとすれば、新区域か」
調査団護衛の仕事を請け負った際、地図は頭に入れている。
かなりの広さだから探すには時間を要するだろう。
ここでもたもたしていられない。
気づけば俺は走り出していた。
★★★★★★
春先の魔法震によって見つかった新区域は、第一次調査によってかなりの部分が判明した。
俺の記憶では、怪しい箇所がない。
だが、その区域に入ったとたん、前にはなかったモノを見つけた。
(シント)
「ええ、わかっています」
人骨が石の床に散らばっている。
「不死者、か。戦闘があったのかも」
新区域にはスケルトンやゴーストといった不死者が出現する。護衛の依頼を受けた時、あらかた排除したと思ったがまだ残っていたようだ。
「まるで道しるべだな」
(罠かもしれません)
たしかに。
気をつけていかないと。
スケルトンの残骸をたどっていく。
そして、先にあったのは破壊された壁だ。
不死者たちはここから出てきたのだと推察する。
「こんな穴はなかった。また新区域なのか?」
(……シント、気をつけてください)
一歩壁の向こう側に入った瞬間、びりっとする。
荒ぶる魔力の痕跡。
誰かが魔法を使用したのは、疑いない。
道なりに進む。
不死者が出てくる気配はない。
「――! 明かりだ」
ライトアップされた部屋が見えてくる。
俺は息を殺して立ち止まった。
「これは」
目を疑う光景だ。
「なんでここにいるんだ」
どう見ても、どう考えても、アイシアとウルスラとフランとデューテ。
四人はぐったりとした様子で、はりつけにされている。
「マスクバロンがさらった?」
ガラルホルン家の子たちをさらったのがマスクバロンかもしれないという可能性は確かにあった。
ウチのギルドを襲った謎の組織『饗団』の男たちはそう考えていたはずだ。
別の疑問が出てくる。
狙いは彼女たちではなく【神格】なのだろうが、理由はなんだ。
(あの方たちですね)
「はい。あの方たちです」
広間の中央でこれ見よがしに縛られている。
間違いなく罠。
行きたくないな。
迂回できるのなら、いったん彼女たちを放っておいて進もうか。
(シント?)
「なんでしょう?」
(見捨てるのはあまりに不憫。助けてあげた方がいいのでは?)
ディジアさんが言外に、女の子には優しく、と言っている。
(依頼も受けているのですから、せめて解放しましょう)
「……わかりました」
ディジアさんに言われたなら、しょうがない。
四人を救出すべく、中に入る。
刹那――
「≪魔法障壁≫!」
光が走るのと同時に障壁を展開。
雷の魔法が、俺の障壁を砕いた。
「さすがに防いだか。シントよー」
ん、驚いたな。
短く刈り込んだ赤髪と、立派な体つき。
残虐な笑みを顔に張り付かせて登場したのは、ひどく見覚えのある男だ。
「イングヴァル従兄さん?」
「久しぶりじゃねーか、無価値野郎」
意外すぎる人物。
ラグナ公国現当主の三男にして俺の従兄、イングヴァル・ラグナが出てきた。
どうなってるの。




